第870話・東西分裂の終焉

Side:吉良義安


 西条吉良家が取り潰しとなったと聞かされたのは、もうすぐ日が暮れる頃だった。


 家臣らはすべて切腹。織田にしては近年にはない厳しい沙汰だ。とはいえ弟の助命はしてくださる。武士として覚悟も無きままに下命を無視した愚か者には過ぎたる処分。


 西条吉良の家臣らの中には、牢でわしに助けを求める者もおると人伝手に聞かされた。


「わしも腹を切るべきではないのか?」


 日に一度は沢彦宗恩和尚と、久遠殿の奥方である天竺の方が来る。錯乱した弟を落ち着かせたのはこのふたりだ。沢彦和尚は父のようであり師のようで、天竺の方は母のようであり師のようだ。


「そなたには吉良家を存続させるという役目があろう」


「そうよ。あなたは生きねば駄目。生きることこそ償いよ。同じ過ちを繰り返さないように、吉良家を存続させないでどうするの?」


 父上が亡くなり、気が付くと吉良家は家臣らの思うままになっておった。西だ東だとくだらぬことで争う家臣らをなんとかまとめようとしたが、上手くいかなかった。家臣らは元より割れておった家中を纏める気はないが故、いずれが上か、誰が上かと争うようになったのだ。


 とはいえ家臣の不始末は主の不始末。我ら兄弟が責めを負うべきだと思うたのだが。


「殿、今まで勝手ばかりして申し訳ありませぬ。我ら先に参ります」


 幾人かは切腹を拒否して騒ぎ打ち首となったようだが、最後に切腹をする皆と会いたいと頼むと家老だけであるが叶えてくださった。


 幼き頃より知る家老は、わしの姿を見ると憑き物が落ちたように穏やかな様子で頭を下げた。


「何故じゃ。何故、従わなかった。織田の城を建てるというのではない。三河の地のために人を出せと言うておったこと、わからぬそちらではあるまい?」


「一言で言えばつまらぬ意地。東の下になるのは嫌だ。織田の下になるも嫌だというだけのこと」


 死を覚悟した今だからこそ落ち着いておられるが、それまでは我慢ならなかったと聞くとなんとも言えぬ悔しさが込み上げてくる。


「殿、我らの死をもって東西の争いを終わらせてくださりませ」


「愚か者が……」


 涙が込み上げてくる。何故、何故ここまでなる前に変われなかったのだ? そちらは名門吉良を支えておった者らであろうに。




 翌日、西条吉良の者らは切腹して果てた。


 弟はそれを泣きながら見ておった。すまぬ、すまぬと呟きながらな。


 これが武士なのだ。ひとつの過ちが命に係わる。名門とてそれは変わらぬ。わしはこのような乱世で生きねばならぬのだな。




Side:久遠一馬


 人の処罰は何度経験しても気持ちのいいものじゃないね。最後は悟ったように大人しくなった人、最後まで見苦しく騒ぐ人とか様々だ。


 西条吉良家家臣たちの切腹は恙なく終わった。後の世には自らの家のみならず主家も取り潰す不始末をしでかした家臣として伝わるだろう。


 次は信秀さんの命令違反をした者たちの打ち首だが、これは武芸大会にて生かしたまま晒し者にされ、後に打ち首にされることになる。一部は連座だそうだ。この件はウチの意見ではない。オレがいない間の評定で決まったらしい。


 ジュリアは武芸指南役として、セレスは警備奉行として、パメラは医療奉行であるケティの代理として出ていて、評定衆となっているエルの代理としてメルティと、オレの代理として資清さんも評定に出ていたが、みんなも反対はしなかった。


 仏と言われて敵対した者も許していることで舐められているのではないのか? そんな議論があったらしい。過去には追放や島流しもしているが、どうも許している話のほうがよく伝わっているのは確かだろう。


 間の悪いことにオレや春たちが現地で頑張っていたことで、余計に重臣たちが命令違反の末端の武士の行いを問題視した。ここで甘い顔をするとまた同じことが起きる。そう言われると否定することが難しい。


 まあオレはオレの出来ることをするだけだ。すべてを救うことも変えることも出来ない。ウチのみんなと今回の反省と総括を行う。まずは反省から。


 事前の情報の伝達が上手くいっていないところが結構あったらしく、指揮命令系統の法制化と伝達方法の確立が必要になる。尾張下四郡は流行り病の時に出来た寺社のネットワークがあるので良かったのだが、領地になった時期が新しくなればなるほど情報伝達に不備があった。


 また命令も難しい。具体的な行動の指針を示さないと、どうしていいかわからないという報告があったらしい。各自で協力したり考えて行動したが、結果として上手くいかなかったところもあったようだ。


「でも上手くいったほうよ。前代未聞のことをしたんですもの」


 報告だけ聞くと課題が浮き彫りでオレも資清さんたちも悩むが、メルティは十分な成果だと言う。確かに災害時の緊急対応は、元の世界でさえ不備で上手くいかないことは珍しくなかったな。


 ある程度でも機能したことが凄いとも言える。


「成果の良し悪しは問わずに詳細を報告してもらうか」


 なにが失敗してなにが成功したのか、検証が必要だろう。実際、命令無視は三河くらいだったらしい。領民に知らせていいかわからず、村のまとめ役などに伝えて密かに警戒しろと命じたところはあったらしいが。


 あと実感したのは、この時代だと人命が軽いことだ。しかも自助努力で生きることが一般的で、統治者が災害救助をするという認識がない。これには国人や寺社の領地は、大名であっても軽々しく手を出せなかったというこの時代の体制にも原因がある。


「衛生兵の特命部隊として、救助隊の創設はどうだろう? 大変だろうけど平素から病院の管轄下にして役割を明確にしたい」


「いいと思う」


 レスキュー隊のような人命救助を任務とする即応部隊がほしい。警備兵と一緒にすると役割が曖昧になるので、まずは病院の管轄にして医療知識のある救助する人材を育てたい。


 医者不足は今も続いているが、ケティは賛成してくれたようだ。


「武官と警備兵の派兵は思った以上に上手くいった。早期の治安回復は彼らのおかげだ」


 あと悪いことばかりではない。武官と警備兵に関しては、想像以上によく働いてくれた。寺領やら国人の領地で勝手に賊を討ち取ったとか、家臣が討ち取られたとか苦情もあったが、治安の回復が遅れると人命救助や氾濫箇所の応急処置にも影響しただろう。


 そもそも警備兵には領内の全域に立ち入り許可が元からある。平時では領主に一声かけてから行動するようにしているが、緊急時ということでそれを省いた。


 吉良家を筆頭に細々とした領主はそれらを知らずに騒いだところもあったが、主君である信秀さんの命令だということで押し通した。問題はいろいろあったし、それは今後武官や警備兵で検証してくれればいい。


 ただ、物事の優先順位を明確にすることと、臨機応変に目的を遂行するという結果を成し得たことは十分すぎる成果だろう。


 法治体制は理想のひとつであるが、法に縛られて動けませんでしたでは困る。


「あと、西三河では領主に対する不信や疑念が増しているんだ。忍び衆には気を付けるようにお願い」


 それとオレが尾張に戻る頃になると、西三河では領主に対して不信感というか不満が出ていた。


 織田家から事前に伝えられた野分の警告を聞いていない村々が、なぜ伝えなかったのかと領主に不満を抱いているというのがあった。


 尾張や美濃から派遣した人たちは事前に聞いていたと聞くと、当然三河の村では面白くない。一部ではあるが、命令違反で捕らえた者の一族を追い出している村もすでにあるようだ。


 織田家に対して一揆を起こすとは思えないが、注意しないとまたひと騒動起こる可能性はある。


 ともかく評定に報告する内容を早急にまとめないと。



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