第1242話・都の諸々

Side:久遠一馬


 義信君の参内も無事に終わった。オレの拝謁で迷惑を掛けなかったことが一番ホッとしたかもしれない。


 一緒に参内したのは信安さんと姉小路さんだ。三人とも戻ると緊張して疲れたような顔をしていた。


 姉小路さんとはこの旅に出ていろいろと話をする機会があったけど、飛騨に住んでいたので数えるほどしか上洛をしたことがないそうだ。正直、上洛の必要性もあまりなかったのだろう。


 それと史実と少し日程がずれたものの、義信君たちとは別に参内した具教さんが史実と同じ従三位権中納言に昇叙した。史実と同じく今年の一月には正四位に昇叙していてたので、大きな変化はない。南北朝時代には鎮守府将軍として南朝を支えていた家柄だ。まあ当然の任官だろう。


 あと、メルティたちが作った羊羹を斯波と織田の名義でさらに献上している。前回の時も評判が良かったとのことを聞いたんだ。


 菓子も食えないというほど貧しいわけでもないんだろうけど、羊羹は相変わらず製造法を秘匿しているので都でも簡単には手に入らない品だからね。


 その後は公家との宴に参加したりしていて、主に大内義隆さんの葬儀で尾張に来た人を中心に、主な殿上人とは一通り会っている。


 この辺りの調整は近衛さんに頼んでいたことだ。公家同士の力関係や派閥もある。また誰とどのタイミングで会うか。伝統もあり歴史もあり権威もある。義統さんも詳しくは分からないそうだ。


 オレたちも歴史として残るおおよその血縁や関係は分かるものの、個々の人間関係から歴史に残らない小さな因縁とか気にしたらキリがないほどいろいろとある。


 ああ、和歌を詠む歌会に参加したのは久々かもしれない。まったくないわけではないんだけど、尾張だとほとんど参加した経験がない。結果は、まあ人並みだとは思う。


 季語やセオリーを守れば人並みにはなる。その辺りは睡眠学習を含めてこの世界に来てからも学んだことだから、人並み程度にはなんとかね。


 評価としては慣れない中でよく頑張ったという感じか。誰もオレに達人クラスの和歌を望んでいないし、ちょうどいいのだと思う。ある意味、勉強していると分かるくらいが、一番和やかに可愛がってもらえる。


 ただ、拝謁の噂は途端に公家衆に広がったらしく、義信君よりオレが目立つことも増えて申し訳ないところはある。義信君自身はあまり気にしておらず、むしろ楽になったと笑っていたけどね。


 公家衆とは図書寮のことについても話をした。一言でいえば本当にやるのかと疑問に感じていた人もそれなりにいるらしい。


 朝廷の儀式さえ滞り、内裏が荒れている都にいると心も荒むのか、欲しいのは書物であり、大事な書物を買い上げて終わりではと懸念していた人もいるようだ。


 これはオレたちがどうとかいう問題ではなく、武士の朝廷軽視による公家衆の不満が根底にあるんだろう。


 朝廷と武士の関わり、実は根深くて難しい問題になる。どこまで遡るかにもよるけど、平安時代末期に朝廷と公家の政権から武士の政権に移ってから、全国各地の御料地や荘園なんかは武士に横領されることが多発した。


 尾張や美濃も例外ではなく、古くは朝廷や公家の荘園だった場所があるし、先年まではそこを治める国人やら土豪やらもいた。今は織田が公儀として一括で治めているけど。


 応仁の乱以前は足利家が朝廷を守り支えていたのでまだよかったのだろうけど、応仁の乱以降は公家どころか朝廷の税収すら減っていて、崩御した帝の葬儀や即位の儀式なども満足に行えない有様なんだ。公家からすれば体裁を守ることすら危うい現状には大いに不満だろう。


 あとは斯波と織田が軍を率いて上洛をしてくれないかと期待している人も相変わらずいるようだ。病の将軍と流浪の管領は頼りにならないと、斯波管領を期待しているみたいなんだ。こちらは義信君や信長さんときちんと話していて、きっぱりと否定することで収めている。


 上洛なんて上手くいくわけがないんだって。現状で斯波管領なんて。細川晴元の失政で落ち目に見える細川京兆家だけど、家臣筋である三好の隆盛もあって、そこまで落ちぶれているわけではない。


 極論を言えば混乱の大本である晴元が死ぬなり隠居して出家するなりして、細川京兆を誰か別の人物が継げば一気に勢力を回復してもおかしくないんだ。


 義輝さんは三好と話を付けたようだけど、具体策で一致したわけではない。細川京兆や三好の扱いで不満だと感じたら平気で対立するのがこの時代だ。


 まあ、史実に鑑みるとそこまで細川京兆が復権するとは思えないけど。それでも侮れる相手じゃない。


「大変じゃの」


 今日も公家との茶会を終えた義信君は、疲れた様子でため息をこぼした。近衛さんのおかげでそこまでおかしなことにはなっていないけど、誼を通じたい公家なんていくらでもいるから大変だよね。


 お世辞を言って持ち上げる人もいれば、正室が決まったことで側室に誰か押し込めないかと考えている人もいる。


「皆、余裕がないからな。若武衛殿に顔を覚えられれば尾張で楽に暮らせるかもしれぬのだ。さらに父や一族に繋がらぬ、己の縁として望む者もおるからな。若い武士などであれば、なおさらであろう」


 そんな義信君に同情する様子を見せたのは一緒に茶会に出ていた具教さんだ。この人もお公家様だったんだなと改めて思い知らされた。そういう教育は受けていて、きちんと公家として振る舞っていたんだ。


 具教さんの話を聞いていると、公家を見る視点も変わるな。少しでも条件の良い就職を望む失業者のようにも見える。


「父上からそれだけはするなと言われておる。こうして尾張介と一馬がわざわざ上洛したのはそれが理由にあるからの。ふたりがおれば公家とておかしな誘いはかけられまい」


 義統さん、さすがというかなんというか。厳しいところには厳しい。自分が苦しい時に助けてくれなかった人を冷めた目で見ているからな。


 公家が尾張に来るのはいい。図書寮もつくるし真面目に働くのならばね。ただし義統さんは自身の傍において派閥になるのを懸念している。


 信秀さん以外の直接の家臣は持たない。そのスタンスで一貫して全部断っている人だ。


 オレたちは当初の予定通り、十日ほどで都を出立する予定だ。前回は出来なかった都見物も町を少し見ることは出来たけど、寺社には行っていない。行けば寄進が必要になるし、都って寺社が多いんだよね。


 一か所に行くと、何故あそこだけ行ってウチに来ないんだと不満が出ても困る。都の寺社は政にも関わっていたりと面倒も多い。大人しくしているに限るんだ。


 官位をいただいた返礼はしたし、義信君と公家衆の顔合わせも無事に終わるだろう。


 あとは余計な問題に巻き込まれる前にさっさと帰りたいね。都が荒廃している姿には心が痛むけど、オレたちが関わったところでいいことなんてひとつもないし、余計に混乱して血が流れかねないくらいだ。




 それと、あれから帝の動向は特に聞こえてこない。宇宙要塞の中央指令室の情報でもこれまでと特に変わらない祈りの日々を過ごしているようだ。


 なんとかして差し上げたいと思うところもあるけど、オレたちの手に余る。御所の修繕だけでも木材の産地からどこの大工を使うかなど、三好がいろいろと大変だったようだしね。


 特に今回の拝謁でオレの名前と存在感が大きくなってしまった。義信君だけじゃないんだ。オレも一挙手一投足に気を付けないといけなくなった。


 生きるって難しいね。しみじみと思うよ。




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