第1197話・それぞれの日常へ
Side:北畠晴具
霧山に戻ると安堵するところもあるが、賑やかな尾張の町と比べると物足りなさも感じる。
「まさか公方様が久遠殿と繋がっておったとはの。世は面白きことに満ちておるわ」
氏素性が怪しき男。そう言うてしまえばそれまでだ。されど己の力で国を治めておるとなると話は変わる。斯波と織田ばかりか上様もそれをお認めになられたのだ。おそらく先年尾張に来られた関白様らも承知のことであろうな。
「父上、まことに蟹江に移られるおつもりですか?」
「霧山におったところで世の流れが見えぬからの」
天下はすでに動き始めておる。機を逸しては北畠家の行く末に関わる。商いを盛んにして世評を気にする織田がわしを害するなどありえんことじゃ。ましてや内匠頭殿の娘をわしの養女として若武衛殿に嫁がせるのだ。尚更ありえぬわ。
気になるとすれば公方様の管領嫌いが相当なものじゃということか。お若いこともあろうが、良くも悪くも足利を支えておった者らに冷たいと思うところがある。先代様と管領の争いを聞き及ぶところ、致し方ないのであろうがの。
「では所領はいずれ……」
「そうじゃの。そなたの話を聞く限りでは、数年のうちに放棄することになるやもしれぬ」
わしとて織田の治世は恐ろしいと思うところが多いやもしれぬ。今の世とて長き時の積み重ねの末にあるものじゃが、それすらも根底から変えようとはな。
さりとて戦のない世にするには、大きく変えねばなるまいな。これまでも戦上手と呼ばれる者は幾人もおったであろう。かつて我が北畠家は南朝を統べる立場であったし、また西国の雄、大内家が上洛したこともあったの。
されど戦上手と呼ばれた者では世を変えるどころか、天下をまとめることすら出来なんだ。その難しさはわしも理解しておるつもりじゃ。
ただ、明日を恐れていては北畠家を残すことなど出来ぬ。わしは恐れから逃げぬ。
Side:六角義賢
行きは東海道を通り尾張に行ったこともあり、帰りは東山道経由にした。尾張から美濃に入り、関ヶ原が見えてくる。
「美濃の民はもはや土岐のことなど覚えておらぬようだな」
冬ということもあり伊吹山から吹き下ろす寒風が厳しい旅路であるが、道中は楽しいものであった。
道中では賊に襲われることもなく、街道沿いには旅人を歓迎しておる村や寺が幾つもある。村々が争う様子もなく穏やかな国だと思い知らされる。
上様が旅の話を楽しそうに語られておったわけが分かる気がするの。
ふと観音寺城におる甥のことを思い出した。かつて美濃守護であった土岐頼芸の正室がわしの妹ということもあり、国を追われた甥らが観音寺城におるのだ。今では美濃奪還などと騒ぐ愚か者もおらず、大人しくしておる。
哀れに思うところもあるが、この光景を見れば美濃に仇為す土岐の名は捨て去るべきであろうな。いずれ別の名を与えるか。
「この城を攻めようと思うとは北近江の者らは勇猛よな」
見えてきた関ヶ原城の堅牢さに思わず本音をこぼすと、身辺警護に連れてきた若い家臣らの笑い声が聞こえた。皮肉に聞こえたか? わしはまことにそう思うたのだがな。
浅井の隠居はこの光景を見て、攻めたことを悔やんだであろう。僅かな間に陣まで整えておったというのだ。呆れるしかないわ。
「明日は我が身でございまする」
蒲生下野守がそんな者らを一睨みした。他者を笑い者に出来るほどの武功もない者に限って他者を見下す。困ったものだ。
下野守は尾張では久遠殿に頭を下げて今後の援けを請うたという。なかなか出来ることではない。久遠殿のほうが驚いたと、わしに教えてくれたほどよ。
「そうだな。そなたがおってよかったとつくづく思うわ」
「もったいなきお言葉にございます」
武衛殿と内匠頭殿とは、今後は直に会うて話す機会を増やそうということになった。此度の滞在中も久遠殿とは話をしたが、もっと話をする機会を増やした方がよいのは確かであろうな。
父上、世は変わりまするぞ。父上に代わり、某が変えて御覧に入れましょうぞ。
Side:久遠一馬
数日の日程を終えて北畠家と六角家の皆さんは帰路に就いた。お土産に果物の瓶詰と金色飴を多めに持たせておいた。お土産を食べ物にしたのは返礼を考えてのことだ。あまりに高価なものだと貰った側も返礼で大変だからね。
まあ硝子瓶自体が高級品なのでどうしても高価にはなってしまうけど、それは織田とウチの力を見せるという思惑なので許してもらおう。
ちなみに硝子瓶だけど、織田水軍では佐治さんが気を利かせて、使用後の空き瓶もまた使うだろうと返してくれる。ただ、朝廷や幕府では空の硝子瓶を下賜しているそうだ。硝子瓶の使い方から何か新しい文化が生まれそうな気がするね。
オレたちは六角と北畠への支援と助言について具体策をまとめているところだ。それほど難しいことは出来ないけどね。伝馬の整備に対する支援や、物価の調整に武官と文官を指導員として派遣する準備はしておこう。
菊丸さんは塚原さんと共に再び近江に旅立った。観音寺城にて梅戸家の一件を見届けたあとに三好長慶さんと会うために都に行くそうだ。
北畠と六角との協力体制はこれから本格的に始まる。いろいろ苦労もあるだろうが、頑張ろう。
「そうか、おめでとう。労わってあげないと駄目だよ」
「はっ、ありがとうございまする」
ちょうど休憩をしようとしたら一益さんがやってきた。一益さんの奥方が妊娠したらしい。確か一益さん、ケティからはあまり働き過ぎないようにと注意を受けていたはず。気になっていたけど、仲良く暮らしているようでなによりだ。
ウチの家臣たちは若い人たちが多かったから幼い子供たちが多いんだよね。たまに集めて遊ばせていると保育園かというような賑わいになるくらいだ。
そのためか、なかなか子供が出来ない夫婦は焦りとか負い目とかあるみたいで、ケティたちがカウンセリングもしているくらいだ。不妊治療も本人たちに内緒でナノマシンを使っているらしい。
同時に結婚をした太郎左衛門さんのところも、そろそろ子供が出来るといいんだけどね。
「ちーちだ!」
休憩を兼ねて
「あら、休憩?」
「うん。まあね」
なにをしていたのかと思えば、春たちと遊んでいたらしい。ジュリアも今日は屋敷にいるはずだけど、散歩にでも行ったかな?
同じ場に家臣の子供たちも何人かいる。もちろん普段からみんなにも声を掛けてあげるようにしている。
「みんな仲良く遊ぶんだよ」
「かしこまりました!」
子供たちの返事がいい。いつもそうなんだけどね。本当はもっと孤児院の子供たちみたいに子供らしく気を許してほしいところもある。でも武士の子供は小さい時から上下の身分を教え込まれてる。各家の教育もある。難しいところだ。
春たちには、そのうち中伊勢の北畠家のプランテーションの様子を見に行ってもらうことになるだろう。一揆を鎮圧した武功があるからちょうどいいんだよね。
今度はあまり負担を掛けないようにしたい。
さて、オレも子供たちのために頑張ろう。
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