第1503話・秋深まる
Side:安東愛季
津軽大浦城が落ちたとの知らせに家中が騒ぎになる中、蝦夷を制したと称する久遠から謝罪と賠償を求める使者がきた。忌々しいことに斯波の名を使うておる。
小競り合いを理由に、強欲にも蝦夷の領地をすべて奪いし盗人が。
父上が亡くなり家督を継いで二年。かような失態を演じてしまうとは。亡き父がようやく制して和睦をまとめたアイヌとの交易も利もすべて奪いおった。
当然、取り戻すべく兵を挙げたが、多くは討たれるか捕らえられてしまい、僅かな船が逃げ帰るのがやっと。おかげでこちらは家中をまとめるので手いっぱいだというのに。
「大浦と石川はなにをしておったのだ?」
「分かりませぬ。通じたのか寝返ったのか。人を遣わして探らせております」
鉄砲や金色砲とやらを使い蝦夷では敵なしだったとか。こちらの兵も
まあ、南部がいかになろうと構わぬが、大浦が落ちると陸路で攻められてしまうではないか。せっかく奴らが十三湊に入り、南部に鉾先を向けたと安堵しておったというのに。
「殿、一旦詫びを入れて和睦なされては……」
「左様、蝦夷の品の値を変えられてしまい、当家の商人が大損をしたと訴えがありまする。早急に手を打たねば、湊家や国人らが騒ぐ恐れがございます。さらに土崎湊をあの黒船で攻められると我らに勝ち目は……」
蝦夷を奪われた際には安易に攻めろと言うたかと思えば、此度は勝ち目が見えぬことで詫びを入れろというのか? 家督を継いだばかりで蝦夷を失うわけにいかぬと重臣の進言を受け入れたが、こ奴らは進言の責めも負わず勝手なことばかり言うわ。
「国境の城には久遠が来たら籠城しろと伝えろ。もうじき、雪が降る。さすれば敵も春までは大きく動けまい」
己らの面目は潰れぬからと勝手なことを。家臣など安易に信じるべきではないな。蝦夷の蠣崎らも寝返ったのだ。こやつらとて……。
武威も示せず頭を下げられるか! 斯波家臣の織田を名乗っておるが、氏素性も定かでない余所者だぞ。
せめてこの冬は守り切らねば、いずれにせよ若輩であるわしに従う者などおらなくなるわ。
Side:ウルザ
ため息を漏らすと控えている者たちが苦笑いを浮かべた。こんな時は扇で隠すと様になるのよね。たまには司令におねだりして、私達にお揃いの特製鉄扇を用意してもらおうかしら?
信濃にいる国人衆が戦かと聞きつけたようで織田方への陣営入り、参陣の許諾を求めだした。すでに大半の領地と城は召し上げているとはいえ、現地の暫定管理者として残っている者が多い。
「申し訳ないけど、こちらはすでに戦のやり方が違うのよね。諏訪みたいに勝手に荒らすならいないほうがいいんだけど」
小笠原家と望月家など早期臣従組は、すでに前線で織田の戦を
ところが国人衆が兵を率いてくると、こちらの戦術から変えないといけなくなる。最近の戦として遠江では、今川方をあてにしないで織田の軍だけで動いたくらいなのよ。
「雑兵は不要としてしまえば、いかがでございましょう。関ヶ原の折には武士のみをまとめて功を上げておりまする。あれならば使えると思いまする。さもなくば観戦武官と申しましたか、同じく関ヶ原でやったあれでよいかと」
功の場を与えてやりたいところもある。ただ、統率が取れない軍は困るのよね。関ヶ原からの付き合いがある文官が私の考えを汲んで落としどころを進言してくれた。
武士のみの精鋭隊か。あれジュリアたちと信頼関係のあった尾張の武闘派だから成立したのよね。
現在、私たちの直轄で使える兵は千名いる。警備兵と武官それと信濃以外から連れてきた黒鍬隊よ。信濃には大殿が私たちのために用意してくださった三千名の人員が常時いたのだけど、うち二千名は佐々殿に付けたから今は残りは千名なのよね。
私たちがいる民部大輔殿の所領だった伊那郡の大半と小笠原家の本拠地である筑摩郡は小笠原家の体裁もあり、こちらで押さえて開発も優先していた。そこの賦役の民から黒鍬隊を編成している。
「そうね。雑兵は不要としましょう。田仕事を優先させるという名目でいいわ」
望月家の元惣領である源三郎殿には旧望月領で黒鍬隊の編成をさせている。それほど多くない数になるけど、最低限私たちが使える子飼いがいる。小笠原家を信じていないわけじゃないけど。
「佐々殿の報告次第ではすぐに出陣するわ。皆々様、支度を怠らぬようにお願いね」
「ははっ!」
本隊は私たちの直轄が千と信濃の黒鍬隊の二千で計三千、そこに三河の後詰めが二千はくるはず。念のため木曾領にも支度をさせているけど、村上の本城を攻めるまでいかないと多分要らないわね。後詰めはそのまま林城に向かってもらうか。焼け落ちていたけど、行政庁舎として最低限の整備はしてある。
正直、雑兵を集めても無駄に兵糧を消費するだけなのよね。今の織田は火力主体だから、それに対応出来ない兵はむしろ困る。
将は民部大輔殿にやる気があるなら任せるんだけど。多分、やらないわね。私がやるしかないか。
Side:久遠一馬
八月も後半に入ると武芸大会の予選が始まり準備が忙しくなる。
都からは帝の和歌が届いた。昨年まで和歌を届けてくれた上皇陛下は今年も和歌を下賜してくださったが、新しい帝も和歌をわざわざ送ってくれたんだ。
運動、武術、芸術、技術と多様化している武芸大会は、試行錯誤をして年々拡大傾向にある。今年は鉄道馬車を工業村から披露する予定で、それ以外の職人からは人乗大八車なんかも出品があるみたい。
「それにしても信濃は、やっぱり難しいね」
「ええ、あの地は長いことまとめる者がいませんでしたので」
平和な尾張と違い、信濃は大変なんだよね。エルも少し渋い表情だ。
ウルザたちが今も滞在するには相応の理由がある。小笠原家は守護家だけど、あそこは信濃四将とか国人の現地支配が根強くて統治が難しいんだ。
さらに尾張からだと、それほど出来ることがない。
問題は村上の処遇とその後だよなぁ。史実だと村上が信濃を追われた後に越後を頼ったので景虎が出てきたけど、こっちは正式な守護である斯波家の下での行動だ。さらに先に手を出すのは村上方。介入する口実はないんだよね。
それにもっと言えば太閤検地で越後の石高は三十九万石。景虎がいかに用兵を得意としても、個人の才覚ではどうしようもないだけの力の差がある。
あと景虎に関していえば史実よりも名声がない。彼の上洛の際に史実と違い義輝さんが会っていないことで、内裏に参内はしたようだけど越後守の官位を得て終わっている。言い方は悪いけど、地域限定の武勇のある人、たくさんいるんだよね。景虎はそのひとりという感じ。
そんな今の景虎が道理も通らない状況で、無理を押して信濃に来るとは考えられない。もちろん略奪には道理も名目も要らないのが戦国時代だから、食料事情や経済情況次第だとは思うけど。
そもそも村上はなるべく残す方向でウルザには頼んだし。多分、上手くやるだろうけど。
「やっぱり懐妊している」
仕事も一段落したので子供たちの様子を見に来たんだが、ロボとブランカの最初の子である
「あかご?」
「そう、ロボとブランカの孫になる」
子供たちが驚き花を見ている。犬の出産に関しては子供たち初めてだからなぁ。
それにしても、ロボとブランカはおじいちゃんとおばあちゃんか。時が過ぎるの早いね。
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