第1000話・北畠VS長野

Side:北畠具教


 集まった軍勢はおよそ八千。重臣らはこれで北畠家の力を織田に示せると安堵しておるが、わしは喜ぶ気にはなれぬ。


 兵の数で戦を考えることも間違うておるまいが、あまりに違い過ぎるのだ。戦のやり方がな。


 鉄砲も雑賀から手に入れてあるが、織田のように鉄砲で戦を決めるほどの数があるはずもない。兵糧は北畠家で用意した。食えずに飢えておる長野を攻めるというのに向こうで奪えると思うほど愚かではない。


 織田に倣ったのだ。あとは勝手な乱取りはまかりならんと命じたが、これはいずこまで守られるか怪しいところだ。さすがに領内では自重させておるようであるが、それでも近隣の村と騒ぎを起こしたと知らせが早くも届いておる。


 集めた民に、北畠家のために戦いたいという考えはあるまい。命じられた故に仕方なく来たか、敵地で奪いたいだけだ。勝てば奪い、負ければ奪われる。故に戦うだけなのだ。


「海はいかがなっておる?」


「はっ、織田水軍。すでに安濃津を封鎖。長野の水軍衆は出てきませぬ。籠城し頃合いを見て降伏するかと思われます」


 久遠がわざわざ南蛮船を出してくれたことで海の勝敗は決まった。もともと船の数からして違うのだ。長野に従う水軍衆など出てこられまい。


 南蛮船が敵におる。その一報で海沿いの国人は恐れおののくであろう。それがなくばまったく別の戦になったのやもしれぬ。


「長野はやる気か」


「意地でございましょう」


 織田が動いた以上、長野は北から織田が攻めてくることすら考えねばならんはずだ。いかに集めたとて長野の兵は五千を超えまい。海を押さえられ南北を挟まれてしまえば、安泰なのは西の伊賀くらいだ。


 よう、やる気になると感心するほど。もっとも長野は知らんのかもしれんがな。織田を相手に籠城など無駄だということが。


 長野が愚かなのではない。織田が異様なのだ。戦も政もな。そうでなくば戦のない世など訪れぬのかもしれぬがな。


 今までとて多くの者が必死に戦をして世を治めようとしておったのだ。それでもこの乱世は終わっておらぬ。武士が思いつく戦程度では、世は治まらんのだと思うようになった。


「負けられぬな」


 北畠の家を絶やすわけにはいかぬ。新たな世で古き栄華を懐かしむのも御免だ。そのためにはここで勝たねば先がないのだ。


 負けられぬのは長野ばかりではない。懸念は勝ち戦と家中が浮かれておることか。引き締めねばならんな。




Side:忍び衆


 北畠が長野領に入ると長野の軍勢が待ち受けておる。場所は双方の係争地として長年争うておるところから更に長野寄りだ。


「先のことなど考えておらぬな」


 布陣を見ると長野の先陣は罪人衆だ。昨年一揆を起こし逃げた者が多いか。食う物もろくに与えられておらぬのだろう。近隣の村は荒らされておって、村人は逃げ出しておる。


 長野の兵は罪人衆を逃がさぬように布陣しておるな。北畠の兵はおおよそ倍はおろう。勝つのはいささか難しいと思うのだが。


 先に動いたのは攻め手の北畠だ。北畠方の先陣が弓を射て石を投げる。長野の先陣の罪人衆は同じく石を投げ対抗するが、数の違いは明らかだ。長野はすぐに罪人衆を北畠方に駆り立てるように進めさせた。


 生まれ育った村を追われ、長きに渡る飢えで半ば狂うておる者もおるのであろう。槍を叩くように進むはずが、抜きん出て勝手をする者も目立つ。


 北畠はそれに対するために鉄砲を撃った。


「駄目だな。数が少ない」


 織田家ならばその一撃で敵を蹴散らせるが、北畠の鉄砲の数は少なく罪人衆が止まらぬ。背後に逃げると長野の兵に殺される罪人衆は半ば死兵と化して前に進むしかない。北畠は数の力で押しとどめて討っていくが、勝ち戦からかいささか及び腰にも見える。


 いささか危ういかと思うたが、ここで北畠が横撃の兵を出してきたことで形勢が変わる。罪人衆は横撃にてあっさりと逃げ始めた。北畠も散り散りに逃げ始める罪人衆など無視して長野本隊と当たる。


 北畠と長野、双方共に奮戦しておる。安易に逃げ出しては末代までの恥。特に因縁ある両家だからな。されど用兵は北畠が上か? 数を生かして動く北畠に長野はすぐに引き気味となっていく。


「退いたな」


「ああ、籠城であろう」


 東は織田の水軍が海を押さえておる。安濃津や海沿いの国人を降しておるかもしれぬ。北は関の愚か者がおるので動いておらぬが、無視も出来まい。長野はこれ以上の損害を出す前に退いて籠城をするのであろうな。


 北畠の勝鬨が聞こえた。されど北畠も思うたより損害を出したらしい。追撃をすぐには行わずに兵を整えておるわ。


 さあ、すぐにこの結果を尾張に知らせねばならぬな。




Side:久遠一馬


 春とはいえ風はまだ冷たい。大武丸と希美は綿の入った着物を着ていて、ここに来るまでの馬車の中で、眠くなったのかぐっすりと眠ってしまった。


 ふたりは侍女さんたちが抱きかかえてくれている。身分がある人は自分で子供を抱きかかえて散歩とかしないからなぁ。ウチは普通に抱っこして散歩とかするけど、あちこちから人が集まる桜祭りなだけに今回は自重することにした。


 祭り会場ではいろんな人に声を掛けられる。顔なじみの人たちが増えたなと実感する。


「あ~う」


 賑やかな祭りに大武丸と希美も起きたらしい。まだ祭りだとわからないだろうな。でもその瞳で目の前の祭りを見ているようだ。


 笛や太鼓の音に反応したのか。手足を動かしているみたい。


「大武丸様と希美様もお元気な様子。ようございましたな」


 日頃から周りに複数の人がいるせいか、人が多いとご機嫌な大武丸と希美はキャッキャッと楽しげに騒ぎ出した。それを見て周囲の人たちがまた喜んでくれる。


 ふたりのお披露目に来たわけじゃないんだけどね。元気なふたりの姿にみんな喜んでくれることが嬉しい。


「いらっしゃい、おいしいよ!」


 そのままウチの屋台の様子を見に行くと、孤児院の子供たちと一緒に働くお市ちゃんの姿があった。同い年くらいの子たちと仲がいいんだよね。お市ちゃんは。


「ああ、若様と姫様だ!!」


 孤児院の子供たちは大武丸と希美と何度か会っていて、自分たちが仕えるんだと言ってくれる子もいる。


 元気かと駆け寄ってきて覗き込む子供たちに、大武丸と希美も笑顔で答えた。


「たこやき美味しいよ。若様と姫様も食べる?」


「まだ無理だよ。赤子だもの」


「残念」


 年少組の子供たちは自分たちで作っているものをふたりに食べてほしかったらしいが、さすがにまだ無理だと知ると少しがっかりしてしまう。


「あら、くれるの?」


「はい!」


 結局、オレたちがその分、いろんなものをもらうことになる。エルも嬉しそうに受け取っている。このあとゆっくりとお花見するつもりだからありがたく頂こう。


 ああ、そういえば信長さんは今、蟹江にいるんだよね。今年は清洲の花見には出られない。北畠への援軍の将として蟹江で出陣準備をしているんだ。北畠への配慮と経験を積むためにも信長さんが出陣することになった。


 オレまで出ていくこともないので、オレは留守番だけど。


 今日は義統さん主催の花見の宴に出て、明日は家中の独身者を集めたお花見合コンをすることになっている。


 伊勢にいる春たちには申し訳ないが、オレが出ていくと少し大げさになることもあって出られないと言ったほうが正しいけどね。


 身分とか影響力があると大変な一面だなって思うよ。


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