第1488話・夏の終わりに

Side:久遠一馬


 リンメイの子供である武鈴丸の誕生日を祝う宴をした。この時代の風習とかいろいろあるけど、これだけはウチの風習だ。


 子供たちの誕生日は出来る限りみんなで祝っている。武鈴丸に関しては歩き始めたことで行動範囲が広がったみたい。リンメイが忙しい時には、侍女さんと護衛の家臣と一緒に牧場や那古野の屋敷に遊びに来ることもあるほどだ。


「御幸で一番変わったのは六角家かもね」


 そんなこの日、伊勢亀山から報告が届いた。六角家がこちらとの協力と改革に対して、以前にも増して積極的になっているそうだ。


 義賢さんと重臣は割と本気で六角を変えるつもりらしい。刻一刻と変わる尾張を見て危機感も出たんだろう。


 蒲生さんたち重臣も、まずは自領にて改革をするべく検討に入ったとのこと。まあ、六角家は甲賀が順調なこともあるんだろうな。


 近江も力のある土地だからね。あそこが安定して発展してくれると物凄く助かる。ただ、古くからの要所だからなぁ。そんな所は何かしらの権益があり、抵抗する勢力もあるだろうし、大変だろうけどね。


「某としては、いささか安堵しておりますな。やはり旧主でございますれば」


 資清さんの言葉にオレは少し嬉しくなった。こういう本音を明かしてくれるのが何気に嬉しい。変に気を使うよりよっぽどいい。


 六角は変われるだろう。三好は当分、そんな余裕がなさそうだけど。畿内はまだまだ魔境だからなぁ。


 京の都に戻った近衛さんたちどうしているかな。話し合いは続ける。織田家も都での話し合いに参加することになっている。


 ただ朝廷側はこちらの代表者一人を取り囲んで話そうとするかもしれない。こちらも忙しいし、上皇陛下もいらっしゃるので、要職者を何人も送れない。昇殿出来ないと都では発言権がないからなぁ。


 困ってもいるだろう。ただ、朝廷をよりよい形で残すためにも、まずは考えることから始めてほしい。図書寮がもう少し早く進めばこちらとしてはありがたいんだけど。


「へぇ。公衆浴場の評判はいいのか」


「風呂は贅沢なものでございますからなぁ」


 それと各地から公衆浴場の報告が届いた。亜炭を利用したものだ。それなりの町に建設していて一部で利用を開始したけど、反応は悪くない。こちらは衛生の観点から公衆浴場設置を進めているものの、資清さんが言うように領民とすると安価で贅沢が出来る施設になる。


「明確な数字を調べたいところですが、少し人が足りませんね」


「だね」


 清洲・那古野・蟹江辺りだと領民は身綺麗になっていて、衛生指導もあって病に罹る人は人口と比較すると多くないと思われる。エルは数値にして調査したいようだけど、この手の作業が出来る人員は新領地の人口調査と検地に行っているので今は難しいだろう。


 尾張だとお坊さんも文官仕事で働いているんだけどなぁ。新領地はそこまで協力出来ていない。


 賄賂を貰ったり特定の人に過剰に配慮したりしない。そんな最低限のモラルを以って仕事をすることは、お坊さんたち、結構向いているんだよね。


 まあ、その分、堕落した寺社には厳しいのもお坊さんたちだけど。諏訪神社の件とか駿河・遠江の寺社に対して、嘆いたり怒ったりしている人は多い。


「領外への米の売買は、今年は出来ませぬな」


 太田さんが見ている書類は、甲斐・信濃の食料が不足する暫定資料だ。田んぼの様子から見る収穫量と例年と照らし合わせて、どの程度の食料が不足するか試算したものになる。


 備蓄を取り崩すほどでないことに安堵したけど、領外への販売を自由に認めるほどでもない。甲斐・信濃に加えて、噴火の影響がある飛騨と北美濃は来年以降も予断を許さない。食料備蓄は増やす必要があるんだ。


 友好関係のあるところは頼まれると売る必要があるけど、それ以外は備蓄かなぁ。他国の場合は、民が飢えても税を納めたり必要なものを購入したりするために米を売却、放出することがよくある。


 織田領であれこれと買い物をするために米を売るところが結構あるから、領内収量以上の食料が集まる。質は悪いんだけどね。


 大変なのは蔵を建てる職人さんだろう。新領地でも早急に米蔵を建てるように手配している。


 下手な管理で米を駄目にするのだけはなんとしても避けねばならないからね。




Side:隆光


 清洲城にて仕事を終えると一息入れる。


「ここで働くと亡き御屋形様をしのばずにはおれぬ」


 共に働く者らと、たわいもない話をすることも増えた。


「大内様、さき兵部ひょうぶ卿でございますか」


「ああ、御屋形様が目指しておられたのは尾張のような治世であろう」


 織田はすでに大内を超えておる。だからこそ理解する。御屋形様がいかに悩み考え国を治めておられたかということを。


 周防衆とも大内衆とも呼ばれる西国の者らは尾張に多い。左様な者たちがおるからであろう。御屋形様のことを問われることが増えた。


「それはなんと世が見えた明主めいしゅ様で。尾張は久遠様がおらねば、そこらの国人・土豪がうごめ蛮地ばんちと変わりありませなんだからな」


 文治で国を治める。この苦労を尾張の者らもよく理解しておる。それ故であろうな。久遠殿がおらぬ国で同じことをしようとした御屋形様が皆に認められておる。


「是が非でも御屋形様に落ち延びて頂くべきであった。今ではそう思うておる」


 天に己の行く末を任せる。そう考えつつも心のいずこかで死を望むような御屋形様を、わしは受け入れてしまった。


 生きておられれば、周防ばかりか西国は今とまったく違ったことになっておったであろう。あの時、久遠殿の船につなぎを持ち、まがい、追放紛いの謀反と、わしがそしられようが落ち延びて頂くべきであったな。


 この国ならば、御屋形様が存分の才をご発揮なされて、よき国を創ることに今一度邁進まいしんされも出来ように。


 それだけは悔いてしまう。


「皆々様もようよう考えたほうがよいぞ。武衛様や弾正様、そして久遠殿がいつまでも健在であるとは限らぬ。かような御方様方は二度と現れぬと思い励むべきだ。愚か者はいずこにもおる。『すべて奪われる』ははじ、周防のように『灰塵かいじんに帰す』はそしりにあたいしよう。うしのうてから後悔しても手遅れぞ」


 いかんな。少ししんみりとさせてしまったか。


 されど、これはわしが語って聞かせるのが役目。今の安寧とした国を守り次の代へと受け継がせるには、まだまだ皆が励まねばならぬ。


 おそらく……、東国を統一するであろう。その時まで止まれぬ。止まることを許されぬのだからな。


 わしも、御屋形様が目指したであろう泰平の世を見てみたい。


 生きて生きて生き抜いて、御屋形様のことを後の世に残すためにも、わしはまだまだ励み働かねばならぬ。


 願わくば、陶の謀叛人を織田が誅伐ちゅうばつ致すところも見てみたい。この国ならばあり得る話だ。


 はあ、僧としてはまだまだ未熟か。我欲を抑えられぬとは。


 それでもわしは……。




◆◆

 永禄元年、晩夏。


 出家して隆光と名を改めた冷泉隆豊の様子が、織田家家臣の文官の日記に記されていた。


 主である大内義隆の菩提を弔いつつ、隆光は織田家の客分として働いていた様子が書かれている。


 義隆の目指した国の有り様は、尾張が体現している様であり、また尾張においても斯波義統や織田信秀、久遠一馬に代わる者はいないと諭したとある。


 急速に拡大する領地と朝廷との関わりなど苦労が多かったと推測される時期なだけに、隆光は誰よりも現状の大切さを悟っていたようで、織田家中を鼓舞していたともある。


 彼を筆頭にした大内衆の活躍は目覚ましいものがあり、織田家の発展を支える一翼を担ったほどであった。



 

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