第1506話・異なる戦

Side:ウルザ


 砥石城。山ひとつが要塞と言っていい造りの、いい城なのよね。この時代の戦で考えると。


 山麓には山の木々があるけど、中腹から山頂にかけては切り倒され見晴らしがいい。これは近づく敵を発見しやすくすることと、身を隠すものを取り除くための工夫ね。さらに堀や地形を利用した防衛施設がある。それでも鉄砲や焙烙玉に対する備えが考慮されていない。それがこの城の弱点となる。


 細い山道を登ることになるので大軍は意味がない。


 こちらは武官を中心に登山靴を履いた山岳訓練をしている者たちが攻める。


 矢盾は木板と竹を組み合わせたもので、形は司令の元の世界で機動隊などが使った形とかに近いわね。対鉄砲を意識して、表面に鉄の板を張り付ける新型も尾張にはあるけど今回はそれではない。盾には銃口のための穴を空け盾の後ろから鉄砲が撃てるものよ。


 敵の主要な武器は弓矢と投石。なので前と左右、頭上を盾で固めたまま、攻め手は山道を登る。


 こちらの武器は鉄砲と焙烙玉。スリング式や紐で結わえた焙烙玉を敵兵に投げていく。遮蔽物となる木がないことで焙烙玉が恐ろしいほど有効になる。焙烙玉の飛距離は数十メートル、とにかくどんどん使っていけばいい。


「これが戦か……」


 城攻めが始まると、ふと呟くような声がした。独り言だろう。仕方ないわね。武芸と用兵で戦をしている人たちに物量と火力の戦を見せつけるんですもの。戸惑いはあって当然。


 麓の本陣にまで爆発音が聞こえ、硝煙が立ち昇るのが見えるんだから、心穏やかでないのだろう。


「小競り合いや戦で苦しむのは弱き者よ。面目を守りたいというのも否定はしない。でもね。私たちは弱き者でも安らかに暮らせる国にしたいの。今の貴方たちでは理解出来ないでしょうけどね」


 戦争。これはいくら文明が進んでも完全になくなるものではない。それでも減らせるものではある。


 従っても従わなくてもどちらでもいい。従わないなら勝手にすればいいと思うわ。




Side:とある武官


「放て!」


 新しき矢盾を前に細い山道を登る。ひとり敵兵を見つけると鉄砲と弓、焙烙玉をこれでもかというほど放つ。もったいないとすら思うが、これが我らの戦となる。


 盾を持ち敵の投石や弓を防ぐ者、鉄砲や弓を射る者、焙烙玉を投げる者、次々と焙烙玉を運んでくる者。皆、役割があってそれに従って働く。


 久遠家から学んだ戦だ。火薬という玉薬をいかに使うか。他家ではありえぬほど日頃の鍛練でも使うのだからな。


「ぐぁぁ!」


「ひぃぃ!!」


 幾人かの敵兵に焙烙玉が当たったようだ。焙烙玉を投げる鍛練ばかりしておる者も尾張にはおるくらいだ。遠くに投げられる者や狙ったところに投げられる者など、それだけで俸禄が良くなる。


 『焙烙玉など幾らでも作れます。戦になった時は惜しまないように』と、かつて久遠殿が我らにそう教えてくださったことを思い出す。


 用兵は不得手だと言うておられたが、戦に挑む心構えや考え方を我らに教えてくださったのだ。人がひとり育ち戦働きできるようになるまで、幾年の時といかほどの銭や飯がいるのか。戦が長引いた際に兵糧が幾ら必要で、いかほどの賦役が出来ないかなど左様なことを考えておられた御仁だ。


「進むぞ!」


 僅かな間だった。指呼しこうちの敵が逃げてしまい我らは山道を進む。我らの後ろには焙烙玉を運んでくる者が続いておる。恐ろしい限りだ。この焙烙玉も数日は余裕で使えるだけの量がある。


 雨でも降れば多少面倒になるが、今日は雨なんぞ降りそうもない。


 砥石城まであと半分。こちらは怪我した者も僅かだ。焙烙玉は随分と減ったがな。




Side:矢沢頼綱


 聞きしに勝るとはこのことだな。金色砲かなにか分からぬが、次から次へと飛んでくるなにかが味方の兵に大きな手傷を与えておる。


「見慣れぬ矢盾で固めて、鉄砲と金色砲を雨あられと放つとは。あれでは戦にならぬな。こちらも矢盾で守うておるが、役に立っておらぬわ」


 手数が違う。投石と同じ数で鉄砲や金色砲など使われたらこちらは打てる手がない。兄上の文は正しかったということだな。


「おのれ!」


「止めよ! 奴らを止めよ! 岩を落とせ!!」


 偉そうにわしを笑うた者らが怒り心頭の様子で命じておるが、無理だな。岩を落としたところではいされてしまうだけだ。敵兵を減らせぬ以上は金色砲の玉が尽きるか、城門まで来てしまうかのいずれかだ。


「おい! まことに一日と持たずに城門まで来られるぞ!」


「だから言うたであろう。それに用兵も見事だ。こちらが手も出せぬと知っておると見える。籠城など出来ぬな。金色砲の前では城門は役に立たぬ」


 幾人かの者が慌ててわしのところにくるが、今更こられてもいかんともしようがない。降伏の使者くらいなら務められるがな。


「城を枕に討ち死にするか。降伏するか。好きな方を選べばいい」


 ただ、わしもひとつ学んだ。臆病者と謗られたことで怒ったが、臆病者で良かったのかもしれぬ。かような敵を隣において臆病さもない者など愚か者と同じではないか。


 近寄れぬのにいかにして武威を示せというのだ。命を懸けても愚か者と謗られるのだけは御免だ。


「敵兵止まりませぬ! 城まで迫っております!」


 こちらの兵より金色砲の玉のほうが多いのではないのか? この城ひとつにそこまでせずとも良いと思うが。わしにも分からぬな。


「金色砲が城内に打ち込まれました!」


 ああ、城門も空堀も塀も軽々と越えてくるか。あれは手が付けられぬな。飛んでくる金色砲の玉が落ちた近くの者が手傷を負っておる。


「敵方、降伏を呼び掛けておりまする!」


 幾つ金色砲の玉が飛んできたであろうか。それが止まり、次は城門を壊すのかと思うた時、再び降伏を促すか。


「わしが降伏の使者となろう。兄が武田と共に織田に降っておる」


 織田など物の数ではないと豪語しておった者らも意気消沈といった様子だ。近寄れぬのだ。弓矢は多少効くようだが、こちらが弓を射る間に金色砲の玉と鉄砲が次々と飛んでくると戦にもならぬ。


 まだ空が明るい夕刻前。一日と持たなかったか。


 異を唱える者はおらぬ。この城は本来海野一族の城。村上にとって南の抑えとして要所ではあるが、織田相手に家を懸けて守るほどの地でもない。まして城におるのは、ほぼこの地の国人や土豪だ。村上が本気で後詰めを出すかも怪しい。


 さらに言えば、皆、各々の所領と一族のことを考えねばならん。あの織田相手に所領が守れるはずもない。


 そもそもこの戦は、小競り合いで荒らされた織田方が詫びを求めたもの。村上の殿が織田と戦をする気でおるわけではないのだ。


 敵の攻め手が止まっておる間に、わしは城門を開けて織田方に使者として出向く。


「わしは矢沢右馬助頼綱。降伏の使者として織田方の将に取り次ぎ願いたい」


 城門を出ると多くの矢盾が見え、その脇からは鉄砲がこちらを狙うておる。隙もないな。討って出ても討ち死にだ。


「分かった。案内しよう」


 山から見下ろす織田の陣がやけに遠く感じる。籠城が出来ぬ山城とは逃げ場もないな。これは山城の欠点であろうか。今更ながらさようなことが頭に浮かぶ。


「手も足も出なんだわ」


「手を抜いて攻められる城ではあるまい? こちらとて勝たねばならぬのだ」


 ふと余計な一言を口に出してしまうが、案内しておる武士の返しがすべてであるな。織田とて手を抜けるはずもない。金色砲をあれほど使わねばならなんだということであろう。


 籠城も出来ぬ身としては慰めにもならぬがな。



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