第1188話・大武丸、遊ぶ

Side:久遠一馬


 大評定も終わった。まだ松の内であるけど、織田家ではすでに仕事が始まっている。


「休ませることを考えねばならんとはな」


 こたつに入って大武丸を膝に乗せた信秀さんは、今年から始める休日制度について少し苦笑いを浮かべていた。


 ちなみに希美はオレの膝の上にいる。信秀さん、ウチの子たちによく会いに来るんだ。お土産に着物とか玩具とか持ってきてくれる。


「働き過ぎは良くない。疲れが溜まると早死にする」


 パクパクと饅頭を頬張るケティだが、言っていることは真面目だ。そもそも労働問題はケティが度々指摘をしていたことになる。長時間労働を止めることや休養を取ることなど。


 そんなケティの進言で、織田家では十日に一日の休日を設けることにした。根本的な問題としては、この時代には休日の概念がないことなんだ。日ノ本ではキリスト教の日曜日のような安息日もないからね。あくまでも医師であるケティによる長生きするための指示ということで試すことになった。


 一定以上の身分の人は十日に一度、清洲城では政務をしない日を設ける。また賦役の監督や警備兵に火消し隊などの末端の者たちは交代制で休むようにする。農民や商人、職人など領民の休日は現時点では見送られた。農民は大雨の日は休んだりするので、それ以上休んだら収入が減って暮らせなくなるという意見が多かったんだ。


「武芸もそうですけどね。適度に休息を挟むことは必要だと考えています。それにね。争わぬ世にするには、今までとは違う生き方を皆様に見つけてほしいのですよ」


 政も試行錯誤の連続だ。この時代の価値観ややり方も一概に間違っていると言い切っていいものではないけど、元の世界の歴史から分かることも多い。


 太平の世を構築するには、誰がやってもそれなりにやれる統治体制が必要なんだ。それに余暇は心のゆとりを生んで文化を育み、知識や技術などを育てて新たな需要や産業を生み出し、経済を発展させることにも繋がる。何事もバランスは大切だと思うんだよね。


「義元や雪斎が聞いたら卒倒しそうだな」


 信秀さんの呟きに、なんと答えていいか分からず曖昧な笑みを浮かべるしか出来なかった。今川と武田は現在、血反吐を吐くほど必死に戦っている。それが分かる人は油断大敵だと戒める人もいる。


 ただね。先ほども言った文化という側面もあるし、貧富の格差が大きい現状ではお金がある人には使ってもらわないと困るという事情もあるんだ。


 信康さんとかお金を使う暇がないくらいに忙しい。武器や鎧兜だって、そんなに新調するものでもないし、お酒と食事を良くしてもたかが知れているんだ。


「これからは、心を豊かにしていかねばなりません。敵を討ち滅ぼすのではなく、民と共にいかに生きるか。孫三郎様などはお得意なことでございます」


 エルの指摘に信秀さんは思わず笑った。変わりゆく世の中に順応している人もいるからね。織田一族だと信光さん以外に信安さんも割と順応している。


 信光さんはお酒やみりんを造っているので羽振りがいい。儲けたお金で更に量産するべく酒造りの村を拡張もした。あの人は遊女屋とかでもよく遊んでお金を使っているしね。


 信安さんは猿楽、元の世界でいう能を楽しんだり、書画や茶器を集めるなどしている。ウチの影響か、昨年には猿楽を岩倉城でやらせて領民にも自由に見せていたくらいだ。


 まあ、この問題は時間をかけて人の意識を変えていく必要もある。




 それと織田家では昨年と同様に年始に官位をもらうことになる。義信君が従五位上・左兵衛佐、これは斯波武衛家では嫡男の元服後にもらう官位の前例があるみたいなんだ。


 信秀さんは現在、従五位下の内匠頭・尾張守・三河守・備後守の官位があるけど、従五位下から正五位下に昇叙しょうじょする。それと備後守を返還して、美濃守と飛騨守を得ることになる。


 官位に関しては近衛さんや二条さんとやり取りしていて、名ばかりの官位ではなく実務に即した官位を求めることにした。


 関係ない官位を貰う現状の使い方も否定はしないけど、長い歴史の中で妥協とごまかしで形骸化や有名無実化などしている朝廷と幕府の権威や法を整理していく必要もある。その布石の意味もあって、可能な範囲で実務的な官位をもらうことにしたんだ。


 これによりこちらは統治する名分も得られるんだよね。信秀さんの内匠頭もそういう意図からいただいた官位だ。


 あとは家中では、斎藤義龍さんが従六位上・美濃介。律令では朝廷の国司として治めるのが○○守であり、その配下が○○介となる。そんな理由で美濃介の官位も求めた。


 信秀さんの弟である信実さんが金属製品・木工を司る木工寮に属する正六位下・木工権助。信次さんは正六位下・内匠権助。これはオレの官位の下になるんだよね。


 伊勢守家の信安さんは従五位下・大膳権亮。この官位は饗膳きょうぜん、いわゆるもてなしをする役職の官位らしい。


「しかし宴が多いですね」


「仕方あるまい。広橋公とて歓迎せねばならぬ」


 官位はいいんだ。ただ官位を与える勅使である広橋さんが今年もやってきた。当然歓迎してあげないといけない。


 長旅で大変なのは分かるが、正直なところ年末年始から宴が多くて宴疲れを感じるところもある。


「領地が広がるのが思った以上に早いことがあります。官位も必要ですし宴も必要ですね」


 信秀さんもそこまで毎日宴をしたいというほど贅沢でもない。とはいえエルが語るように領地が広がるスピードが早すぎるんだ。史実の資料を基に考えると、ここまで駆け込むように土地を手放してでも臣従が続くとは少し意外だったね。


「じーじ! じーじ!」


「うむ、これを重ねればよいのか?」


「あい!」


 上手くいけばいったなりの悩みがある。ただ信秀さんと積み木で遊ぶ大武丸の姿を見ると頑張らないと駄目だなと思う。あと、じーじという呼び名、直そうとしたんだけどね。信秀さんが遊びに来るたびに、じーじだぞと言うから直らなかった。


 この子たちには祖父母がいない。ならば自分たちが祖父母だと考えてくれているようだ。実際、土田御前のところにもお呼ばれしてちょくちょく出かけている。おそらくばーばと呼んでいるんだろうな。


「もっと抵抗があると思ったんですけどね」


「誰しもわざわざ勝てぬ戦などしたくはない。それに領地を召し上げた後の体裁と利は与えておるのだ。この後も国人らから領地の献上は続くぞ」


 希美はオレの膝の上で絵本を見ている。そんな希美の頭を撫でつつ、現状の違和感を口にするけど、信秀さんはこれが当然だと思っているようだ。


 オレたちでさえ変化と拡大の流れが早いと思うのに、この時代の他国の人はもっと驚愕するようなことなんだろうな。


 エルとケティも仕方ないと言いたげな顔をしている。


 じっくりと内政に専念する時間はもうないか。同時進行とか大変なんだけど。仕方ないね。子供たちが大きくなる前に可能な範囲で進めておこう。


 少しでも優しい世界を生きられるように。





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