第1049話・久遠諸島への帰省・その四

Side:久遠一馬


 三雲賢持さんの緊張感が凄い。なんというか和やかな宴というよりは断罪を待つ被告人のような顔つきだ。


 義統さんはこちらをちらりと見て少し笑みをこぼしたのちに、やさしく声をかけている。


 賢持さんからすると義統さんは雲の上の人だ。事前に立ち寄ることを知らせて任せたんだが、いろいろと考えすぎたんだろう。


 リーファと雪乃が少し前に勘十郎君と来ていて、頑張っていると報告を受けたので大丈夫だと思ったんだけど、もう少し気遣いをしてやるべきだったか。反省せねば。


 ただ、料理はほんと美味しいね。正直、鯛とかありきたりな魚を出すよりは正解だったと思う。改善点があるとすると、魚が新鮮過ぎて少し生臭さがあるくらいか。血抜きとか薬味とか知らないんだろうなと思うと頑張ってくれたと思う。


 まあ、この時代でこの程度の生臭さなんか気にするのはオレくらいだろうけど。


「この鰹、美味しいわね」


 メルティが気に入ったのは鰹の刺身だ。ただし皮目を炙っていて香ばしさがあるんだ。


「それは鰹節を試しておる時に気付いたものでございます」


 史実の鰹のタタキと違い稲わらで焼いたものでもないし、薬味もないが醤油はウチの醤油だけに普通に美味しい。程よく火が通った表面と生の部分の割合とかはいいね。


 なんというか賢持さんの表情が明るくなった。


「味噌汁もおいしゅうございますな」


 望月さんは味噌汁が気に入ったらしい。魚介のエキスが出ているからだろう。白いご飯に合うな。




 賢持さんの緊張が解けた頃、こちらの暮らしとか状況について聞いてみた。


「船を一隻お預かりいたしましたので、伊豆諸島から人を集めました。どこも食うだけで精いっぱいで喜んで参っております」


 三雲家には久遠船を一隻貸している。伊豆諸島間の移動や、下田に買い出しに行くにも船がないとなにも出来ない所だからね。賢持さんはその船で伊豆諸島の余剰人員を神津島に集めているみたい。


 各地で賦役をさせると管理する人も物資も必要だが、それも簡単ではない。さらに拠点となる神津島の開発はウチの最優先事項だ。各島の暮らしが困らない範囲なので、そこまで多くの人は集めていないようだが、それも個人的には評価出来る。


 この時代だと己の功績を得ようと、無理をさせて働かせようとする人が尾張でも少なからずいた。バランス感覚というか、やり過ぎない加減が出来ると任せてよかったと思う。




 翌日、荷下ろしと水などの積み込みで今日一日は島に滞在することになる。船では多少なりともストレスが溜まるしね。一日ゆっくり休んでもらうことにした。


 最優先でやらせている港の開発と蔵の建設の報告を受けつつ、三雲家の人たちや島の代表になるお年寄りたちを集めて今後の方針なんかを伝える。


 三雲家では水が意外にあることから田んぼも作れるのではと調べさせたらしく、試したいと報告を受けていたのでその話をする。


「試すのはいいね。ただ島で生きるということは、必要なものを外から得ないと暮らしが良くならないんだ。だから本土で売れる品が優先になる。それと育てるなら、船で運べないものを優先するべきなんだ。例えば菜物とか野菜とか」


 米に対する思いが強いのは理解している。とはいえこの島で稲作なんかしてもたかが知れている。史実に鑑みると将来的には養蚕業がいいのかもしれない。


 鰹節は現在工場を建設しながら、試験的に小屋で鰹節を作らせて試しているらしい。ウチの職人が来る前から始めていたみたいで、そのやる気はすさまじい。


「なるほど……」


「どの程度の田んぼや畑を作れるのか。それを調べてからだ。無理に広げては駄目だよ。米はちゃんと運んであげるから」


 鰹節以外にも干物や塩作りをしてもいいな。硝子瓶を使うことを前提とするなら瓶詰も作れば北条相手にいい値で売れると思う。


 畑はね。正直、栄養源となる野菜とか植えるべきだろう。新鮮な野菜を船で運ぶのは少し難しい時代だ。この辺りはすでにケティが衛生指導と食生活の指導を女衆にしているはずだ。




Side:斎藤義龍


 流罪の島か。確かに大領ではないし、久遠殿でなくば日の目を見ぬ島になろう。


 三雲と島の者らに語る久遠殿の様子はとても穏やかだ。皆にわかるように話して聞かせる。清洲城でもよく見る光景だ。わからぬ者にはわかるまで話し、時にはわしのような周囲の者にも意見を求めてわかるように努める。


 父がそんな久遠殿を恐ろしいと語っていたのをふと思い出す。身分ある者は、わからぬ者を愚か者と断じてしまう。それが当然なのだ。


 ところが久遠殿はわかるように話せばいいと言う。


 領地を召し上げ、分国法にて縛ることが目立つ故に、久遠殿を内心で恐ろしいと思う者も多いと聞くが、わしからすると久遠殿ほど甘い者はおらんと思う。


 失態を演じ、分国法に反しても、久遠殿は何故そうなったのかを問うのだ。織田の大殿がそんな久遠殿のやり方を真似て処罰を緩うして、今一度機会を与えておることも仏と呼ばれる所以であろう。


 あれだけ織田家に逆らっておった安藤ですら機会を与えた。無論、日向守が使える男だったこともあるのだが。


 少し話が逸れたが、久遠殿にかかれば使えぬと一族で笑われておったような男が、突如出世することすらあり得るのだ。


 『家臣を無能とするのは主君かもしれぬ』、そう口にした父上の顔は見た事もないほど穏やかであった。




Side:ケティ


 セレスと慶次と新介殿と共に賦役の現場の視察にきた。


「なぜ、拝まれる?」


「薬師の方様の名はこの島にも届いておりますとも」


 隔離された地とまではいわないけど、こんな島にまで私の名が知れていることに少し驚く。案内役の者が誇らしげに語るのが私の置かれた立場だ。少し複雑なのは今も変わらない。


 気にしても仕方ない。領民は尾張と比較すると衛生状態も栄養状態も良くない。でもこの島の本来の状態を考慮すると頑張っているのだろう。三雲家が私腹を肥やすことも決して出来ないわけではない。


「ひいふうみい……」


 慶次は紙を片手に現場の様子を書き残している。太田殿に頼まれて今回は彼が記録係になっているからだ。意外といっては失礼だが、こういう仕事を嫌がりもせずにやる。


「この島に警備兵は今のところ不要なようですな」


「そうですね。人が少な過ぎます」


 新介殿とセレスはこの島の体制と警備兵の必要性を考えていたらしいが、現時点では不要だと思う。長期的に見ると必要だと思うけど、今は罪を犯してもすぐに犯人が見つかるような村社会だ。


 もう少し発展すると貧富の差が出てくる。警備兵はその頃までに置ければいいはず。


「ありがとうございます!」


 私は患者を診ている。何処に行ってもそれは変わらない。この島には医師がいない。私も明日には島を出ることになるので、ナノマシンを使って治せる病は治していく。


 こんなことをしても一時の自己満足にしかならないだろう。それでも私は今できることをしたい。


 伊豆諸島にひとりでいい。医師を置くべきだ。あとで司令と相談しよう。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る