第1494話・北の地の変化

Side:大浦為則


「たわけ! 一槍も交えず逃げ帰るなど恥を知れ!」


 いったい、なにが起きたというのだ。


「されど、敵方には丸にふたつ引きの旗もあり……。あれは紛れもなく足利家所縁の旗印。聞くところによると、斯波武衛家の家臣、織田一党に久遠がおるとか。以前から蝦夷で聞く名だということでございます」


 斯波だと!? 三管領の斯波か! まことに斯波所縁の者なのか? ここは尾張から遥か東の地ぞ。


「これでは大恥ではないか!」


「鉄砲と、なにやら得体の知れぬものを使うておりました。蝦夷での戦でも使うたとか。以前旅の僧から聞いた、天を裂くと噂の金色砲ではないかと」


 兵は二千から三千もおったとか。十三湊には黒い大船が頻繁に来ておるとも聞いておる。石川左衛門尉殿の命で、ひとまず敵を知るために兵を出したが、これでは報告も出来ぬわ。


「そもそも十三湊の者らは何故、安東に味方したのだ!」


「蝦夷を奪われた安東が取り戻さんと兵を挙げたようでございますが、大敗したようでございます。敗残の船がよく知らぬままに十三湊に逃げ込んで助けを求めたようで……」


 ひとまず石川城に知らせるしかないか。敵は数千の兵と黒い大船を擁しておると。鉄砲やわけのわからぬ武器を使うと。斯波武衛家所縁の者ならば、使者は尾張に出すのか? 高水寺の斯波で何とか成らぬか? まあ、それはわしが考えることではないか。


「まあ、よい。左衛門尉殿より預かりし命は果たした」


「殿、それどころではございませぬ。先方が攻めてこぬとは限りませぬ。すぐに戦支度を。さらに久遠の黒い大船で攻められれば鰺ヶ沢など海沿いは落ちまする。他にも領内の村に飯を与えて賦役をさせております。あちらに近い村はそれを羨んでおるとか。兵を挙げれば寝返る恐れもございます。すぐに手を打ちませぬと……」


「なっ……、すぐに左衛門尉殿に後詰めを頼みに行かぬか!!」


 何故、わしがかような目に合わねばならぬ。籠城の支度もいるか。まことに来るのか? いや、来るな。こちらから攻めたのだ。兵を挙げねば向こうも面目が立たぬ。


 浪岡にも後詰めを頼むか? いや、石川城が先か。二千としても野戦はありえぬ。こちらは数百、近隣の民を総動員すれば違うが、兵糧もそれほどない。籠城して後詰めを待つしかあるまい。


 かような戦など初めてだ。今までは小競り合いと口減らしの戦だ。されど、蝦夷を統一して安東の愚か者のせいでこの地に来たとなると、危ういかもしれぬ。


 わしは体が丈夫でない故、戦が不得手なのだが。いかんとしたものか。




Side:蠣崎季広


 三千の兵と共に南の大浦城を目指し進軍する。川舟を使えることで進軍はさほど苦にならぬとはいえ、まさかかような戦に出ることになろうとはな。


 久遠に従ったアイヌの暮らしが良くなり、こちらに従うアイヌと小競り合いが増えた。久遠の噂は聞いており、争うのを避けておったというのに。はしたの愚か者が兵を挙げて久遠領のアイヌに攻め入った。


 見捨てるわけにもいかず後詰めとして出陣したのが運の尽きであったな。もっとも命までは取られず、持てる品は持ち出してよいので、いずこなりとも好きなところに行くといいと言われたのだ。温情は過分にあったがな。


 安東家に逃げ込むことも考えたが、船が違いすぎる。以前から見ておる久遠の黒船と安東家の船では大きさ形は元より出来が違う。


 聞けばすでに蝦夷は制しており、こちらへの配慮から手を出さずにおったとか。わしは蝦夷のことは誰よりも知っておるつもりだ。然れどつもりだったのだ。あの地をいつの間にか制しておったなどいかほどの力があるのか。


 安東家で勝てると思えず、また落ち延びて頼ったとて、いい扱いをされるとも思えぬ。


 一か八か臣従を願い出たが、主が尾張におるということであまりいい顔をされなんだ。とはいえ行き場のない身だ。頼み込んで客将として残ることを許された。年の瀬には尾張に戻るので、そこで臣従の口利きをしてくれるという。


 久遠では戦そのものが違う。鉄砲やら弩やら金色砲やらで近づく前に叩く。先日の大浦が攻めてきた時とて、武功の機会がなかった。


 尾張では奥州や蝦夷と違い、武功よりも文治の仕事のほうが手早く功となるとも聞くが、それでも尾張に行く前に武功のひとつも上げねば居場所があるまい。


 大浦攻めでなんとか功を上げねばならぬ。




Side:優子


 季代子が忙しいから私が商いの差配をしているけど、私って根っからの技術屋なのよね。まあ尾張だとタイプと仕事、あんまり関係なくやっている子もいるけど。


 厄介な相手が十三湊にやってきた。下北半島とか南部領から来た水軍。目的は分かっているんだけどね。


「何故、蝦夷の産物の値を急に上げるのだ!」


 応対に出たのが女の私ということで怪訝そうな顔をしたあとに、急に態度が大きくなった。分かりやすいことで。でもバカよね、この時代で女が周囲を従えている。そこの意味を考えないんだから。


「蠣崎家は蝦夷の民からタダ同然で買い上げていたから、以前のような安値だったのよ。でも今の蝦夷は当家の差配する地。当家の方針として民も食えるだけの値で買ってやることにしている。当然値上げするわ。文句があるなら買わなくていい」


 蝦夷に限ったことじゃないんだけどね。立場の弱い者は買い叩かれる。武士なんてやくざの親玉みたいなものだものね。蝦夷を統一した私たちは蝦夷の産物の値を見直して価格を大幅に上げた。


 史実でもあったことよ。蝦夷の搾取。これのせいで蝦夷に利益が回らなくて発展しないんだもの。当然見直すわ。


「勝手なことをしおって! 後悔するぞ! この地で我らに逆らって生きていけると思うな」


 さっそく恫喝してきたことで護衛の兵が殺気立つ。


「はいはい、ご勝手に。あと私これでも貴方のような下賤な者と身分が違うの。斯波武衛家家臣である織田弾正様の猶子、久遠内匠頭の妻。我が殿は朝廷より正式に内匠頭を受領しているの。此度の無礼は南部殿の面目を立てて見逃してあげるけど、次はもう少しましな人を寄越しなさいね」


 私はそれを制して、この男にも分かるように身分違いを教えてあげないといけない。本音を言えば身分なんてどうでもいいけどね。清洲の大殿にお叱りを受けるのよ。日ノ本の中で軽んじられる行動をすると。


 織田一族ばかりか斯波家にもご迷惑をかけかねない。


 季代子に至っては守護様から斯波の名を使うことを許されていて、斯波家の代将としての身分まで頂いた。これ、思った以上に便利なのよねぇ。浪岡北畠も斯波家の名があればこそ丁重に扱ってくれている。


 ふふふ、武衛家の名前に少し顔色が変わったわね。


「お方様、良いのでございますか? あれは引きさがりませぬぞ」


 南部水軍の使者が下がると、蝦夷倭人衆のひとりが口を開いた。この辺りの水軍は知っているというので同席させたのよね。


「ウチの品物をウチが値を決める。間違っているかしら?」


「いえ、それは……。されど、この地で南部は敵らしい敵もおらぬので……」


「そもそも貴方たちが蝦夷であまりに非道な商いをしていたのが原因なのよ。弱い者は奪われる。当然のことよね。申し訳ないけど、私たちは弱くないわ」


「……某は水軍の支度を致します」


 ちょっと言いすぎたかしらね。


「期待しているわ。過ちは悔いて活かして。ちゃんとした働きには褒美を出すから。それがウチのやり方なの。間違いは誰にでもあるもの」


「はっ!」


 生存競争の激しい土地は下の者からの搾取も酷い。大浦を落としたら開拓したほうがいいかもしれないわね。


 なんか尾張に売れる品物がほしいわ。派手な着物とか金細工物とか、あまり尾張で作らないような品、こっちで職人育てて作っちゃおうかしら。


 怒られるかなぁ。



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