第1350話・子供たちと一緒に
Side:久遠一馬
「だぁー!」
高い高いと掲げてやると、
暦はまだ九月だけど、元の世界標準の太陽暦で言えば十月半ばだ。周囲の景色はすでに晩秋だね。
「ちーち! うし! うし!」
「そうだな。牛だな」
今日は牧場に来ていて、子供たちと孤児院の子供たちと一緒に遊んでいる。大武丸と希美はよく牧場に遊びに来るからか、ここの子供たちとも仲良しだ。牛を見てみてと着物を引っ張る大武丸は、なんだか大きくなった気がするなぁ。
毎日、顔を合わせているんだけど。親ばかかな。
あと、アーシャの子供である遥香、リンメイの子供である武鈴丸、シンディの子供である武尊丸とオレの実の子供たちと、家臣のみんなの子供たち。それと牧場の孤児院の子供たちが揃っているので賑やかだ。
こういう時間がほんとうに心地いいね。
そうそう、領内では今年の米の収量が明らかとなりつつある。北美濃と飛騨では噴火の影響で収量がゼロの地域もあり、伊勢では無量寿院の一件で昨年返還した末寺などでは米の収量が少ない地域など、個別にはあちこちで問題はある。
水害、日照り、台風。灌漑設備が整っていないだけに自然災害には弱いんだよね。
ただ、織田領全体としては平年並みだ。農業改革も普及しつつあり、それらの減収を補う地域もあることが救いだね。
それと先日には飛騨の江馬家が臣従をした。今年は越冬のための支援をして終わりだ。検地や人口調査は来年になるだろう。村の維持に必要な人を残して余剰人員は美濃か伊勢で賦役をさせるべく手配した。
治水関係や街道整備と維持、やるべきことは細かいところを合わせると幾らでもある。
本当は国境沿いの防衛も必要なんだけど、織田家が大きくなりすぎて外から攻められることが減り、優先順位が下がりつつある。
「ああ、輝、駄目だって」
輝はもう少ししたら歩けそうな頃だ。今はハイハイで元気よく動き回る。大武丸と希美よりも行動的なんだよね。ちょっと目を離すと動いている。
「まーま!」
「あー、リリーのところに行きたいのか」
膝の上で遊んでいた輝がどこかに行こうとしたので止めるも、リリーを見て傍に行きたいと訴えるようにしている。
「わたしにおまかせください!」
「お願いね」
そんな輝に孤児院の女の子が付いてくれるらしい。正直、ウチの中では子供たちにあんまり身分を持ち込みたくないんだけど、子供たちには子供たちの世界があるんだよね。仲よく遊び学んでいるうちは自然のままにさせている。
オレは子供達には家臣ではなく友達をきちんと作ってほしい。
「ワン!」
ああ、空いた膝の上は、さっそくロボとブランカがオレの居場所だと主張するように座った。
君たちね。
「賑やかねぇ」
「まーま!」
「まーま! あそぼ!!」
のんびりとしていると、飛騨の調査に行っていたプロイとあいりが姿を見せた。プロイは鉱物学が専門で、山師見習いを連れて織田に臣従した飛騨の地域の調査に行っていたんだ。
大武丸と希美とか子供たちが駆け寄るとプロイは嬉しそうに笑顔を見せていて、あいりは表情こそ変わらないが、子供たちを集めるようにお土産を見せている。あいりは表情が変わらないから気を使う子供もいるんだよね。だからよくおもちゃとか絵本で子供たちを集めて可愛がっているんだ。
まあ、孤児院の子供たちは慣れているのですぐに駆け寄るけど。
「お疲れ様、どうだった?」
「うーん、いろいろと収穫はあったよ~」
ついでの噴火中の白山の調査もしてくると言っていたんだよね。実際に現地で見たいと言って。
報告は後でいいか。子供たちがいるしね。
Side:山田の商人
「最後まで我らには一切声もかからないとは……」
親王様が大湊から東海道に向けて出立された。次の帝たる親王様が伊勢に来られるなど二度とないことであろうに。我ら山田の商人は最後まで蚊帳の外か。
「やはり織田の怒りは軽うはないということか」
「織田に逆らうは商人として認めずか? 奴らめ本性を現したな」
大湊では会合衆が親王様と同じ
頃合いも良くなかった。我らが無量寿院に内通して武具まで売っておったことが露見したことが痛手だ。
その無量寿院とて貸し付けた銭や売った品の代金を払う様子はない。寺を勝手にしておった罪人どもから取り立てろと冷たくあしらわれて終わった。遥か海の向こうに島流しにされた者からいかに取り立てろというのか。
北畠に無量寿院の横暴な振る舞いを訴えるも、こちらも冷たい返答しか返ってこぬ。
「しかし大湊が北畠に臣従とはな……」
もっとも今日の話は親王様でも無量寿院でもない。大湊のことだ。公界を捨てて北畠に臣従すると騒ぎになっておるのだ。
あそこを押さえられると、我らは海への道を閉ざされることとなる。
「北畠め。織田の真似事をする気か」
少し前から北畠は海沿いの所領を捨てるなど、織田に譲歩を続けておった。そのままと大人しくなるのかと思うたが、長野を降し大湊も配下とするか。
「神宮はいかが思うておるのだ?」
「神宮とて我らのことなど配慮してくれぬ。神宮領を得た織田から多額の寄進があるのだ。商人の顔ぶれが変わろうとも目をつむろう」
織田が牙を剥いたか。寺社も商人も勝手を許さぬ。何様のつもりだ。本来立ち上がるべき者らは臆してしまったか、銭で懐柔された。北畠は織田の真似事で生き残る気か。
「いかがする?」
ひとりの商人が皆に問うが、いかんともしようがないことなど誰もが承知のこと。
かつて我が物顔で商いをしておった堺ですら織田には勝てずに、今では『まがい物の堺』と諸国にあざ笑われておるくらいだ。
公方様や親王様がわざわざ足を運び、因縁浅からぬ今川や朝倉が機嫌を伺いにくる相手にいかにしろというのだ。
商人に出来るのは商いだけだ。荷留をするのか? 織田相手に? それとも織田と争う者に加担するのか? 今川や朝倉ですら避けておるというのに誰が争うと言うのだ。
「降伏でもしろというのか?」
不満そうに苛立つ者もおる。されど、商いで負けた以上は我らに先などないのだ。
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