第1009話・相撲大会
Side:北畠具教
見物する兵らの声で沸いた。見張りの兵を除き多くの兵を競わせ、その様子を見せる。まるで尾張の武芸大会のようだ。
雑兵ばかりではない。武士もまた加わる者や、配下を出して勝つと喜んでおる。織田と北畠、先ほどまでは互いに気を許せぬ様子であったが、手合わせが始まるとそれも変わった。
安堵したのも確かだが、恐ろしくもある。
「久遠の知略、見事でございますな」
「ああ」
わしの考えを読んだわけではなかろうが、ちょうど同じことを考えておったのであろう。
戦場において兵を従え士気を維持する。言うほど容易くない。多少の銭と兵糧はかかるが織田と争いになるよりはいい。
世の者が思う以上に織田と北畠の力の差は大きい。その上で知恵も負けるとなると如何すればよいのだ?
「御所様のお考え、素晴らしきことと某も思いまする。誰もが皆、悩み、折り合いをつけて生きておりまする」
「折り合いか」
対等な立場での同盟。家中が望むのはそれであろうな。家柄では斯波相手にも勝るのだ。されど、すでに対等な同盟が重荷になりつつある。
対抗どころか重荷になる水軍衆を切り捨て、北伊勢の神戸を織田に臣従させた。身を切る思いでここまでこぎ着けたが、織田は戦そのものを変えつつあることを改めて見せつけられた。
こちらが一歩進む間に織田は二歩も三歩も進んでおるのだ。
「勝てる戦で負けた気になるとはな」
ああ、戦の相手は長野だ。これで長年の争いにけりがつく。されどその先を思うと勝った気がせぬ。
苦難が待ち受けておるのであろうな。とはいえ負けられぬ。
わしは北畠家当主なのだからな。
Side:春
相撲大会、大盛り上がりね。参加賞として米と麦を混ぜたおにぎりを出すことにしたからか、参加者が多いってもんじゃないわ。
ただねぇ。ずっと見ているのは飽きるわね。娯楽のないこの時代の人は楽しんでいるみたいだからいいけど。私、別に相撲好きじゃないし。
まあ、目的は達成しつつある。織田と北畠の待遇の差に対する不満。そこらは幾分マシになっていると思うわ。一言で言えばガス抜き。
ほんと暇を持て余すとろくなことしないから。
現在、織田と北畠の野営の陣には商人や遊女が集まり始めている。北畠は兵糧を買っているし、将兵たちも銭に余裕がある者は、酒なんかの嗜好品とかいろいろと買っている者もいる。私は特に必要なものもないし買わないけど。
ちなみに今回の織田は、食事を身分に問わず同じものにしているわ。無論、食材の管理から調理と配膳まで気配りはしているけど絶対大丈夫とは言えない。特定の身分だけ食事の内容を変えていいことなんてないもの。
商人は酒や甘味なんかも売っているけど、それらを個人で買うのは自由。ただしローテーションを組んで見張りなど仕事中の者は酒を禁じている。
酒はエールを甘味は金平糖や羊羹を数日に一回は配っている。正直、甘味は現状の織田でも大変よ。砂糖は久遠家で比較的安価で尾張に持ち込んでいるけど、それでも限度があるもの。援軍すべてに配るとなると相当な出費になる。
これに関しては久遠家で一部献上するという形をとった。戦時における兵糧の管理運搬と食事をテストする目的がある。
あと一番の目的は北畠に織田の力を示すこと。メルティの策ね。あの子、こういうことやらせると本当に隙がないわ。
まあおかげで織田の兵は裏切りどころか規律違反すらほとんどない。喧嘩程度ならあるけどね。
「春、すまぬが少し商人のほうを見てきてくれ」
「畏まりました」
少し考え事をしていると、意味ありげな笑みを浮かべた若殿に仕事を命じられた。というか、飽きていたのを見抜かれたわね。相撲見物から抜け出す口実をくれたみたい。
こういう気配りが出来るほど周りが見えている。なかなかやるわね。伊達に司令やエルと一緒にいたわけじゃないってことか。
宰相殿もなかなかだけど、今は少し余裕がないものね。
「御方様、やはり山には伏兵がおります」
「そう、ありがとう」
相撲見物から解放されてホッとしていると、忍び衆の知らせを太郎左衛門殿が知らせてくれた。当然ながら山道で待ち構えているわよね。正攻法で攻めると相応の被害が出るわ。
騙し合いをするつもりはないわ。とはいえ北畠の面目もそうだけど、長野の面目も潰したくはない。
この相撲大会を見て長野がどう判断するか。それ次第かしら。怒って出てくると楽でいいんだけど。そこまで愚かじゃないと思うわ。
のんびりといきましょうか。
side:長野稙藤
「なんじゃと?」
「はあ、恐らくは相撲でも取らせておるのかと」
そろそろ北畠が動くかと待ち構えておるところに入った知らせは、陣地にて騒いでおるという知らせだった。まさかと思い物見を出して確認したが確かなようじゃ。
「我らを愚弄しておるのか!」
「落ち着け、誘うておるのであろう。城攻めなどせずに済めばそれに越したことはない」
家臣らは怒る者や戸惑う者がおるが、それほど愚かではあるまい。待ち構えておる城を攻めることなど望む者はおるまいからな。
「織田の金色砲であれば一夜と掛からずに落とされるのでは?」
「それでは北畠の面目が保てぬからな」
わしを含めて恐れておるのは織田の金色砲じゃ。故に如何にしても城に近づけぬようにとしておるのじゃが。向こうもそのようなこと百も承知か。
家督を継いで最初の戦。織田の援軍もある。勇んで力攻めしてもよかろうに。まさかこちらを誘うとはの。今までの北畠にはない動き。北畠具教の策か? それとも……。
兵糧は集めたが心許ない。我慢比べで困るのはこちらじゃ。北畠の攻めを防いでこそ、降伏しても面目が保てるというもの。
このままではようないの。されど、こちらから打って出るのも危うい。こちらも誘うべきか? いや、怒らせては元も子もない。
難しいが、このまま我慢するしかあるまいな。
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