第1287話・宗教対一揆
Side:近衛稙家
「尾張が大樹を通して勅を求めるとはの」
二条公が少し思案する素振りでそう呟いた。勅願寺とはいえそこまで致すのかと思うところもある。
すでに庇う者もおらぬ。飛鳥井卿を粗末に扱った報いじゃの。
「主上、よろしゅうございますか?」
あとは主上の
勅を願うことも不備はない。大樹には寺社の検断権があるからの。その上での勅願寺という立場を考慮しての勅なのじゃ。
「大樹に一任する」
御裁可は
されど、真宗の本山といえども世を乱すならば許さぬということ。世に示す気か。
神仏と坊主は別とは内匠助の言葉。考えて見ると分からんでもない。坊主に頼らずとも仏の教えも知っておるのであろう。何故、坊主が人を殺めるのだと驚いておったという話は、尾張では知らぬ者がおらぬと聞く。
かつては粗暴な武士の荒れる世で苦肉の策として兵にて守ったのであろうが、今では己らの利を求めるばかりのところも増えた。ここらで一度、本分に戻ってもらわねば困る。
同じ仏を信じる坊主が争い、都を荒らすなど二度とあってはならぬこと。内匠助の考えもそれ故、異を唱える者はおるまい。
Side:忍び衆
「仏罰! 仏罰! 仏罰!」
「神仏に逆らえば地獄に落ちるぞ!」
無量寿院から聞こえる怒声も数が多い一揆勢には届いておらんな。
すでに無量寿院を守るべき幾つかの末寺は、一揆勢によって落とされるか寝返った。北伊勢の元国人らがいつの間にか一揆勢をまとめつつあるようだ。
織田領にある末寺からも元国人らが集まり一揆勢に加担した。最初は織田へ無量寿院が一揆を起こしたと勘違いしたようだが、敵がいずこでも良かったのであろう。当然のように無量寿院を襲う一揆勢に加わっておるわ。
親を亡くし、
幾つかの寺が寝返ったからか僅かな飯が一揆勢に渡った。それを奪い合うように食うた者の中に苦しんで死んだ者がいたことで、仏罰だと恐れた者がわずかにおったが、末寺の坊主が毒を盛ったのだと怒った民によって坊主と僧兵が皆殺しにされた。
飢えすぎた者に飯を食わせる時は気を付けねばならぬこと、伊勢者は知らぬのか。甲賀では知られておることなのだがな。
山門ばかりか堀や塀もすでに亡骸と血で穢れておる。あれを見て一揆勢はさらに恨みと憎しみを募らせる。地獄のような光景とはこのことだな。
「おい、退くぞ」
「ああ」
我らは話の分かる元国人に銭雇いの牢人に扮して同行し、無量寿院が見えるところまできたが、退けとの
状況は分かった。もう十分か。
しかし、この光景を見ると決して負けられぬと改めて思い知ったわ。これが戦なのだ。人も坊主も仏も問わず、争い血を流す。
御家はなんとしても守らねばならんな。
Side:久遠一馬
一揆の蜂起から三日。こちらは北畠と連携して、寺領の外に出てくる人たちを確保している。
寺領といっても一塊になっているわけではなく、織田や北畠の領地に囲まれたところに点在する領地がいくつもあったりして大変なんだ。
とりあえず目に付いたところから奪おうとしたり、どさくさ紛れに逃げようとして織田や北畠の領地に来る人が一定数いる。
討つのは簡単だが、武装解除をさせて、大豆ときゅうりなどをすりつぶしたものを僅かに加えた重湯を与えて落ち着かせれば、徐々に体調は回復して大半は大人しくなる。
一部、無量寿院に近い村は襲われる懸念から避難させたが、こちらの被害は軽微だ。
「北伊勢の末寺の蜂起はほぼ鎮圧しました」
セレスから北伊勢の無量寿院の末寺の報告があった。反織田の元国人や土豪が寺に入り、無量寿院の寺領からの移民が田畑を耕している。あそこも蜂起したところがいくつもあった。
末寺では情報が錯綜したようで、無量寿院が一揆を起こしたと勘違いしたところもあったし、無量寿院が一揆を起こされたと知ると、一揆勢に加担するべく織田領を通り無量寿院に行こうとした人もいたらしい。
織田領で暴れた者は等しく捕らえるか討ち取った。ただし無量寿院に行こうとした者たちは、荒らすなどしない僧籍の者たちなどは通したようだ。これはある意味、敵対しないならば通さないといけないルールだから仕方ない。
「一揆勢、依然として優勢でございます。元国人の者らなどが差配をしておるようで」
「織田を恨んでいたんじゃないの?」
驚いたのは望月さんの報告だ。無量寿院側だったはずの反織田の一部が、一揆勢として活動しているとは。
烏合の衆だった一揆勢に将が出てくると情勢が変わりかねないぞ。
「末寺も苦しい暮らしのようでございますからな。名を挙げていずこかの家に仕官したいのでございましょう。今更、北伊勢の所領を取り戻せぬと理解した者もおりますれば」
ある意味、彼らも現実を見ていたか。弱いところを襲うのはよくある話だ。武功を挙げれば仕官の口もあるだろうしね。
無論、無量寿院の本寺は堅固な要塞だ。とはいえ多勢に無勢なんだよね。一部には死を覚悟した死兵がいると報告が入っている。
憎しみや恨みは伝染する。さらに多くの人の憎しみや恨みが固まると増幅される。ほんと人の社会の悪い縮図となりつつあるな。
朝廷からの勅が届くまであと四日。六角は恐らく近い位置にある甲賀郡と蒲生さんのところから兵を出すだろう。
将は六角家から出すことになる。今回の対外的な主導役は義輝さんだからだ。朝廷の許しを得て寺社を成敗する検断権を行使するんだ。この時代だと幕府という言葉がないのであれだが、分かりやすくいうと幕府軍の編成になる。
結果は変わらないだろうが、犠牲は少なくしたいな。まとめている人がいるなら、降伏を促すことが出来るかもしれない。
検討するだけしてみようか。
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