第1321話・柱のなき朝倉と親王の視察

Side:朝倉義景


 尾張に入ると一息つく。


 此度、わしは己の意思で尾張に来ることを決めた。親王殿下と公方様が尾張に参られるということで織田より招かれたのだ。


 無論、家中はいささか荒れた。己が力を見せつける気かと怒鳴った者もおったな。されど、わしは家中の異を唱える者らを説き伏せてここまで来たのだ。


 理由は幾つかある。わざわざ尾張まで参られた次の帝となられるであろう、親王殿下に拝謁する機を逃すわけにはいかぬこと。さらにこの一件は病で伏せておられた公方様が御出になられたことだ。


 なにより懸念すべきは朝倉家に都から一切声が掛からなかったことだ。公方様が御出になり、織田・六角・北畠・三好と兵を出したというのにもかかわらずだ。


 朝倉は数代前の公方様が御認めになり独り立ちした家だ。それ以降、代々の公方様のために働いて参った。ところが声もかからず、かような大事を迎えたことには恐ろしさすら感じた。


 今代こんだいの公方様が織田贔屓なのは分かる。されど、尾張への行啓を御自ら御出になられるほど贔屓にしておるとは思わなんだ。血の気が引いたとはこのことかと思うほど恐ろしかった。斯波と織田が求めれば、公方様は朝倉征伐をお認めになるのではないか?


 左様に、思えたからだ。


 宗滴のおらぬ朝倉が織田に勝てるのか? 多くの者は造作もないと語るが、まことに左様なのか? わしには勝てると思えぬのだ。


 諫める者がおらなくなり、朝倉は大言たいげん放言ほうげんの口の回る者の声ばかりが聞こえるようになった。


 故に思うたのだ。宗滴ならば、かような時にいかがするのであろうかとな。宗滴ならば敵地とも言える尾張に自ら参り、朝倉家ここにありと示すのではないかと思えてならなかった。


 それに……、わしはもう一度、宗滴に会うておきたかった。一言労いと感謝の言葉を言うてやりたかった。


 此度は若い者らも多く連れて参った。真柄の倅が武芸大会とやらに出るというのも都合がよかった。


 口ばかり達者な武辺者に見せてやりたいのだ。尾張をな。




Side:久遠一馬


 歴史の皮肉に思えるのはオレの考え過ぎだろうか。北条・今川・武田の三国同盟が史実で成立したといわれる今年に、三家の当主や嫡男が尾張で揃うことになるとは。


 三国同盟はその片鱗の話すら出ていない。織田が北条と誼を深めたこともあるし、今川が武田にターゲットを変えたこともある。史実では三家でそれぞれに婚姻を結んでいるが、それもこの世界ではなくなっている。


 まあ、周辺からは多くの勢力が集まるし、三家だけを特別視する必要はないんだけど。


 あと朝倉家からは義景さん、景紀さん、景紀さんの嫡男である景垙さんなどが来るようだ。ああ、もちろん武芸大会に出る予定の真柄さんも同行している。


 他に信濃の小笠原さん、木曽さん。飛騨からは内ヶ島と江馬も来るようだ。内ヶ島は血縁がある北美濃の東さんが誘ったようで、江馬は道三さんが声を掛けたようだ。


 内ヶ島と江馬。正直、織田としては相手をするほど暇じゃない。利益になる場所でもないし、もともと織田から声をかけるのは、利益になるところや縁があるところなどだけだしね。


 ただまあ、生涯に一度あるかないかの行啓で捨て置かれると面目が丸つぶれになる。可哀想だと気を利かせた人がいたというのが真相だろう。


「ほう……」


 オレは今日、親王殿下のお供として学校に来ている。武芸大会までのんびりしているのかと思ったけど、自ら尾張を見て回ることを望まれたらしい。


 授業の様子を熱心に御覧になる親王殿下には、案内するオレばかりか同行している姉小路さんや織田家の皆さんも緊張しているのが分かる。


 今日の授業は沢彦さんとギーゼラとリースルの授業だ。


 沢彦さんは幼少組の授業で子供たちに文字の読み書きを教えている。ひとり用のノートサイズの黒板がみんなに配られていて、それに白墨ことチョークで書いて字の練習をしている。


 子供たちは少し緊張気味だ。偉い人が来ると教えたんだろう。


 ギーゼラは職人向けの授業で、今日は小さな箪笥の製作をしているようだ。


「あの者は……」


「私の妻のひとりになります。名をギーゼラ。ものをつくることに長けておりまして、現在ここの学校を任せております」


 事前に知らせを出してある。今日授業をしているのは、ギーゼラの意思だろう。女も技術職が出来ると見せたいのかもしれない。


「ギーゼラとやら、それなるはそなたが作ったものか?」


 授業を受けている若い職人たちが目を見開いて驚いている。親王殿下が自ら前に御出になられると、見本として置いてある小さな手持ち箪笥を見て、ギーゼラに声を掛けたからだ。お声掛けはないと聞いていたんだろう。


「はい。不肖ながら私が作りましてございます」


「見事」


 そんな一言をおかけになると、親王殿下は教室を見て回りながらこちらに戻られた。


 突然のことに近衛さんたちも驚いているけど、こういう見学は前例がないから思うままにされたのか?


 考えてみると外出したことすらほとんど無く、それも寺社に行ったかどうかくらいのお方だ。庶民の暮らしとか御覧になられたことないんだろうなぁ。


 思わず冷や汗が出そうになる中、次の教室に行くが、そこではリースルが算術の授業をしていた。ここは元服間近の男女入り混じった子供たちだ。


 リースルは熱田の屋敷を任せているひとりだけど、アーシャの産休もあって時々学校を手伝いに来ているはず。


「あれは、如何いか由来ゆらいを持ちたる文字か?」


「あれは遥か西の国で使われている、数を表す文字でございます」


 ここで親王殿下の興味を引いたのは、アラビア数字を使った計算式だった。まだ織田家でも導入はしていないが、学校ではすでに教えているんだけど。今日やっているということは見せたかったのかなぁ。


 その後、親王殿下は道場や校庭に、お昼の食事を作っている台所まで御覧になられた。


 周りは緊張するけど、親王殿下は楽しげに見えるね。


 オレには質問が本当に多かった。直答出来る身分じゃないんだけど、他の人だと答えられないことも多く、親王殿下はオレに答えを求めるんだ。


 親王殿下御自身も学問を教わったこともあるんだろう。それ故にいろいろ疑問があるみたい。ウチで集めた知識だとお教えすると、僅かに驚かれたような顔もされた。


「民がかような学問を学べるとは……」


 ああ、驚いているのは公家衆も同じらしい。身分に問わず教えていると言うと驚かれた。


 あとでいろいろまた問われそうだけど、ひとまず無事に終えることが出来たかな。





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