第1285話・暴かれた実情

Side:無量寿院の寺領の領民


「おい、本当にやるのか?」


「どうせ飢えて死ぬんだ。最後に飯が食いてえ」


 死んだ。親父もおふくろもかかあも子も。みんな腹減ったと言うて死んだ。田んぼには稲があるが、刈り入れまで生きていられるとは思えねえ。


 同じく『もうどうでもええ』という奴らを集めて、お寺様に運ばれる荷を奪うことにした。多くの牢人に守らせた荷だ。きっと美味えもののはずだ。


 最後に腹いっぱい食って、おらも死んだ家族のところに行くんだ。


「山分けだかんな!」


 お坊様に知られぬように人を集めた。近隣の村から男ばかりか女も年寄りも集まった。四十七人。多いのか少ないのか分からねえが、死んでも食いものが欲しい奴ばかりだ。


「来たぞ!」


 どっからの荷か知らねえ。守っている奴は二十人くらいか。槍を持つ手に力が入る。親父、おふくろ。みんな、今行くぞ。そっちでまた一緒に暮らそう。


「かかれ!!」


 東の空が暗い刻限だった。どっかの村の長老だって爺様の一声ひとこえで襲い掛かる。


「己ら! なんのつもりだ!」


「奪え! なにもかも奪え!!」


 泣いている奴もいる。贅沢したいなんて思ったこともねえ。仏様にだって日々祈っている。なのに誰もおらたちを救ってくれねえ。


 死んだ奴のところに行こう。そんな奴ばかりなんだ。


「ひっ、こいつら……」


「こらっ! 逃げるな!!」


 槍が刺さると槍を掴んで道づれにする。切られても命ある限り目の前の奴を殺す。それだけだ。誰ひとり怯まぬことに牢人が恐れをなして逃げ出していくが、そんなことは気にする者はいねえ。


「おい! まて! まて!!」


 商人だろう。最後まで逃げおくれた者をみんなで囲む。刺して刺して刺しまくる。動かなくなっても構わねえ。


「飯だ!」


 血の匂いがする中、みんなで荷を開ける。


「……飯じゃねえ。なんだこりゃ? 水か?」


 荷は樽だった。蓋を開けると、透き通った水がある。がっくりと項垂れるみんなを尻目に、かしらった爺様が震えるようにそれを見ていた。


「……酒じゃ。これは……尾張の金色酒じゃ。わしらが飢えておるというのに……お坊様らは酒を飲んでおるのじゃ」


 周りの奴の顔色が変わる。金色酒は噂で聞いたことがある。この世のものとは思えないほど美味い酒だと。


 おらたちが飢えているのにお坊様らは酒を飲んでいるのか? 仏様はそのようなこと許すのか?


「皆、これを飲んだら村に走れ。坊主どもは嘘偽りでわしらを騙して、己らだけ贅の限りをつくしておるとな。……一揆じゃ。一揆を起こすのじゃ!!!」


 我先にと酒を奪い合うように飲む奴らを見ていた爺様の言葉に、誰もが止まり静まり返った。


 仏様だろうと許さねえ。仇を討つんだ! 嘘偽りばかりの坊主を討つんだ!!!




Side:久遠一馬


「殿ー!!」


 朝、吉法師君とか大武丸と希美たちと屋敷の畑できゅうりやトマトなどの朝摘あさづみの収穫をしていると、太郎左衛門さんが慌てた様子で走ってきた。珍しいな。冷静な人なのに。


「伊勢無量寿院にて一揆が起きましてございまする!!」


 とうとうか。吉法師君たちのことは一緒にいたケティに任せて、オレは急いで登城の支度をする。


「領境は?」


「はっ、すでに固めておる様子」


「忍び衆は状況を見て撤退するように。深追いは禁じる」


「ははっ!」


 太郎左衛門さんに指示を出して、エルとジュリアとセレスと共に急いで清洲城に入る。報告はすでに城にも入っているようで、同じく慌てて登城してきた者たちと一緒に城内に入った。


「確証はありませぬが、無量寿院への抜け荷が寺領の民に襲われたようでございます。寺領の村々には無量寿院が嘘偽りで贅を尽くしておると触れ回り、一揆を促す者がおったと知らせが届いておりますれば」


 すぐに後を追うように登城してきた望月さんから続報を聞く。こちらで把握している限り、昨日は宇治山田の抜け荷の搬入があったはずだ。襲われたのはそれか。中身まですべて把握していないが、十中八九、贅沢品だろう。


 領境には武官と警備兵から援軍を送る。これは事前に選抜、待機していたものだ。それと尾張南部の賦役から黒鍬隊を徴収してこれもすぐに送ることになる。


 領境の関所は賊程度ならば防ぐ備えをしてあるが、一揆となると少し荷が重いところもあるんだよね。それと周りの海沿い以外は北畠領だ。あっちもそれなりに備えをしているが、織田領より手薄なんだよね。


 北畠家にも知らせが行っているはずだし、蟹江には晴具さんがいる。すぐに話をする必要もあるな。


「兄者、行って参る」


 織田一族からは、今回も信光さんが武官と警備兵の選抜先遣隊を引き連れてすぐに出陣していった。


 ウチからは一益さんと太郎左衛門さんを派遣する。ウチが独自で育てている警備兵と武官もいる。木砲や焙烙玉の扱いはウチが一番であることに変わりはないんだ。火力支援、万歳だ。


「一揆勢、無量寿院に向けて参集しておるようでございます!」


 さらに続く続報に評定衆からは安堵の声が聞こえた。


 無論、楽観視出来るほどじゃない。今回の一揆も北伊勢の時と同じ民が主体の土一揆だ。明確な扇動者、統率者がいない分だけ、どうなるか分からない性質がある。ただ、こちらや北畠を攻めてこられるよりは迎え撃つ時間が得られる。


 どういう理由で蜂起したかなんて関係ない。飢えて死を恐れない死兵と化すことや、無量寿院と戦って勝てないと逃げて周囲を荒らす可能性もある。


 武器や兵糧は圧倒的に無量寿院が多い。さらに寺院は城と同レベルの防備がある。どちらがどうなるか情勢は流動的で一概に分からないんだ。


 無量寿院は当然ながら守護使不入の権利を有している。勝手に寺領に入ることは出来ない。領境に兵を配置することは出来るが、それ以上は一揆勢の動きと守護でもある北畠家からの要請が必要になる。


 まあ、不特定多数の暴徒がこちらに来ると迎撃と追撃をしても非難されることはないだろうが。


 とはいえ六角からの兵が到着するまではなるべく待ちたい。出来れば織田、北畠、六角と鎮圧するには周囲の兵が揃ったほうがいい。


 さて、どっちがどうなるかね。ただ、どちらにしても領民の大多数が蜂起したなら無量寿院は厳しいだろう。


 仮に鎮圧出来ても、田畑を耕して税を治める人がいないと領地は成り立たない。周囲より貧しいんだ。蜂起した者が負けたからと村に戻って素直に無量寿院に従うとは思えない。


 まあ、鎮圧して領地の外に迷惑をかけないなら、こちらが介入する口実もなくなるけど。


 無量寿院がそこまでするのは無理だろう。



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