第1489話・北の地の異変

Side:季代子


 南にいる大浦が兵を挙げた。当主は大浦為則。史実では大浦為信、後に改名した津軽為信の義父になる人。この近辺はほとんど形式的には南部に従っているらしいのよね。


 ちなみに大浦為信はいないわ。史実の資料を参考にすると、まだ数えで六歳の子供なので出身と言われていた久慈家にいる。この世界では彼が大浦家を継ぐことはないでしょうね。


 わたくしたちがいる十三湊。ここはその昔、安東の拠点だったところ。現在は南部の支配する地域だけど、出羽の安東が蝦夷との行き来をする海路であり、風待ちなどで途中立ち寄る湊ではあったみたい。


 この辺りは微妙なところで、南部家は日本海航路に関わっておらず日本海側には満足な水軍もない。この辺りの湊は事実上安東水軍が使っていた。


 蝦夷をわたくしたちに制圧された安東が知らせを受けて挙兵したのは、今年の雪解け後になるわ。北前船と言われたのは江戸時代からだけど、この時代でも夏季の日本海航路は、冬季になれば陸は雪に、海は荒れて閉ざされる日本海側では貴重な収入源となるもの。


 南部も航路と海運にはあまり口を出しておらず、湊も使わせていたというのが現状だったみたいね。


 十三湊に逃げ込んだ安東水軍に地元がよく知らないまま手を貸したようで、僅かだけれど兵を挙げた。それを口実にわたくしたちはここを制圧したのよ。


 南部家を名乗る使者が一度来たので事情を説明したんだけど。その答えがこれみたいね。


「兵およそ五百。明日にも到着すると思われまする」


 南に出した物見の報告にため息が漏れそうになる。尾張だと小競り合い程度の兵数だけど、こっちだと戦でもこんなものなのよね。


「知子、迎え撃つわよ。遠慮は要らないわ。久遠の戦を奥州の名門の方々にご覧にいれましょう」


「遠慮しないと殲滅しちゃうわよ。誰もご覧になれないわ」


「ああ、そうね。なら心を折るくらいでいいわ。逃げ帰るように仕向けてちょうだい」


 こちらは兵だけで五千いる。もっと少なくても問題ないんだけど。あまり少ないと尾張の大殿にあとでお叱りを受けるのよね。危ういことをするなと。


 わたくしたちのことを本気で案じてくださるから。


 迎え撃つのは戦闘型の知子に任せる。私たちは春からここの開発もしているので、相応の体制は整っている。今もやっと湊とも言える程度の設備と村くらいしかないけど、防衛陣地くらいは構築してある。


「お方様、そのまま大浦を攻めるのでございますか?」


「ええ、本意ではないのだけれど……。攻めてきた相手を捨て置くと、尾張の御屋形様と清洲の大殿にお叱りを受けるの。恨むなら十三湊に逃げ込んだ安東を恨んでほしいわ」


 蠣崎殿が引きつった顔で恐る恐る声を上げた。この辺りだと鉄砲すら珍しくて使わないのよね。知ってはいても高価で使えないというのが現状のようね。驚きは尾張の比じゃないと思うわ。


 日本海航路で鉄砲自体は伝わっているけど、実用化するだけの資金もない。もっと普及して値が下がるまではこんなものなのでしょうね。


 ああ、蠣崎殿は名を季広という。史実の松前氏を名乗る慶広の父親に当たる人よ。蝦夷で戦った敗軍の将になるわ。金色砲と鉄砲を主体としたこちらの軍に完全敗北して降伏している。


 助命はしたけど、領地は召し上げた。一族郎党連れてどこにでも行っていいと言ったんだけどね。安東を頼るのも嫌だったようで臣従をしたいと頼まれた。結果として久遠家として俸禄で一時雇いを許した。この時代の流儀だと客将のようなものね。


 本来は臣従する相手に願い出るのが筋になる。出来れば清洲の大殿に臣従してほしいので、最初は尾張に行くように言ったんだけど困った顔をしたわ。まあ、縁も由縁もないところに臣従を頼みに行けというのは少し酷なのは理解する。


 ただ、かといってわたくしが独自に家臣を抱える気はない。そもそもわたくしは、厳密には蝦夷樺太方面を担当するアンドロイドであって武士じゃないわ。武士の家臣なんていても困るのよ。


 いずれ尾張に行ったら口利きをする、織田家に正式に臣従出来るように取り計らうことでこの扱いに納得してもらった。


「その……、尾張では皆、あのような戦をなさるのでございまするか?」


「ええ、程度の差はあるけど似たようなものよ。おかげで甲斐・駿河・遠江まで臣従をして大変だと文が届いたわ」


 蝦夷の倭人衆。志願したので主要な者は連れてきたけど、信じられないと言いたげね。確かに数年前ならウチ以外は、こんな火力の戦はしなかった。ただ、遠江への援軍で織田は同じことをしている。嘘ではないわ。織田以外は真似出来ていないけど。


 兵はほとんど久遠領となった各地から集めた者たちで、中には僅かにバイオロイドがいる。蠣崎殿たちが本気でやる気があるなら、機会は与えてもいいんだけど。どのみち旧主と言える安東家相手には戦いにくいでしょうね。


 しばらくは役に立たないわね。




Side:細川晴元


「これだから東夷は困るわ」


 卑しき者に銭を献上させ、朝廷を己が思うままに動かそうとは。斯波も所詮は都落ちした東夷ということか。


 わしに断りなく譲位などと思い上がりも甚だしい。


 それよりも気になるのは六角じゃ。新たな当主は斯波と頭の足りぬ大樹を使うて己が天下にする気か? 公家などおだてると騒ぐだけで利にならぬというのに。


 困ったものよの。三好を征伐せねばならんというのに。六角め。邪魔ばかりする。


「蝦夷などいかようになろうとも構わぬが……」


 もうひとつ気になる知らせが舞い込んだ。譲位に際して名を聞いた者。氏素性の怪しき商人風情が蝦夷を制したとか。


 数年前から幾度か名を聞くことはあった。されど、所詮は蛮族の商人。気にも留めておらなんだが。近衛や二条が目を付けたとか。


 己らほどの者はおらぬとわしですら見下し、銭を卑しきものだと騒ぐくせに欲しがる。これだから朝廷を増長させてはならんというのに。


 大内が謀叛で潰えてしまい、次の明への使者と船を出せるのか分からぬ。新たな銭が明から入らぬと困るのも確か。銭を欲して動いたか?


「次は斯波にでも取りつくか?」


 すでに公卿が治める世ではないというのに。未だにそのようなことを願っておる。東夷に取りつけばありがたがるとでも思うておるのやもしれぬの。


 そろそろ六角と斯波は潰さねば危ういか。かような時に東夷を増長させる動きをするとは。公卿は己らの首も絞めたいようじゃの。


 調子に乗ると兵を挙げて、都を荒らしてなにもかも奪っていくぞ。


 まあ、公卿などいかようでもよいか。考えるべきは三好と六角と斯波。いかがするべきか。そろそろ六角と斯波に苛立つ者らが増えると思うのじゃが。


 今しばらく時がいるか?


 雪深い若狭など、もう嫌なのじゃがの。



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