第1220話・悲しき戦

Side:ウルザ


 織田の陣は暇を持て余しているといえば聞こえが悪いけど、若い子たちの実戦での勉強以外はすることがないわ。


 暇を持て余している孫三郎様と久遠絵札と言われるトランプをしていると、ようやく動きがあった。前に出ているのは千種だけど、後方に梅戸も軍を動かした。たいした城ではないとはいえ数百で落とせるほど簡単でもないのよね。


「そなたたちも見ておけ。我らとて道を誤ればあのように苦しい立場となるのだ」


 高みの見物と決め込んでいると思われた孫三郎様の言葉に、武官と若い者たちの顔が引き締まった。他人事とはいえ、少し千種を嘲笑うような雰囲気が気になったのでしょう。


「人はすぐに己の置かれた立場も見えなくなるものでございます」


 そしてもう一人、軍監として来ている林佐渡守殿が口を開くと静まり返った。織田家の最古参の重臣のひとり。弟の林通具の愚かな行為で一時は隠居していたものの、復帰している人物。


 あまり戦は得意ではないと聞いているけど、彼もまた今の織田の戦を直接見ていないということで、軍監という役目ながら同行している。


 大殿は彼を総奉行の役職に就けて家老復帰を考えているはず。献策は司令がしたと聞いているわ。史実では目立った活躍はないものの、晩年に追放されるまで織田家を支えていたひとりになる。


 私たちの文治統治と相性がいいのか、評価が高い人物なのよね。


「喧嘩をしたければ相手をよく知ることだな。わしなら一馬相手に喧嘩などせぬ。少々気に入らぬ、面白うないと思うても我慢することも大切だ。一馬とて慣れぬ尾張でいろいろ思うところはあったはずだからな」


 武官はいい。ただ、勘十郎様たち若い者を始め、かつての苦労を実体験として知らない者が増えた。それが織田の懸念となり、いろいろ試行錯誤をしているところなのよ。


 そんなことを話していると千種が城に攻めかかったわ。先陣を切ったのは当主の三郎左衛門殿ね。小勢故、致し方ないと思うけど、御家のためにと止める家臣がいなかったのかしら?


「弓矢もほとんど射ってこないわね」


「そのつもりだったのであろう? それとなく梅戸家の者にあの城の武具を持ち出させたのはそなただからな」


 城からは罵詈雑言が聞こえてきて、石を投げて対抗しているわ。他の一般的な武士の城には兵糧や武具がある。ところがあそこは梅戸家が兵糧を運んだ時に武具などは持ち出すようにしてあるので、武具は謀叛人勢が持ち込んだものしかない。


 当然、千種殿と隠居殿の許しを得た策だ。


「なんと……」


「策とはかようにするものだ。そなたらも覚えておけ。あれでは石とてすぐに尽きる」


 謀叛人は武士なので相応に武具があるけど、罪人は着の身着のまま。武具どころか脇差ですら取り上げているから、どこかで奪った武具がなければ下手すると農具を持っているか手ぶらの可能性もある。


 無量寿院の末寺の寺領から出てきた無法者も大差ないでしょう。一部は北伊勢の国人や土豪の関係者で武具があるでしょうが、せいぜい数打ちの刀や槍程度ね。千種と梅戸でも士気と用兵次第では落とせるはずよ。


「ただ、思った以上に士気が低いですね」


「ここでやらねば先はないと分かってはいても踏ん切りがつかぬのであろう。音花火でも撃ってやれば目を覚ますかもしれぬが、やり過ぎだな」


 こちらとしては出来ることはしました。ですが、士気の低さはどうしようもない。孫三郎様の言う通り、私たちは見ているしか出来ないわ。




Side:千種三郎左衛門


「かかれー!」


 家臣よりも集めた民のほうがめいを聞くとはな。六角と織田の援軍がよほど心強いらしい。


 わしが先陣を切らねば誰もついてこぬであろうと前に出たが、ついてきたのは僅かな者と雑兵だ。家臣らはわしの後ろで従うそぶりをしておるが、前に出る気などないようだ。


 織田ならばいかがするのか? 兄上が問うたら金色砲で城門など吹き飛ばすと言うておったと教えられた。真似も出来ぬとはな。


 城からは石が次から次へと投げられる。謀叛勢の士気は悪うないらしい。飯を食うて腹も膨れると正気に戻るかと思うたが、大半が降っても許されぬ罪人と真宗の末寺には食い物がなく後のない者らだ。致し方ないか。


 こちらは不利だな。家臣らはあまりやる気がない上、わしや養父殿が信を置ける者らはあまり前に出せぬ。謀叛勢よりもむしろ味方であるはずの家臣の動きに気を付けねばならぬのだ。


 さすがに六角と織田の援軍の前でおかしなことはせぬと思いたいが。


「己のせいで! 千種は!!」


「獅子身中の虫が!」


 城からは風にのってわしを罵る声がする。言い分は理解する。されどな、一揆を収めることが出来なんだ己らの不徳を忘れてはおるまいか。


 名門だと? かつて源氏と争うておった平家は壇ノ浦で滅び、鎌倉の世において執権を務めておった北条家もすでに消え失せておるわ。千種如き国人が何様のつもりだ!


「退け! 退け!」


 城門までたどり着くが、たいした城ではないとはいえ破るのは容易ではない。煮え湯や石や糞尿が城方から投げつけられる最中さなかで奮戦するも、養父殿が退くことを決断された。


 もうよいということか。いずれにせよ千種は所領を失う。ならば六角と織田に功を譲るということか。ここで我らが武功を挙げたとて内通しておった家臣らが生き残るのみだからな。


 致し方あるまい。あとは兄上にお頼み申すしかないか。




Side:梅戸高実


 隠居殿は退くのも早いな。最早武功など要らぬということか。無念であろう。悔しかろう。明日は我が身だ。


 かつての地位を理由に配慮をせよ。その言い分は間違うてはおらぬ。されどな、その前に相手を立てることを忘れてはならぬ。六角も織田も千種などいかようでも構わぬとしか考えておるまい。されど軽んじられると許せるものも許せなくなる。


 一族を背負い、家臣を従えるというのは難しきことよな。


「殿、いかがなされまするか?」


「後藤殿と織田殿に出陣を請う。早う終わらせよう。続ければ続けるほど千種殿が哀れだ」


 前に出ておる千種勢が退くのを待って、後方におる我らも退く。家臣らもあまり喜んではおらぬな。他人の失態と不幸を笑うのは容易いが、これで北伊勢にて独立した武家が消えることになる。


 仮に功を挙げたとてそれは変わらぬ。


 敵方も謀叛と言うには哀れなものだ。主家を乗っ取ろうとしたわけでも本気で争おうとしたわけでもないのだ。


 ただ、千種殿に今のままでおれるように決断を促そうとしただけ。


 わしでも見誤るかもしれぬな。織田や六角を知らねば。されど、最早鎌倉の世から続くやり方では通じぬのだ。


 致し方あるまい。それで世が荒れるばかりで収まらぬのだ。見切りをつける者が出るのもまた世の常。


 さあ、この愚かで哀れな戦を終わらせるか。


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