第1572話・初詣の賑わい
Side:久遠一馬
信長さんの愚痴に付き合ったあとは那古野神社に初詣に来ている。去年もそうだけど、近い方が楽なんだよね。ウチは人数も多いしさ。
那古野神社は賑わっていた。正月三日目から初詣に行くという習慣が定着しつつあるためだ。この時代に限らないことだけど、誰かが始めるとそれが広まり習慣化する。尾張だと織田家やウチがやることは広まる。
昔は畿内から伝わったことを真似たりしたらしいけどね。今はあまりなくなった。
神社の境内では市も出ていて、日用品から縁起物まで様々な品を売っている。一般的にも正月休みのはずなんだけどね。まあ、商機があるのならば商いをするというのが人というものなのだろう。
那古野だと職人や学校関係者とか多いからね。結構、お金持っているし。
武士たちは屋敷や城で一族が揃って宴をしているだろうけど、庶民は正月も三日目となると暇になるんだろう。金さんがそんなことを言っていた。贅沢する余裕もないし、一族が集まってちょっとした宴をするくらいは本家がするようだけどね。
ちなみに織田領だと、故郷の村に帰省するという習慣が新たに生まれている。移動の自由という分国法と賦役の影響で次男三男なんかは故郷を出ている者が多い。ただし農繁期は帰っているし、年末年始も帰省しているんだ。
最近ではお土産を買って帰る人も多く、親や本家は彼らの土産を受け取りつつ酒や料理でもてなす。一族や村に囚われなくても生きていけるようになったことで、一族や村の結束を保つために領民も変わりつつある。
農業の効率化は農業改革で進みつつあるけど、それでも機械化したわけではないので人手は必要なんだ。
「面白そうなものも増えたね」
ああ、境内の市では紙芝居や人形劇に能楽までやっていて、領民が所狭しと集まり見入っている。紙芝居と人形劇はウチの影響だね。縁起物といえるようなお話を披露している。
能楽、そこまで著名な人でないようだけど、今の尾張はいろんな人が集まるからね。こちらは那古野神社で頼んだのだろう。
「ああ、見て歩くのはいいけど、ひとりで行かないようにね」
まあ、オレと奥さんたちもどちらかというと見られる側なんだよね。領民に頭を下げられたり声を掛けられたりする。さらに、放っておくとそれぞれ興味のあるところに行こうとするので別行動になりそうになる。
那古野神社だとあんまり気にする必要もないけど、ひとりで行動されると護衛のみんなが困るんだよね。人数分の護衛とか頼んでないからさ。
「あら、いい絵ね」
数人のグループに分かれて別行動になったけど、露店市で売っていた絵というか版画絵にメルティが反応した。
「これは絵師の方様。留吉殿と雪村殿に教えを受けまして」
売っているのは絵師のようだ。オレは顔を知らないので、そこまで名のある人じゃないだろう。絵柄は縁起物と風景だ。結構人気らしい。
これも最初は、留吉君がコツコツと描いた絵をウチの屋台で売ったのがきっかけなんだよね。そこから織田手形のノウハウを生かして版画絵を量産していたんだけど。とうとう同類の商いをする絵師が出てきたか。
「いい出来ね」
「ありがとうございまする」
そこまで大儲け出来るようでもないけど、名が売れていない絵師が名前を売りつつ日銭を稼ぐのにはちょうどいいのかもしれない。
「あっちのあれは……」
さらに向こうでは太鼓や笛で演奏している人たちがいる。元河原者だった人たちだろう。今では定住していて尾張のイベントや宴に招かれて演奏しているはず。
気になったのは楽器だ。リュートを演奏している。ジュリアが得意としていて学校でもたまにリュートの弾き方の授業があるけど、現物も尾張だと売っているんだよね。
音楽が伝統的なものに加えて、一部ではこの時代だとありえない曲もあるけど。元の世界の時代劇のテーマソングとかアニソンとかに似た曲がある。
まあ、みんな楽しそうだからいいんだけどね。
Side:かおり
歩くのも困るほど賑わう境内に、これが人の営みなのだと感じさせられます。人の数だけ感情があり生き方がある。
仮想空間ですら司令以外のプレイヤーとの関わりがなかった私には、シルバーンにあった情報ライブラリーの中と、この世界で直接見聞きした経験がすべて。
ただ、だからこそ尾張の人々の変化には驚かされます。
「かおりさん、どうしたの~?」
ふと、立ち止まった私に一緒にいた琉璃が声をかけてきました。同じく万能型ですが、設定年齢は十六歳と私の半分ほどだった子です。
黒髪のボブヘアをしていて、一般的な日本人よりは少し彫りが深くて目力が強い感じでしょうか。元の世界でグラビアなり女優なりでもやってそうな健康的な沖縄の美少女という容姿になります。
ギャラクシー・オブ・プラネットの頃から私と同じ庶務をしていたことで、特に親しい子のひとりです。仕事は出来るのですが、独自のおっとりとした間合いが印象的でしょうか。
「あの子……」
ふと視界に入った男と、彼が抱えている幼子が気になったのです。
「その子は貴方の子かしら~?」
さて、どうしようかと思案していると、先に琉璃が動いていました。一緒にいる者と家臣で相手の行く先を塞ぐと、屈託のない笑顔で男に声を掛けました。
「……はい」
「可愛い子ね。お名前は~?」
「いね」
幼子は明らかに怯えています。先ほどからずっと。私はそれが気になった。
「なぜ、この子はこんなに怯えているのかしら~」
「私たちが誰だか知っていますね?」
「素直に白状しないと捕らえますよ」
琉璃を援護するようにリースルとヘルミーナが威圧します。琉璃は迫力のある子ではないので余計にふたりの迫力が際立つかもしれません。
「ひぃぃ!」
次の瞬間。男は幼子を放り出して一目散に逃げました。
「あら~? 大丈夫?」
琉璃が幼子を受け止めた瞬間、リースルとヘルミーナが男を捕らえます。相変わらずの手際です。私の出る幕などないくらいに。
「あの人はあなたのおっ父かしら?」
幼子が落ち着いた頃、視線を合わせて優しく聞くと、幼子は静かに首を横に振りました。
「誘拐ですね」
「尾張だと少なくなったんだけどね。それにしてもかおりさん、良く気づいたわね。私はまったく気づかなかったわ」
リースルとヘルミーナが尋問した結果からすると迷子の連れ去りでした。ヘルミーナには気付いたことを驚かれましたが……。
「子どもたちの顔を見ていたら、あの子だけ助けを求めるような顔をしていたから」
行き交う子供たちの表情を見ていただけ。いずれ生まれてくる我が子と少し重ね合わせていたのかもしれない。喜怒哀楽、いろいろある。でもあの子だけはまったく別の次元の顔をしていたから。
「気づき、閃き。そこから人は変わるのよ。かおりさんも変わるわ~」
琉璃、それは褒めているんでしょうか? それとも……。
見た目の割に私には経験が少ない。でも、そんな私だからこそ、見えるものや出来ることがあるかもしれない。
そう思うことにしましょうか。
お正月ですしね。
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