第1347話・細々とした交渉と動き

Side:久遠一馬


 文化祭も終わると招待客とも個別に話をしている。下交渉はずっとしていたことだけど、最後はやはりそれなりの人と話す必要があるんだ。


 小笠原さんの臣従もそのひとつだけど、他家とも話をする必要がある。まあ、織田としては此方こちらからは求めない、向こうからの求めが織田の政に合わないとそれで終わりでもいいんだけど。


 一番話す必要があるのは三好家かもしれない。義輝さんと長慶さんの会談もあり、春先の上洛で会って以降、商いの優遇など相応に協力はしている。ただ、内裏の修繕から図書寮の建設があったところに上皇陛下となられる帝が住まう仙洞御所の建設と立て続けなんだよね。


 資金はこちらで出しても苦労は向こうにある。申し訳ない気もするが、それが都を押さえている者の責務だ。ただ、幾人かの幕臣が三好と共に動いているとはいえ、管領と共に若狭にいる者もいるし人が足りていると言えるほどでもない。苦労するだろうなぁ。


「あと土塁を築くというのはまことに必要なのでございまするか?」


 三好家の安宅さんとの話し合いで出たのは、そんな当然とも初歩的とも思える疑問だった。


 一条大路から鷹司小路、烏丸小路から万里小路までの内裏と方仁親王殿下のお住まいである東宮御所、それと新たに作る図書寮と仙洞御所のある区画を土塁で囲むことを三好家に提案している。


 位置関係としては内裏の北東が東宮御所で東が図書寮、南東が仙洞御所になる。仙洞御所に関しては場所に口を出していないので、朝廷が決めたものだけど近場にしたらしいね。


「都を守るのはそのくらいしないと苦労をしますよ。それにあの地に誰でも入れること自体がよろしくありません」


 尾張だと治安維持というオレたちが使う言葉が造語として浸透しつつあるので通じるけど、安宅さんには通じないしなぁ。内裏なんて最近まで壁が壊れていて、そこから町の人が入れたとか聞くし。


「それに図書寮などは火事が一番困るんですよ。都はいつ戦火が及ぶか分かりませんので。人のやることが、目障りと思うなら、足を引っ張りつぶすなど当然の世ですからね」


 内裏のある上京を焼くことはないと思うけどね。とはいえ図書寮、狙われる可能性もゼロかと言われるとそうじゃない。火付けとかは当然警戒する必要がある。人の足を引っ張るなんていつの時代もあることだ。


 三好も織田も畿内では決して望まれているわけじゃないし。




「内匠助殿、宗滴のこと良しなにお願い致す」


 それと個別にオレに会いたいという要望があって会ったのは朝倉義景さんだ。紅茶とか茶器でも欲しいのかと思ったら、用件は宗滴さんのことだった。公の場ではないとはいえ、義景さんから頭を下げてきたことには少し驚く。


「ええ、お任せください」


「なにかあれば、わしに文を頂ければすぐに応じましょうぞ」


 朝倉とは商いはまずまず盛んだ。公家衆もいて日本海航路もあるから相応に栄えているからね。日本海航路でウチの品を運ぶのは、現時点では朝倉経由の荷がほとんどだろう。それほど多くの荷を渡してもいないが、利益は大きい。


 ただ、朝倉は越前守護だった斯波家とは因縁があり、織田家もかつては守護代同士で同僚のようなものだ。商いで双方の利になる話くらいならいいけど、込み入った話が出来ないのは地味に痛手だと思う。


 以前は宗滴さんと文のやりとりがあったけど、今後は養子の景紀さんや義景さんとすることになりそうだ。意図したわけではないんだけどね。因縁や過去のしがらみがないウチが担当するほうが面倒は少ないのが現状だ。


 宗滴さんの生活費、養子の景紀さんから送ってもらえることになっているので、特にこちらから求めることは現時点ではないんだけどね。




「うーん。そうですか」


「公界はもう無理だと悟ったらしくての」


 あとこの機会に動いたのは伊勢大湊だった。北畠に臣従すると晴具さんと具教さんに打診があったらしい。伊勢神宮とも前々から話していたようで、伊勢神宮や元会合衆の湊屋さんを通してこちらにも知らせがあった。


 水軍の経営支配を放棄、丸ごと織田に移譲する代わりに、大湊からの要望は少し前に発足した織田の商人組合への加入がしたいらしい。変わりゆく世の中で、決まったことを後から知らされるだけというのが相当堪えたようだ。いや、ここだけの話、大湊の水軍なんてすでに弱小もいいところなんだけどなぁ。


 親王殿下の行啓と一連の行事から宇治山田を除外したことも、少し薬として効き過ぎたのかもしれないけど。


 一番の理由は独立しているメリットがほぼないことだろうな。


「桑名や安濃津と同じほうがよかろうと思うのだが」


「そうですね。人を送ります。治め方をお教え致しますよ」


 ただ、北畠に商人を管理して治めるノウハウなんてない。大湊が北畠に臣従を言い出したのも北畠を怒らせたくないということからと、こちらからも従うなら北畠にしてほしいと内々に打診したこともある。


 晴具さんと相談して文官を派遣することにした。この件はすべてオレに任されているからね。全ての対応れすぽんすが早くていい。正式には評定へ後で通すけど、委任された権限の行使だ。問題はないだろう。


「これで残るは宇治と山田か」


 具教さんが感慨深げにしている。武力で制して従えるだけの時代に直接統治をするというのは相当な変化だからね。南伊勢で残る大物とも難物な俗物とも言われているのは宇治山田。このふたつの自治都市だ。


 宇治山田はまだ独立しているメリットも残っている。こちらの要請を聞いたふりをして、荷を横流ししていたからね。その旨味を知る者はまだ粘るかもしれない。


 ともかくこれで伊勢と志摩と尾張と西三河の海はほぼ完全に制したと言える。紀伊に近い伊勢南端の独立勢力も別にこちらと敵対するつもりなんてないようだし。


「そういえば、飛騨の江馬が泣きついてきたと聞いたが?」


「さすがにお耳が早いですね。そうらしいですね」


 話も一段落すると晴具さんが面白そうに飛騨の件を口にした。江馬家、どうやら心が折れたらしい。


 国司だった姉小路さんと元守護家であった京極さんが共に尾張にいることもある。親王殿下やら武芸大会やら花火やらで、どうしようもないと悟ったようだ。


 もともと道三さんが連れてきたんだけど、国人でしかないので特に厚遇もしていないんだけどね。


 京極さん経由で臣従をさせてやってはどうかと家中に根回しがあり、親王殿下が戻られたら正式に信秀さんに上申して決まる予定だ。


 飛騨だと残るは内ヶ島なんだけど、ここ一向宗とかかわりが深いこともあり、石山本願寺とやり取りして対応を考えているようだ。十中八九、硝石の製造のことだろう。あそこで硝石の製造をしているのを隠しているからね。


「戦をせずとも領地が広がる。羨む限りじゃが、己の立場で政の責務せきむと、真摯しんしに考えるとそう容易くないの」


 晴具さんがオレの微妙な表情から察したのか、苦笑いを見せた。


 大湊の完全臣従、ある意味、北畠家の願望のひとつだったのかもしれない。ところがこれからが大変なことを晴具さんは気づいているようだ。蟹江に住んでいるからね。噂も聞くんだろう。


「人が代わり、代が変わってもつつがなく治まる政をしていますからね。今が一番大変かもしれません」


 偉人や英傑の欠点は、次代以降で失敗することが多いことだろうか。誰が治めてもそれなりに国が成り立つ。元の世界の日本とか凄いなとこの時代に来てしみじみと思う。


 

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