第1034話・花火の前夜に
Side:久遠一馬
熱田祭りが明日に迫っているが、オレは招待客の応対で結構忙しくなっている。子供が生まれたことと、官位を得たことのお祝いを受ける立場だからだ。
去年ほど前面に出て動く必要もないが、会わないという選択肢はない。人はこうしてしがらみが増えていくんだなと思うが、先方も悪意があるわけじゃないからね。
さらに織田家として宴を開き歓迎して、茶会で誼を深める。招待したところは当主の代理くらいは来ているんだ。
織田家でも正式な官位を持つ人は限られているので、その場にオレが出ないわけにはいかない。
準備のほうは関係各所で進んでいる。織田領内から集まる領民も今年の花火大会を行う熱田や、清洲、那古野、津島、蟹江などに到着していて、今か今かと待ちわびている状態だ。
寺社は領民を泊める宿として活躍しているし、近隣の村にもゲルを貸し出して臨時の宿泊施設となっている。
織田領内はすでに関所がなく、この際だからと名の知れた寺社には参拝に行く人も多いし、蟹江にも南蛮船を見ようと人が集まっていると報告を受けている。
さらにこの機会にと遠方から商人もやってくる。彼らとの商いも大変だ。織田領や伊勢や近江だとすでにそれなりの量の良銭が流通しているが、それ以外はまだまだ悪銭や鐚銭も多い。
流通しても貯め込んじゃうんだよね。良銭をさ。
普段の織田領や伊勢では、悪銭や鐚銭は原料の価値くらいしか認めていないが、花火大会のこの期間は多少大目に見て取り引きをするようにしている。堺のように絶縁した所はもちろん除外するが、遠方から遥々やってきた商人たちが自分たちの銭を使えないとなると困るからね。
特に小規模の行商人は命懸けで旅をしてくるんだ。そのせいか儲けを確保するのに、一切の
領民に関しては年々問題になることが減りつつある。もともとこの時代では自助努力で生きるのが普通だ。決められた範囲で知恵を絞って行動する。
今年は新たに織田家の領地となった北伊勢や三河の一部地域や、北美濃と東美濃など去年の花火大会の直前にギリギリで領地となった領民も見物に来るので、そちらは多少の混乱や問題もあるようだが、全体で見ると上手くいっていると言えるだろう。
ほんと領内の人の移動は活発になっていて、各地の宿場町では史実の江戸時代のような賑わいになっていると思う。
今夜は前祝いというわけではないが、公家衆と招待客との宴だ。明日のためにも皆さん飲み過ぎないといいんだけど。
Side:斯波義統
越前と駿河から参った公家とは、すっかり顔なじみになってしまったな。領内に入るとこちらで世話をしておるが、それでも旅とは大変なものだ。よく毎年参るものだと感心するわ。
今川家の者も武田家の者も、尾張では大人しゅうしておる。他にも因縁ある者らもおろうが、そんな者らの大人しい姿を見ると、権威とは力なきは
一馬はあまり身分ある者らとの場を好まぬが、顔には表さずに、この場に出ておるな。心から楽しんでおるようには見えぬが。これも役目と思うておるのであろう。
「この花火を楽しみに待っておったわ」
「左様、吾らも同じよ」
公家衆は上機嫌であるな。明日の花火が待ちきれぬようじゃ。
畿内では三好がいよいよ丹波を攻めたと聞く。日ノ本の中心であると自負しておる者らは、尾張にしかない花火を如何様な思いで見据えておるのであろうな。
昨年、訪れた公家衆は理解しておろうが、面白うない者もおろう。三好の心中いかがなのであろうか。細川を追い出して都を制したものの、公方様は観音寺城におられるということにして旅をしておられる。
こちらと争うつもりもないようじゃが、面白うないところもあろうな。
「尾張は参るたびに変わっておりますな。今や都をしのぐとまで言われておりますぞ」
「そうやって鄙者をおだてるのはやめてくだされ。古くから栄えておる地は変えるまでもないだけのことよ。都に倣い、励んでおるに過ぎん」
酒が進むと
「管領殿など、無頼の輩に襲われて以降、恐れおののき若狭の武田家の館に篭っておるとのこと。大樹は病が一向に癒えず療養の身。今こそ武衛殿が動かれるべきでは?」
「わしなどに出来ることはあるまい。皆、知恵を絞っておられる。都も畿内も知らぬ鄙者に出来ることなどないはずじゃ」
ああ、宴の席での戯言のつもりであろうか。酔いが深い公家のひとりが看過できぬことを言い出したわ。
都を思う気持ちもわからんではない。都が尾張のように争いがなくなれば戻りたいという思いが強いのであろう。されどそれがいかに苦難の道であるか、察することが出来ぬのか。
都に上り、天下に号令をかける。わしも昔はそんな夢を持ったことがある。されど、こうして日ノ本の先行きを案ずる身になると、それがいかに難しきことかわかるというもの。
そのような立場になるくらいなら、傀儡として愚か者のふりでもしておったほうがいいわ。
Side:織田信秀
守護様が困ったお顔をされておる。世辞だけ言うておればいいものを。余計な願望まで口にする。機嫌を損ねるようならば戯言と済ませるつもりであろうが迷惑なことよ。
我らはすでに都や畿内を無視しておればよいという立場ではない。それ故に軽はずみなことを言えぬ。
実のところ求めてもよい御立場であり、周りから見ると頃合いに思えるのであろうな。
『都で冷えた飯を食う身分に如何な意味があるのか』。以前守護様はそうこぼしておられた。管領ともなれば暗殺の懸念もせねばなるまい。飯でさえも毒見をした後でなくば食えぬ。そんな身分など要らぬと言えるだけのものが尾張にはあるのだ。
城から出られぬような身分は欲しくないという一馬の考えもわかるというもの。
もっともわしも他人事とは言えぬがな。斯波家のかつての領国である遠江や越前を取り返すのかと探りを入れてくる者もおるのだ。
遠江を奪還するのはいい。今川は如何するつもりか。駿河で大人しくしておるはずもない。また今川と争うておる甲斐の武田と、奴らが取り合っておる信濃もある。さらに越前を奪還すれば、加賀の一向衆が敵となるやもしれぬのだ。
公家と言うても殿上人でない者はこんなものなのであろうな。相手の立場になり考えることもない。都から逃げ出した者らだからな。駿河と越前の公家衆は。
かの者らにはかの者の考えと言い分があろうが、現状ではそれを汲み取ってやる義理もない。
大人しゅう花火を見て帰ってくれればいい。
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