第1113話・末寺の本音

Side:飛鳥井雅教


 尾張にある無量寿院の末寺にきたが、近くの民の子らであろうか。学問を教えておる様子が見られた。


「拙僧如きが飛鳥井卿に直言してよいことではございませぬが……」


 突然訪ねたことで戸惑わせてしまったか。


「そなたに迷惑は掛けぬ」


 ここは上手くやっておるではないか。何故、伊勢の末寺はそれが出来ぬのじゃ? 伊勢の無量寿院に頼まれて来たと教え、それを問うと困った顔をした。


「本山は銭を集めることには熱心なれど、我らの暮らしやお勤めには一切興味がございませぬ。かつてはそれが当然でございました。されど今は違いまする。織田様は病が流行れば薬を用立て、食べる物が足りぬとなれば食べ物を得られるようにしてくださる」


 迷い言葉を選びながらも教えてくれたことに唖然とする。


「確かに寺領の大半は織田様に召し上げとなりました。されど暮らしが困らぬようにと禄を頂いております。我らのような粗末な末寺の日々の暮らしですらも、織田様は気にかけていてくださる。我らはその禄から、銭を求めるだけの本山にお納めしておるのでございます。北伊勢では昨年の野分と一揆で食べ物にも困ったとか。飢える末寺に手を差し伸べたのは縁も所縁もない織田様でございます。その与えられた貴重な食べ物と銭を、何故、本山に送らねばならぬのでございまするか?」


 なんと言うていいか分からず、聞いておるしか出来なんだ。


「銭をお納めせよというならば織田様に納めるべきでは? 末寺ではそう語る者もおります。我らのお勤めを支えてくださるのは本山にあらず。織田様でございまする」


 末寺の中には困窮しておるところもそれなりにあったそうじゃ。寺の修繕すら事欠く有様に寄進をしておるのは織田と久遠だという。無量寿院では織田も久遠も一切寄進を寄越さぬと不満を口にしておったが、そのような事情があったとは。


「余計なことを申しました。罰を与えるならば、拙僧ひとりでお願いいたしまする。他の寺も織田様も一切関わりのなきこと」


「ああ、罰など与えぬ。無量寿院にも一切伝えぬ。よく話してくれたの」


 背筋が冷えてしもうたわ。それ以外にもいろいろと話してくれた。他国にある本山など、もう当てにしておらぬと。ただ、織田は騒動を好まぬので今まで通りにしておるだけじゃと。


 何故、苦しい時に与えてくれる織田から禄を貰い、一切助けも寄越さぬ無量寿院に銭を納めねばならんのかと、理不尽さを滲ませながら語られると答えに窮する。


 それが当然じゃろうと思うところもある。本山が末寺を従えるのは当然の権利じゃ。本山から教えを受けて、いざという時には従うもの。


 さらに吾もそうであるが、無量寿院とて下々の者の暮らしなど関わりのなきことと思うておろう。


 吾や無量寿院がおかしきことをしておるのか? いや、違う。織田がおかしきことをしておるのじゃ。


「我らは今。久遠様から教えを受けております。新しき薬の処方や田畑の収穫を増やす知恵など。対価もなくお教えいただいておるのでございます。従うべきはどちらか、我らばかりか民ですらはっきりしておりまする」


 慈悲をもって民を治めるか。民が飢えれば領地が荒れる。その程度のことはいずこでも考えよう。されど……。


 内匠頭はまことに仏の生まれ変わりか?




Side:久遠一馬


「あちこちから届いたね。返礼は確実にするようにしようか」


「はっ」


 慶次の婚礼も一段落したが、この時代でもここからが返礼で忙しい。あちこちから祝いの品が届く。領内では織田家家臣はもとより、寺社や村からも届くんだよね。


 確実に返礼品を贈るのもまた仕事だからね。この辺りは資清さんが品物や人を手配してやることになる。贈られた品物と相手の身分や地位など考慮して返礼するから結構大変ではある。


 それと武芸大会と文化祭の準備が進んでいる。


 ただ文化祭に関しては、今年の祭りの準備と来年以降の計画に分けることになりつつある。


 職人を中心に山車を作りたいと盛り上がっているが、どう考えても正式なものは今年の文化祭には間に合わない。山車は来年以降になる予定だ。


 もっとも職人衆は今年出来ることを考えているようで、なにやら頑張っているが。


 武芸大会に関しては早くも出場者が諸国から集まりつつある。昨年まででは治安悪化の原因にもなったので彼らの宿泊施設と、稽古場や路銀を稼ぐ仕事の斡旋など準備をした。


 北畠と六角から団体さんが来ることを想定して、準備もしているけど。


「うわぁ。それは困ったな」


「はっ、飛鳥井卿のことが噂となっておるようでございまして」


 秋の収穫も順調で武芸大会と文化祭で織田領の様子はいいんだけど、懸念していたことが起きてしまった。


「末寺からいかがなるのかと不安の声が上がっております。無量寿院が飛鳥井卿のことを漏らしてしまったようで」


 そのまま資清さんといろいろと話していたが、思わずため息が出そうになったのは北伊勢の寺のことだった。


 無量寿院の元末寺からどうなるのかという問い合わせが清洲にあったらしい。忍び衆の報告では不安になっている寺もあるようだ。


 織田と争った本證寺や桑名のこともあの辺りの寺は知っているからね。それに一揆の起きる前の北伊勢は、小作人などの立場の弱い者から尾張に逃げ出していて苦しかった。


 そんな苦しい暮らしに戻るのかと不安らしい。


「飛鳥井卿のことを告げて、今のうちに無量寿院に戻れと文を送っておる僧もおるようでして」


 飛鳥井さんが苦心して悩んでいるのに後ろから邪魔してどうするよ。彼らからすると織田も今度こそ折れるだろうから、早く戻れと工作しているだけだろうけどさ。


 あそこも一枚岩ではない。頑固な坊さんが相応にいるみたいなんだよね。


「交渉がどうなるかわかりませんが、僧侶と民はこちらで受け入れるしかありませんね。そうしなくては大殿が見捨てたと思われます。幸い、北伊勢では一揆もあり人が足りていません。受け入れは可能ですよ」


 エルと急遽対策を話し合う。騒動になる前に根回しがいる。さすがに一揆は起きないと思うけど。仏の弾正忠と言われる信秀さんの名を守らなくてならない。


「無量寿院は寺と寺領だけで納得するかな?」


「すると思いまする。織田に勝てぬのは理解しておる様子。民などいくらでも集まると思うておりましょう。僧とて代わりはおると考えまするな」


 これは動く前に信秀さんに報告しないといけないことだ。今のところ無量寿院がこちらに臣従する気がないのは確かだ。


 ただ、資清さんも無量寿院はそこまで求めないだろうというので、寺と寺領は損切りでいいかもしれない。


 こちらからすると、人さえいればいくらでもやりようはあるからね。



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