第1066話・久遠諸島滞在中・その十二

Side:北畠具教


「羨ましいことだ。わしも行きたかったわ」


 尾張を訪れると一馬と武衛殿と内匠頭殿らがおらなかった。久遠家の本領に行ったという。北伊勢も得たばかりというのに、揃って留守とはな。


 家督を継いで半年、未だに忙しい我が身からすると羨ましい限りだ。わしも日ノ本の外を見てみたいが、北畠家では難しい。


「尾張には若殿がおられますので」


「実のところ、エルがこうして登城しておるのが苦労しておる証よ」


 冷えた紅茶を飲むと、大智殿に名を告げられた尾張介殿が少し苦笑いをした。大変なのであろう。織田は久遠の知恵で治め方を変えて上手くやっておるが、楽には見えぬ。まして己だけで治めたことがあまりないというのだ。苦労して当然だな。


「少し迂闊な気もするがな」


 無論、今の織田はひと月やそこら領地を空けたとて、安易に攻められることはあるまい。とはいえ船が沈めば如何するのであろうな?


「それが我らの選んだ道だ。久遠の船で大きゅうなったのだ。海を走る久遠の者らを信じずして誰を信じよう」


「なるほど」


 そうか。久遠の船に全幅の信頼を示すことで絆を深めるということか。織田と斯波と久遠のかかわりは外からでは理解しにくいところがある。気を許しておるのは確かであろうが、互いに気遣っておるのも確か。


 単なる主従ではないのだ。北畠にはそれがない。


「むしろ、親父がこのまま久遠家の本領で隠居でもすると言い出しそうで怖いわ」


 戯言ではなさげだな。内匠頭殿は天下に一番近い男であろうに。六角は代替わりして日が浅い。三好は細川相手に都を押さえるので精いっぱい。内匠頭殿が挙兵すると一気に畿内の情勢が変わるはずだ。


 もっとも織田がそのような安易な動きをするとは思わんがな。


「畿内など不要ということか?」


「そのようなことはありませんよ。畿内は古くから栄えてしたたかです。私たちでは手が出せぬというのが本音」


 大湊を見ても思う。今では西国からの船とて珍しくないのだ。尾張は我が世の春かと思うところもあるが、大智殿は慎重なのか。それともまことにそれほど力の差があるのか?


「思えば他国との力の差などよくわからぬところだな。過去の戦から兵の数くらいならばわかるが」


 ふと気になった。織田と北畠の力の差は如何程なのかとな。さすがに聞けぬが、その辺りをいかに考えておるのか問うてみた。


「そこを知るのがまた大変なのだ。人の数に米や雑穀の収量。それと商いなどで得る利。まずはそれらを大まかでよいので知らねばならぬ。さらに探るだけでは駄目なのだ。如何程になるか考える学問もいる」


 なんとそこまで探り、考えねばならぬのか。


「補足しておきますと、他国では守護ですら己の領民の正確な数を知らぬでしょう。家臣の台所事情など知らなくて当然ですので。それを知ることが外交にしろ戦にしろ、第一になると私たちは考えています」


 尾張介殿と大智殿の言葉に己の置かれた立場が如何に難しいか悟る。織田は北畠の力を知っておるとみえるが、北畠は織田の力をまったく知らぬのだ。


 家柄と官位で物事を見ておると足を掬われるな。困ったものだ。




Side:久遠一馬


 夜の宴は慶次の婚礼の話題で盛り上がった。


 料理は信秀さんたちの要望で鯨料理となった。鯨漁を見たからだと思うが。あと刺身が食べられると誰かに聞いたのだろう。季節的なこともあり刺身は出していなかったが、是非食べたいと言われたので、オレたちが来る直前に捕った鯨の刺身を振舞った。ちょうどいい具合に寝かせていて食べ頃だったらしい。


 この時代の人はお腹を壊すくらいなら恐れないからね。


 翌日と翌々日はそれぞれ自由行動とした。職人衆やウチの関係者は習いたいものがあったりして、そちらに行かせてほしいとお願いされていたしね。


 本当は休日を入れつつ、少しのんびりとする日も設ける予定だったが、この時代の人は働き者だ。


 一応、滞在は十日を予定している。そろそろ帰る日を決めないといけないが、天候と慶次とソフィアさんの結婚もあるので調整しているところだ。


「メルティ、硝子工房は帰ったらつくるべきかな?」


「そうね。硝子は今後も需要が増えるし、使い道が多いから欲しいわね」


 オレは領主としての仕事があると、少しメルティたちと今後の相談をする。


 今回見せた硝子工房やタオル織機など、細かくあげると尾張で生産をしていないものがそれなりにある。コークス炉も反射炉やほかの施設を優先して建てていないが、そろそろ建ててコークス製造の技術も伝えたいところだ。


 硝子は硝子玉を作ってアクセサリーを作れる程度の技術は教えたが、本格的な工房はまだない。板硝子は難易度が高いしな。職人を育てる必要があるから硝子のアクセサリーや花瓶でも作るような工房から建てるべきかな。


「缶詰もいいかもしれないわよ。保存食の選択肢はもっと増やすべきね」


「そうね。量産は無理でも職人衆なら作れると思うわ」


 今回の帰省の影響と尾張に戻ったあとのことを少し整理しているのだが、アイムとシェヘラザードは缶詰について勧めてきた。


 缶詰か。一応考えたこともあるんだが、鉄を扱う鍛冶職人の需要は未だに多いんだよね。武器や農具に生活必需品などいろいろと。


 ただ、瓶詰の欠点は重さと耐久性にある。硝子なだけに割れやすいので輸送が大変なんだ。うーん。試験的に缶詰を見せてもいいのかもしれないけど。検討してみるか。


「そういえば、たわしは? もっと売れると思ったけど」


 いろいろと話していると話が脱線もする。アイムは以前からぼちぼち売れているたわしについて聞いてきた。


「あれね。評判はいいよ。ただ藁とかで代用出来なくもないんだよね。値下げするともっと売れそうだけど、そこまでする必要が現時点でなくて」


 いろいろと持ち込んだ中には、そこまで爆発的に売れなかったものもある。たわしもそうだ。品物として評判がいいが、原料がヤシの繊維なのでどうしても輸送のコストがかかる。


 輸送量が限られているこの時代では、無理をして売りたいほどではない。洗濯板なんかはすでに生産を尾張に移した。木工職人なら作れるものだしね。


 逆に需要があるのは靴なんかもある。オレたちは状況に応じて草鞋や下駄に靴などを履き分けているが、欲しいという声が結構ある。


 こちらは職人から育てないといけないが、検討はしている。どのみち当面は高価な品として庶民に普及は無理だろうけど、そのくらいでちょうどいい。


「優先順位ね。なかなか難しいわね」


 アイムとシェヘラザードはオレとメルティたち尾張滞在組の話に考えこんだ。技術として早く伝えるべきことと、現状の需要には違いがある。


 さまざまな視点で検討していくことは意外と大変なんだよね。無論、島の暮らしも楽ではないけど。


 情報の整理と交換とかは宇宙要塞の中央指令室で今も行なっている。それでもこうして会って話すことは有意義なことだと実感するね。




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