第1441話・御幸・その二

Side:久遠一馬


 領内各地から集まった水軍や海軍の船が並ぶ。


 正直、こんなにたくさんの船を集めなくてもいいんだけどなぁ。ただまあ、名誉ある機会なだけに呼ばないと不満を抱えるだろう。


 上皇陛下御自身はあまり派手な扱いを望んでいないのに、周りが大事にする。これって、どうなんだろうなと個人的には思う。


 申し訳ないが、朝廷の権威は新しい時代の障害になるかもしれないと実感させられる。無論、朝廷が皇室を支える為の権威を持つこと自体はいい。ただ、その権威を利用する者があまりに多い。


 皇室は残すべきだが、公家や公卿。それと寺社、この辺りは抜本的な見直しが要るだろうなと思う。朝廷と寺社はオレたちの世代が解決しておかないと、次の世代で改革は難しいことだ。


 維新クラスの改革を平時や平穏のままに行うのは、歴史的に見てもまず無理なのが分かる。


 言葉が適切か分からないものの、一言で言えば朝廷の権威を使わない統一と太平の世が必要だろう。


 まあ、織田領だとそこまで朝廷の権威を妄信している人は多くないけど。古い権威がある帝なのだからと、儀礼的に考えている人もそれなりにいる。織田家に余裕があるのならば、もてなせばいいのではという感じだ。


 特に尾張の武士の間では、強くて金があると将軍も朝廷も態度が変わるのかという陰口がある。無量寿院や本證寺との争いで、織田家の武士たちの認識が変化しているからなぁ。


 印象があまり良くないのは公家と公卿か。特に直接接することの出来ないレベルの人では、尾張に来て偉そうに威張り、贅沢をしているようにしか見えない。陶隆房のように公家や公卿に批判的になる人だっている。


 ほんと、彼を笑えないなとしみじみと思う。


「リーファ、雪乃。お願いね」


「任せときなよ」


「万事抜かりなく」


 悩みは尽きないが、上皇陛下が海を見られたことは良かったなと思う。今回も客船タイプの大鯨船で尾張へと移動する。この船、単体で考えるとコストパフォーマンス悪いけど、思った以上に役に立ったな。これは行啓と御幸のおかげだ。


 船団の指揮はふたりに任せる。佐治さんに差配をしないかと声を掛けたけど、こちらに華を持たせてくれるらしく辞退されてしまった。




 小舟からこの船へと、上皇陛下が乗り込まれると船の雰囲気が緊迫する。


 船という場所柄、平伏はしなくてもいいということになっている。またマストにも見張りがいることなど、上皇陛下より高い位置にも船員がいることなども、事前にきちんと説明してある。


 停泊中だが、場合によっては急遽操船が必要になるんだ。それを承諾してくれないと乗せられないんだけど。


「良き船であるの」


 高いメインマストを見上げて上皇陛下はそう口にされた。出発までは少し時間がかかる。そのまま陛下は船から周りを見渡しておられた。


 近隣の船の人が緊張しているのが伝わる。周りはウチと織田家の恵比寿船になるけど、織田家の恵比寿小鯨船(キャラック船)の上級乗組員は佐治水軍出身がメインだからなぁ。


 初めての関東行きの時に、もったいないからと食料を半分以上節約して、お土産にするんだと喜んでいた頃が懐かしい。


 上皇陛下の周囲には、お付きの人と近衛さんたちと義輝さんがいる。なんというか、会話ひとつするのも楽じゃないのは息が詰まりそう。


「内匠助、出立だ」


 義輝さんの命令でいよいよ出発となる。手旗信号で各船に指示を出して、周囲を囲む久遠船から動き出す。


 甲板には上皇陛下がまだおられる。船内にお入りにならないらしい。五月だが太陰暦なので、太陽暦だと六月になる。一年で最も日が長くて高く登るこの時期だと暑くもなく寒くもなく、船に乗るにはちょうどいいだろう。


 上皇陛下のお付きの方々は例によって驚いているみたいだね。船の大きさも作った技術も、そして船団を組むことも。どれをとっても他国にはないものだ。このまま欧州や大陸に行っても通用するレベルだ。


 なにか問答があるかなと思ったけど、特にない。長旅とは言えないけど、甲板でずっといるには長い。一応、お茶と食事の用意はしてあるけど、どうなるかな。




Side:斯波義統


 出立して一刻が過ぎた頃であろうか。院が船内に入られた。


 内裏と比べると決して広いとは言えぬものの、船として見ると広く、硝子窓もあるので物珍しげにご照覧になられておる。


 驚いておるのはもうひとり、三好殿か。ただ、大きな船を造るだけならば、他でも出来よう。されど、久遠の真似は出来まい。


 公方様が細川を毛嫌いしておるせいで、いささか苦労をしておる男じゃからの。尾張に着いたら少しばかり労ってやらねばなるまい。


 細川京兆の者らは戸惑うておったの。何故、公方様があれほど疎むのか分からぬという顔をしておった。六角左京大夫殿とわしが、良からぬことを吹き込んだとでも思うたのであろう。こちらに不満をもっておると聞いたが。


 最後まで挨拶以外のお言葉は掛からず、此度の御幸も三好殿は上様が直々にお声を掛けたが、細川京兆の者らにはお声が掛からなんだ。


 されど、畿内ではようあることなのであろう。公卿がそう言うておった。まあ、よいか。細川のことはわしが関わることではない。




 少し船内を歩かれた院は椅子に座られ、毒見の済んだ茶が献じられると、船の揺れすら楽しまれるように物静かに茶をたしなまれた。


 御心中ごしんちゅうはあれこれと御下問なさりたいところであろう。されど、それをすべて飲み込まれたようじゃ。苦労をしておられるからか。御自らの一言が重いことをよくよく御承知ということにお見受けする。


 こちらとしてもなにを御話して良いのやら。下手なことをお伝え申し上げると恨まれお叱りを受ける。


「船の長は女性にょしょうか?」


「はっ、内匠助の妻でございまする。吾も幾度か乗っておりまするが、操船の腕前は確かな者でございまする」


 院が口を開かれると、周りが止まったように固まる。近衛公が答弁されるが、リーファらのことも見ておられたからな。南蛮の女など初めてご照覧のはず。驚いて当然か。


 言葉が悪いが、内裏の中に閉じ込められておった御方が尾張にお越しになる。これは果たして良いことなのか。


 いずれ都に戻られたあと、院はいかがされるのであろうか?


 変わりゆく尾張を懐かしみ、心穏やかにお過ごしになられるといいのじゃが。


 今から考えても、いかようにもならぬか。こちらは万全でもてなすしかないの。



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