第1054話・久遠諸島滞在中・その三
Side:木下藤吉郎
あんなに嬉しそうな親方を見たのは久々だ。あるものすべてが珍しく興味が惹かれるようで、職人衆の皆もお祭り騒ぎのようにあれこれと見ている。
「この舟はなんという舟だ?」
「凄いな。この灯台」
「こっちの街灯のほうが凄い。寸法がいずれもまったく同じじゃねえか」
案内役の者が戸惑うほどあれこれと聞いているんだ。あとで殿にお叱りを受けなきゃいいんだがなぁ。
「藤吉郎、いかがしたんだ?」
「あっ、善三親方。いえね、いろんな着物があるんだなと」
ふと湊で働く者らを見ておると、船大工の棟梁である善三親方に声をかけられた。着物も尾張と同じものから似て非なるものや、まったく見たことがないものまで様々だ。
尾張だと夏になると、
「履物も変わっておるな。足袋か?」
「御本領では米を植えておらぬと聞き及んでおります。多分、草鞋はそこまで手に入るものではないのかもしれません」
おいらは学校で御本領のことを習ったことがある。日ノ本でも東は陸奥から西は薩摩と広い。その土地によって暮らしも風習も違うんだと。御本領は水が日ノ本のように得られず米は植えていない。そう教わった。
草鞋を編む
足袋も昔からあったと聞くが、殿やお方様がたが履くようになってから、今では尾張ではよく見かけるほどに流行っている。
本領の風習がそうだったんだろうか?
「算術?」
「ええ、我らは物を作る時には学問で考える。寸法だってきちんと計算して測る。そうすることで新しい品を作れたり、同じ品を作りやすくしている」
職人の皆がざわめいたのは、案内役の者の話を聞いていた時だった。
昔から職人には読み書き計算も要らんというのが習わしだ。技は見て覚えろ、体で覚えろと、おいらも言われた。もっとも殿が学問を学ぶようにと命じておるので、おいらのような見習いの者らは学校に通っているし、職人の皆も近頃では字のひとつも読めないと恥だと学校で読み書きは学んでいるが。
実はおいらはこの話、尾張の学校で聞いたことがある。船の造りを考えられる船の方様なんかは、学問は大切だとよく言うておられることだ。
「ここには、あちこちから見たこともないものがよく運ばれてくるからな。みんなで考えるうちにそうなったんだ。秘伝の技とか言っているとここじゃ食っていけねえ」
親方はまだ理解があるが、職人ってのは頑固な者も多い。学問が仕事に不要だと思っている職人はそれなりにいるからなぁ。
「すまぬが、その場を見たい。殿の許しがいるか?」
「ああ、そこなら構わんよ。案内しよう」
職人ってのは、己の目で見てみないと信じられないんだろうな。親方はそんな皆の気持ちを察して学問を職人がいかに使うのか見せてほしいと頼まれた。
同じものを作る。これは工業村の皆の課題だ。外の連中は中を凄いと驚いておるが、中の職人らは未だに満足してない。
おいらも楽しみだなぁ。殿やお方様がたが驚くものを作りたいんだ!
Side:久遠一馬
港と市場を視察して、その後は近くの町を歩いた。なんか視察というより観光みたいな感じだったけど。
町の中を走る鉄道馬車に驚き、煉瓦造りの建物にも驚いていた。無論木造建築もあるし、南洋諸島に良くある高床式住居もある。
それらが入り混じった光景はオレでも見ていて楽しかったほどだ。
「お帰りなさい。宴の支度が出来ていますわ」
「御馳走、たくさん作ったわよ~」
夕方になり屋敷に戻ると、宴の支度が終わっていた。出迎えてくれたのはアイムとシェヘラザード。
アイムはテュルク系美人を参考にした技能型アンドロイド。設定年齢は二十歳だったため、現在は二十六歳ということになっている子だ。黒に近いブラウンヘアの長い髪とブラウンの瞳をしている。顔は彫りが深く細身のスタイルをしている。
シェヘラザードは前回の久遠諸島訪問の時にも顔を出した、アラブ系の顔立ちに白い髪をした女性になる。共に本領の滞在が多いふたりだ。
まるで迎賓館で行われる晩餐会のような長いテーブルには白いテーブルクロスが敷かれていて、中央には花が数か所に置かれている。壁や天井にはランプが設置されていて、その明かりで室内でもそれなりに明るい。
上座から義統さんたちが座り、五百名の尾張から来たみんなと、アイムやシェヘラザードなどオレの妻の一部と島の代表となる者が席に着くと、さすがに少し手狭に感じるが窮屈というほどではない。
義統さんたち身分のある者は落ち着いていて、身分が下がると戸惑う者が多く、そんな人たちの反応を楽しんでいるようでもある。
ああ、身分が低くても楽しんでいる人たちもいる。職人衆だ。テーブルクロスの中を覗いたり、椅子の構造を確かめたりしている人もいる。
さすがに清兵衛さんに止められてすぐに大人しく座ったが。
ああ、藤吉郎君もいるね。職人衆の人選は清兵衛さんに任せたので、オレたちは関与していない。まだ見習いながらこの旅に同行しているのは彼の評価が高いからだろう。
特別な扱いをしていないのに、いつの間にかウチの関係者となっていて、職人衆のひとりとしてここまで来た。さすがは史実の偉人か。放っておいてもこのまま出世しそうだ。
席順は身分を考慮しながら島の人と尾張の人を混ぜて決めたみたい。互いに近くの人と交流しながら食事をしてもらおうということだろう。
花鳥風月の四匹はケージに入れている。さすがに同じ料理を食べさせるわけにいかないしね。
あと慣れているのが孤児院出身者だ。今回はすでに働いているメンバーである。彼らは椅子とテーブルに慣れていることや、リリーがマナーを教えているからだろう。
その堂々とした姿に織田家のみんなが少し驚いているのがわかる。特に周囲には身分のある人の御付きの家臣とか職人衆だからな。そんな周りと違い堂々としている姿は目立つんだろう。
もっともオレが連れてきたと知ると納得してくれている人が多いが。
「じゃあ、料理をお願いね」
「かしこまりました」
みんな席に着いたことで料理とお酒を運んでもらう。
今回はちょっと趣向を凝らして料理を一度にすべて出すのではなく、数回に分けて出す。前菜・メイン・デザートとかみたいに。
お酒も盃ではなくグラスとワインを用意した。まああまり年季の入ったものではなく、飲みやすいものを選んだが。
さあ、みんなに楽しんでもらおう。
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