第1221話・喜び無き勝利

Side:千種家家臣


 凄まじい音が響くと、なにかが焼けた焦げ臭い匂いがしてくる。


 矢盾を持った織田の兵が前に出ると、鉄砲と思わしきもので城方を容赦なく攻め立てた。


 城方からは織田を恐れおののく声や、我らを恨む罵声が聞こえてくる。その声が聞こえども我らには黙って見ておることしか出来ぬ。


「かかれ!」


 頼みの城門ですら織田の金色砲と思わしきものにより、あっさりと壊されると、城方は最早戦う術がない。そこに梅戸と六角の援軍が城に攻め入ると、一刻もかからず戦は終わってしもうた。


 勝鬨を上げる六角と織田の援軍を眺めながら、もう前に出ずともよいと言われた千種家の者には微かに震えておる者すらおる。


 かようなことが許されてよいのか? あの者らとて千種のために声を上げたのだぞ。布陣して以降、一度の降伏を促す使者も出さずに攻め落とすなど許されるのか?


 出てくる城方の者らと、運び出される亡骸や首に誰も口を開かぬ。


「首と千種家の者の身柄は好きにするがいい」


 首実検となった。されど梅戸殿がそう口にすると生き残った者と首はすべてこちらに渡されることとなる。


 勝ち戦の首実検とは思えぬほど静かな場であった。織田の者と六角の者の厳しき顔がこちらに向いておることは、皆も理解しておろう。


「此度のこと、すべて某の不徳と致すところでございます。いかようにも処してくださって構いませぬ。ただ、千種の家だけは良しなにお願い致しまする」


 御隠居様は自ら地べたに手を付き、梅戸殿を始めとする皆の前で深々と頭を下げられた。その姿に言いようのない怒りが込み上げてくる。


 我らはいかがなるのであろう。家は妻子は?


 何故、このようなことに……。




Side:後藤賢豊


 勝ち戦とは思えぬほど、これほど静かな首実検など初めてだ。理由は千種と梅戸の者がまるで負けたかのように大人しいからだ。織田方も遠慮してか喜ぶ様子はない。


「ならば隠居殿、そなたの手で謀叛人と内通した者を処罰されよ。二度とこのようなことが起きぬようにな」


 死も覚悟した面持ちの隠居殿に皆の顔を見合わせるが、命まで奪うことはやりすぎであろう。ようあること。それに尽きる。近江とてこの手の話は時折聞くことだ。


 此度違ったのは隠居殿が家中を説き伏せることをせずに、梅戸家の介入を求めたからに他ならぬ。罪人を用いて領内を復旧させたことの弊害であろうな。あの罪人どもと真宗の寺領から出てきた無法者どもが加わらねば、ここまで拗れなんだやもしれぬ。


 謀叛人どもは罪人どもを己が都合のいいように使うつもりが、結局は足を掬われることになった。


造酒権正みきごんのかみ殿、此度は援軍かたじけない」


「わしは構わぬ。但馬守殿こそ苦労が多く大変でございましたな」


 千種の仕置きの行く末もあるが、援軍の織田方に礼を言うほうが先だ。陣を訪れると造酒権正殿に労いの言葉をかけられた。その言葉に思わず疲れたような顔を見せてしもうたのやもしれぬ。


「今後のことだがな。罪人が不要ならば織田で買い取るぞ。左京大夫殿にはすでに書状で知らせてあるはずだ。それと追放する者らも、必要とあらばこちらで日ノ本の外に出すぞ」


「罪人を……?」


「久遠家の所領が日ノ本の外であることは存じておろう。その遥か先にて、人のおらぬ地に田畑を耕して村を作らせるそうだ。間違うても日ノ本より良い暮らしなど出来ぬ。生きるのも厳しき地だそうだ」


 なるほど。処刑してしまうなら死ぬまで働かせるか。謀叛など起こしようもない地で。織田と久遠も罪人には厳しいということだな。


「いかなる地か聞いてもよろしいので?」


「暑くて病や獣が多い南方の島か、冬には外に出られないほど寒い北の地か。いずれかかしらね。私たちもあまりに厳しい地故に領地とするのが難しいところよ」


 なんと、久遠家でも厳しいという地があるのか。尾張をあれほど変えておるというのに。


「ありがとうございまする。おって返答致します」


 梅戸殿からは、一昨年に一揆を起こした罪人をなんとかしてくれと言われておる。罪人どもは己らの立場もわきまえず領内を荒らす者もおるという。此度はちょうどよいということで罪人を動員したが、謀叛方に加わった者以外は生き残ってしもうたからな。


 織田では罪人に河川の浚渫や厳しき地の街道を造る仕事をさせておると聞くが、織田で買うてくれるなら売ってしもうたほうがいいのやもしれぬ。


 とはいえ、この件は御屋形様にご裁断を仰がねばならぬな。




Side:ウルザ


「酷いものね」


 密かに千種領と梅戸領を探ると、被害状況がおおよそで判明したわ。千種領は謀叛人が呼び寄せた罪人や集まった無法者たちが荒らしていて、領内の村には負傷者が出ている。


 どさくさ紛れに係争地を巡って争いをした村もあるようだけど。


 収穫前の麦が刈り取られた場所もあれば、種籾を奪われたところもある。前途多難ね。


「要らぬか?」


 孫三郎様はあまり回りくどい言い方を好まない。報告に私とヒルザの顔が険しくなると本音を口にした。


「そこまでは言わないけど、喜ぶほどでもないわね。長い目で見るといいことよ」


 医療活動だけは早々にするように献策しようかと考えつつ思いとどまる。雷鳥隊とヒルザに護衛を付けると出来ることはある。ただ問題なのは、ここがまだ千種家の領地だということ。


 明け渡しをいつにするのか決めていない。六角から春の麦の収穫後にしたいと言われる可能性だってある。ケティなら多少の問題やリスクを承知でやるんでしょうけど、私とヒルザはそこまではしない。


 感謝される分、甘く見られることになる。今回も織田と六角の負傷兵は手当したけど、頼まれていない千種の負傷兵は放置した。必要なら頭を下げて対価を提示するといい。ないならないなりに誠意があればいい。


「千種家の家臣の処分、いかがするのかしら?」


「さてな。主立った者は腹を切らせて、あとは隠居か。思い切ったことなど出来まい。血縁があるからな」


 討ち取った者は三割ほどのようね。城門を突破されたあとは大半が戦意を喪失して降った。ごく一部の罪人は降伏してもまた強制労働になるのを嫌がり死ぬまで戦ったみたいだけど。


 織田は城門の破壊までは戦ったけど、あとは梅戸と六角の援軍が突入して戦った。これは事前に決めたこと。直接攻め入ったことが彼らのプライドなのでしょう。


 織田に任せると飛び道具と火矢で殲滅することになる。見ているというわけにはいかなかったのは理解するわ。


「でもこれで無量寿院と六角の関係が怪しくなるわね」


「そう、それのほうが気になるわね」


 まあ、千種家家臣の処分は私たちにはどうでもいいことよ。ヒルザが言うように、今回の謀叛には北伊勢にある無量寿院の末寺から謀叛に加わった者がそれなりにいたことが問題よね。


 織田領の末寺から加わった者は少数のようだわ。大半は千種と梅戸領から加わった者ね。織田領のほうは関所を越えるのが大変で動けなかったのでしょう。


 結果として無量寿院は六角の支配下で騒動に加担したともみえる。どうなるのかしらね。


 寺領から出てきた無法者は大半が生き残った。彼らの扱いもなかなか面倒になりそうね。


 六角も大変だわ。






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