第1486話・遥か北の地で……
Side:朝倉義景
尾張より戻りしばらくした頃、驚くべき知らせが舞い込んだ。
「それはまことか?」
「はっ、それは確かなようでございます。蝦夷の蠣崎が、久遠を名乗る者に臣従をしたアイヌと諍いを起こして久遠に敗れたと。今後、蝦夷の荷はすべて久遠が仕切ることになったようでございます」
まさかと耳を疑うが、尾張には蝦夷の品物が多い。その久遠とやらは尾張の久遠殿か、その分家か?
「久遠殿に臣従する者と争うとは愚かな」
陸奥の水軍は出羽を本地とする安東か。蠣崎も安東に従うと聞いたことがあるが……。久遠の黒船を相手に勝てるのか?
わしならやらぬ戦だ。
「さらに蝦夷は久遠が
北畠だと? そういえば尾張では北畠の大御所が久遠と親しいと噂になっておったな。手を貸したか? 偶然か?
「尾張に行って良かった」
考えればわかることだ。蝦夷の品物を己で運ぶ久遠殿が蝦夷に手を出さぬわけがない。朝倉家が斯波と因縁あるせいで荷を売らぬと言われてみろ。蝦夷から博多までの商人と勢力すべてから恨まれてしまうわ。
久遠殿は温厚で話せば分かる男だ。されど、敵となると寺社ですら許さぬという。物の見方が違う。
宗滴。そなたの考えと動きは、すべて先を見通しておったように思えるな。
「織田か、あまり敵に回すべき相手ではないのかもしれぬな」
報告に孫八郎景鏡がいかんとも言えぬ顔で呟いた。未だに謀叛人の子だと家中から陰口を叩かれることで、この者は開き直って言いたいことが言える。
それに顔を顰めて愚か者と囁く者や臆病者と笑う者もおる。宗滴の跡を継いだ孫九郎はそのような家中にため息をもらした。
久遠殿の本領は尾張より南にあると噂で聞いた。それが遥か東の地も領地としておるか? 分からぬ。日ノ本の外のことはわしにも分からぬのだ。
さらに豊かで変わりゆく尾張を、このまま他国は見ておるだけなのか?
越前と朝倉家はいかがすればよいのだ? 行くたびにあの国は変わり豊かになっておる。いずれ越前も貧しき地となり、尾張を羨む者が出て荒れるのではあるまいか?
すべて己で考え決めねばならん。いかがすればよい。
Side:久遠一馬
夏も残り少ない。日に日に涼しさを感じるようになると少しだけ寂しく感じる。今日という日は二度と戻らない。当たり前のことなんだけどね。
帰蝶さんが妊娠したらしい。まだ初期なので公表はしないようだけどね。ウチでは先月に太郎左衛門さんの奥方が妊娠している。みんな無事に生まれてくれるといいな。
知多半島に植えた新しい野菜は概ね成功だった。無論、課題が見えたものも多く、生育が良くなかった作物などもあるけどね。
農業・漁業は確実に変わりつつある。試行錯誤はウチだけのものじゃない。領民だってしている。経験則もあるしね。
尾張や美濃では目安箱や現地に出入りする文官を通じて、農民から農業に関する報告がある。こうしたらいいのではないかという献策や、こんなことになったけどいいのかという疑問なども含めて。
これはウチで求めたんだけどね。思った以上の現地情報が集まる。こういう情報を織田家で役立てるべくまとめて試行錯誤する体制も今後の課題だ。
野菜の作付面積に関しては増やしていくことを検討している。美濃を皮切りに三河・伊勢・信濃・駿河・遠江・甲斐・飛騨。まあほんと領地が広がったからね。
戦略的に影響がないという前提が必要だし、新領地は食わせることが第一なんで穀物を最優先になるけど。
「こうしてみると尾張は恵まれているよね」
「そうですね。他の地だと、これほど上手くはいかなかったかもしれません」
尾張・美濃・伊勢・三河。この四カ国で得られる生産力は大きい。エルと一緒に地図を見て今年の冬の対策を考えるけど、甲斐や駿河・遠江ではオレたちはもっと苦労をしただろう。申し訳ないがスタートが飛騨や信濃では思考が停止してしまう。
逆に西にある近江辺りだと比叡山があり都が近いから別の意味で大変だし。
「今、一番足りないのは道具か」
そんな今、もっとも不足しているのは鉄の道具だ。農具や土木工事に使う鉄の道具が足りない。効率がまったく違うんだよね。道具がないと。
鉄製のスコップとツルハシは六角と北畠からも欲しいと言われているんだ。ほんと引く手数多の状況になる。
「信濃との街道は去年よりはいいでしょう。遠江もこちらの力を実地に見せて、その上で今川に委託する形で押さえました。悪くありませんよ。さらに甲斐も状況は幾分好転しています」
頭が痛くなるけど、エルの表情は明るい。確かに悲観的になっていても仕方ないか。信濃との街道は去年よりはいい。ほんと獣道かというところがあるのはまだ変わらないが、出来るところから街道の整備はしている。
信濃と甲斐は織田に臣従をしていない地域があるので、そことの兼ね合いとか考えることは多いけどね。
甲斐に関して言えば、とりあえず身延山久遠寺は駿河から甲斐に運ぶ物資輸送は使える目途が立ちそうなんだ。さらに北条の相模から甲斐に入るルートは北条領の商人や馬借に依頼する形で物資をすでに輸送している。あと信濃から甲斐に入るルートも諏訪が落ち着けば使えるはずだ。
なんとか領内をひとつにして経済と物資を上手く回していかないといけない。ただ、寺社や既存の勢力がそれを快く思わないところもあって大変なんだけどね。
「ちーち!」
「久助、ご機嫌だね」
仕事も一段落したので子供たちの顔を見に行くと、あいにくみんなでお昼寝をしていたが久助君がひとり寝られないようで起きていた。彼は一益さんの嫡男だ。
ウチの屋敷はほんと託児所かというくらい子供たちが多い。オレの子供と家臣の子供に孤児院の子供たちと、周りに子供たちが多いからね。
久助君はまだ一歳にもなっていないから身分とか上下関係分かってないけど、子供たち同士で日頃から楽しく遊んでいる。
ちなみに久助君。少し前に言葉を話し始めたんだけど、ウチの子供たちに影響をされたようでオレのことを『ちーち』と呼ぶ。一益さんたちが困った顔をして直そうと教えているが、未だにそのままだ。
まあ、オレは気にしないけどね。久助君は一益さんや資清さんも『ちーち』と呼ぶし。
「ちゃんとお昼寝しないと後で眠くなるぞ」
「あーい」
返事はいいけど、目を輝かせているし寝そうにないな。仕方ない。少し絵本でも読んであげようか。
出産したばかりのメルティもウトウトと寝ているので、静かにね。侍女さんたちに絵本を借りて読んであげよう。
久助君は将来、勇猛果敢な武士になるのかなぁ。大武丸を助けてくれる文官になるのかなぁ。それも楽しみなんだよね。
滝川家と望月家はウチに付いてきてくれるだろう。オレの子供たちよりは選択肢が少ないかもしれないけど、将来を選べるようにしてあげたい。
「あっ、かじゅ!」
ああ、しまった。絵本を読んでいると近くで寝ていた吉法師君が起きてしまった。どうもそろそろ起きる頃だったらしいけどね。
次々と目が覚める子供たちで賑やかになりそう。まあ、それも悪くない。
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