第1281話・宗滴の病
Side:久遠一馬
数日後、宗滴さんは体調が優れないと言って公式の場を養子の景紀さんに任せていた。
信秀さんと義統さんにはオレから先日の話は説明したので、こうなる可能性があると教えている。
「ケティ、いかがなのだ?」
「見た目ほど良くない。心労と長年の勤め
現在清洲城に滞在しているので、当然ケティの診察を受けたが、その結果に信秀さんはなんとも言えない顔をした。
史実の寿命まで一年ほどだ。兆候があって当然と言える。とはいえ……。
「嘘から出た真か。まあよい。守護様は構わぬと仰せだ。それに朝倉宗滴は戦場でならば恐ろしいが、尾張におって恐ろしい男ではない。他家とはいえあの歳まで尽くしたのだ。好きにさせてやる」
義統さんと信秀さんの本音だろう。朝倉宗滴は戦地にいてこそ恐ろしい相手だ。尾張で暮らすことになったとしても脅威になる人ではない。敵ながら天晴という人物であることも確かだけど。
「戦で物事が進まぬと、皆考えるものだな。こちらも気を引き締めねばならん」
寿桂尼さんと宗滴さんの動き。奇しくも同じタイミングになったが、理由は単純明快で戦で世の中が動く時代から変わりつつあるとふたりが気付いたからになる。
朝倉はどうなるんだろうか。史実では養子の朝倉景紀は、朝倉景鏡との家中の権力闘争で敗れた節がある。ただ、史実の朝倉には足利義昭が頼ったことで随分と影響があったと見える。
現在の景鏡、正直、朝倉家でそこまでの力はない。大野郡司であることは確かだが、宗滴さんが健在なことと、彼の父親が謀叛を企てて追放されていることも背景にある。
あと朝倉において、斯波と織田との誼をこれ以上深めることに賛成している人はあまり多くない。利になることと宗滴さんの存在から表立って異論を唱える人はさほどいないようだが、彼らにとって斯波と織田は祖先の敵だからだ。
宗滴さん、しばらく様子を見て清洲城からどこかに移して静養となるだろう。朝倉にとって斯波はやはり因縁ある相手だしね。本当に静養が必要だとなると病院が近い那古野だろうか。直接の因縁がないウチで預かったほうがいいのかもしれない。
「それはそうと、近江の者らが随分と戸惑うておるようだな」
「そのようですね。そもそも所領がない暮らしというのが考えられなかったのでしょう」
宗滴さんの処遇について話が終わると、信秀さんから六角家一行の話が出た。重臣とかではない。独立系の家臣や勢力を連れてきたようで、尾張の現状に戸惑っているという報告が上がっている。
ウチからも望月さんが案内役のひとりとして同行しているが、理解するにはしばらく時間が必要だと言っていた。
はっきり言うと統治システムが既存の体制と別物だ。この時代も俸禄で働く人がいないわけではないが、領地を認めないことで統治が成立することからして驚きの対象なんだ。
まあ、現状だと織田と戦をしても簡単に勝てないと理解してくれるだけでいいんだけど。一度で全部を理解するのは難しいしね。
北畠も状況として大差ない。今回はそこまで大勢連れてきていないけど、婚礼と花火でこちらの力を理解した者はいるだろう。こういうことは積み重ねが大切でもある。
「ああ、熊野九鬼が臣従したいと言うてきたぞ」
「そうですか。思っていたより早いですね」
北畠の情勢で言えばこの件か。志摩の九鬼さんの親戚で志摩の最南端を領有するのが熊野九鬼家なんだけど、前々から臣従を探っていたところでもある。今年の海祭りに来ていて、志摩九鬼家が説得していたところでもあるけど。
実は少し前から志摩にある答志島で水軍の拠点を築いているんだよね。史実でも九鬼水軍の拠点があったところだし、現在の情勢でも手頃な場所だ。
志摩半島の海域はすでに織田の勢力圏であり、志摩半島より南の地域にいる独立勢力は少数派となって、自分の領地に面した海を通る船から税を取って細々と暮らしている。
「ならば定期船を熊野九鬼の地に出してもいいかもしれませんね。それで他の水軍は終わりますよ」
特に敵対もしていないところなんで放置でもいいけど、そろそろまとめたほうがいいとも言える。所領は召し上げになる代わりに暮らしは保障する。久遠船の定期便を答志島辺りから出してやれば経済格差で遠くないうちに志摩は織田が統一出来るだろう。
現状で織田に臣従している伊勢志摩水軍衆の織田水軍化は、オレが思った以上に上手くいっている。現場はそれこそ帆船の操縦法の習得や地域間の対立で大変だろうが、大筋で見ると上手くいっていると言えるんだ。
力の差が陸上よりも分かりやすいこともある。漁業と養殖、それと陸上の農業改革も三河なんかと比べると抵抗は少ない。
水軍もね。久遠船の船長クラスになると待遇が一気にあがることもある。さらに関東や伊豆諸島への船団に抜擢されると報酬が凄いし、名誉なことだと言われているそうだ。
「海は安泰か」
「紀伊が少し気になりますけどね。こちらを敵に回す利もありませんよ」
尾張、伊勢、志摩、西三河。この海域は織田が制している。志摩の南にある紀伊の熊野水軍は気になるけど、敵対しているわけでもない。
船の能力も違うし、こちらは組織も整いつつある。どのみち紀伊は面倒な土地なので今のところは放置で十分だ。
「父上、一馬殿。お茶にいたしませんか?」
信秀さんといろいろと報告やら相談をしていると、おやつの時間になったらしい。学校から戻ったお市ちゃんがお菓子とお茶を運んできた。
「ほう、市も菓子作りが上手くなったな」
「はい!」
今日はお市ちゃんの手作り大福らしい。信秀さんがほめるとお市ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。確かに前のより上達しているね。
こうして見ると仲のいい父と娘だなと思う。エルたちの影響を受けすぎて心配だったところもあるんだけどね。明らかにこの時代の武家の姫としては異質な部分もある。
ただ信秀さんは、あまり慣例というか旧来の価値観にこだわっていない。実際、家中の子供たちを集めて新年会をしたりと、お市ちゃんはすでに功績も挙げている。
家を守るという価値観や、嫁ぎ先と実家を繋ぐとか将来のために必要な教育は受けているけど、元々女性が自立している時代なだけにお市ちゃんの成長は評価も高い。
おませな子供であることにも変わりないけどね。彼女の成長はオレたちにとっても嬉しいことでもある。
年下の子供たちの模範となり、みんなを導いているように見えるからね。
頼もしくなってきたよ。
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