第1426話・諏訪の覚悟

Side:諏訪神社の使者


 わしの報告に皆が驚き、戸惑うておる。まさか、かようなことを言われるとは思わなんだというのが本音であろう。


「そこまで我らを軽んじるのか!」


 仏の弾正忠との異名もあり、織田は我らの味方だと誰もが思うておった。それ故に落胆する者や怒りに我を忘れておるような者まで見受けられる。


「だから言うたであろうが。織田はそう容易くないと」


 事前に伝え聞き、思慮をめぐらした者は折り込み通りということか。織田は寺社というだけで厚遇はせぬと。ただ、それでも諏訪神社をここまで軽んじるとは思わなんだがな。


「戦だ!」


「今やれば御幸に障りある。二度と許されなくなるぞ」


 最早、戦しかないと語気を強める者らに、我らの現状を語って聞かせねばなるまい。


 意地を通すのは構わぬが、それは諏訪神社と一族の終わりを意味する。一向宗本證寺は再建すら許されずに寺の跡地は畑にされてしまったのだぞ。


「覚悟はあるのか?」


 分家ながら、宗家のおらぬ一族と神社の氏子らをまとめておるのは、出家をして竺渓斎と名乗っておる満隣様だ。黙ってご覧になられておったが、唐突に皆を見渡して口を開いた。


「織田相手に面目ある降伏などあり得ぬぞ。野戦も籠城も出来ず、打ちのめされ嘲弄ちょうろうされる者すら多い。武田や今川が戦もせずに降るだけの相手なのだ。諏訪だけで勝てることはあるまい。一族皆で意地のために殉死する覚悟はあるのか?」


 先程まで威勢のいい者も黙り込んだ。言いたいことはあろうが、相手が要らぬという以上、我らにはいかようにもしようがない。


 織田からは、勝手をした者らの首など要らぬ。首をもって謝罪で済ませるのは、今の織田ではあり得ぬとまで言われた。


 あとは皆で死するか、諦めて小笠原の家臣として降るかであろう。


「まずは高遠領をなんとかせねばな。戦をするにしても御幸が終わるまで待たねばなるまい。一刻も早く落ち着かせねばならぬ」


「お待ちを! それでは織田を謀ることになりまする!」


 なんと! ようやく皆を説き伏せたのかと安堵した我らを冷めた様子で見ておった竺渓斎様が、此度は我らも思いもせぬことを言い放った。


「わしは臣従するなど言うておらぬ。神社は神社で勝手に臣従するがいい」


「左様な言い分が通じる相手でないことなど、お分かりのはず!」


 織田の扱いが、よほど腹に据えかねたのであろう。顔は平然としておるが、握った拳を解こうとせぬ。


「確かに織田に損害を与えたのは我らが悪い。されど謝罪も許さず臣従も要らぬというのはいかがなものか? 強ければなにをしても良いのか? それでは武田と同じではないか。同盟を破り助命の約定やくじょうも破った武田に恥を忍んで臣従したのも、一族と諏訪神社のため。織田はそんな我らに残る最後の意地を要らぬという。死ねというのであろう? ならば死んでみせるのも一興というもの」


 そう言い放たれると場は静まり返った。賛同する者がおるかと思うたが、驚くことに誰もおらぬ。


「皆もよう聞け。戦をするというならばわしが将として出よう。されど間違いなく一族郎党根切りにされ、家が潰される。神社も別の者の手に渡るのであれば、まだ良し。三河の寺の如く再建も許されず、後世こうせまで外道げどうものそしりを受けるであろうな。その覚悟がある者のみ戦をすると言うてくれ」


 そうか。このお方は……。


「民が逃げておるのだ。織田に。諏訪神社が要らぬというのは逃げる民も同じ。誰が悪いのだ? 織田か? 民か? 神社も家も守れぬ我らが一番悪いのだ。さらに大事にするなと命じておったにもかかわらず、織田に損害を与えた者らも悪い。かようなままで己の面目と意地を通したくば、命を懸けるしかない。その覚悟を持て」


 そうなのだ。敗れ死した者の面目など誰も覚えておらぬ。残された一族以外にはな。その一族も外道に堕ちた者へは憎しみしか覚えておるまい。罪というならば弱い己の罪。


 織田とて勝たねば同じ。勝つしかないのだ。


 誰ひとり言葉を発せぬ。だが、これで最悪のことだけは避けられるやもしれぬ。




Side:久遠一馬


 遥香の誕生日のお祝いは孤児院でやるんだ。尾張にいる妻たちと子供たちも集めて、みんなでお祝いする。


 料理もみんなで作って、孤児院の子供たちが余興にといろいろ出し物を披露してくれる。


 大人の宴とは違う楽しさがあるんだよね。孤児院で宴をすると。


「子が生まれた日を祝うか。これはなかなか面白いことじゃの」


 当然ながら牧場で療養中の宗滴さんも同席してもらった。ここに来てからウチの風習をいろいろと体験していて、そこから朝倉家のこととか日ノ本の未来を考えている感じだ。


「ウチの島では昔からやっていたんですよね」


 遥香は兄弟姉妹と母たちが勢ぞろいしたからか、嬉しそうにしている。そんな姿を見る宗滴さんは少しだけ寂しそうに見えた気がした。


 残りの余生が長くないと理解する人の心情はどんな感じなのだろう。生涯を懸けて守ってきた朝倉家は微妙な立ち位置で止まっている。そこをどう受け止めているんだろうか?


 子供や孫、一族の者たちに囲まれた余生があってもいい人だ。それだけの苦労と努力をしたのだから。だけど、朝倉宗滴という存在が大きくなり過ぎた故に、こうして異国の地で少数の者と余生を過ごす。


 オレたちのしてきたことは、宗滴さんから朝倉家を奪ったのかもしれない。結果論だけどね。


「ちーち! そう!」


 少し考えこんでいると、遥香がオレと宗滴さんの下に来ていた。一緒に牧場で暮らしているからか、宗滴さんとも慣れているんだよね。


 ああ、みんなで遊ぶので誘いに来たみたい。一緒に遊ぼうということらしい。


「はーは!」


「いやー、申し訳ないネ。武鈴丸はみんなに『はーは』と呼ぶネ」


 もうひとり、みんなの笑いを誘っているのはリンメイの子である武鈴丸だ。どうも昨日突然言葉を発したようで、誰彼構わず『はーは』と呼んではご機嫌な様子だ。


「武鈴丸殿、『はーは』はひとりですよ」


 ああ、さっそくお市ちゃんが教えてあげている。相変わらずお姉さんとして幼い子の相手をするのが好きなんだよね。お市ちゃん。


「はーは! はーは!」


 ロボ一家まで『はーは』と呼ぶから、ロボたちがちょっとなんだと驚いているように見える。


 あと先日のそうた君も少し馴染んできたようでなによりだ。賑やかだけど、こういうお祝いもオレは好きなんだよね。


 宗滴さん、子供たちに囲まれて忙しそうだ。あれこれと集まる子たちと宗滴さんの様子を見て、少しほっとしたかもしれない。


 偉大な功績のある武人としてって立つ人だが、地位や名誉が付いて回る武人ではなく、老境に至ったの人として充実した日々を送ってほしい。子供たちには感謝しないといけないね。


 おかげで宗滴さんが楽しそうにしているんだから。





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