第811話・対峙する者たち
Side:寿桂尼
そろそろ三河に入る頃でしょうか。駿河を出たのは今川家に嫁いで以来のこと。思わずあの頃のことを思い出してしまいます。
実の父も兄もすでに亡くなっており、甥が家を継いでおります。此度が会える最初で最後の機会となるでしょう。
長生きをすると、いろいろなことがあるものです。私の旅が今川家の行く末を左右することになるとは思ってもおりませんでした。
「尼御台様、いかがなされました?」
輿を止めさせ、ふと振り返り駿河の方角を見ていると朝比奈殿が私を案じて参りました。
「少し昔のことを思い出していたのです」
今川家の者とて都を見たことがない者がほとんど。駿河と遠江以外知らぬことが当たり前なのです。今や駿府は都より栄えていると、世辞を言う公家の言葉を真に受ける者も多いことが嘆かわしい限り。
「朝比奈殿、世は広いのですよ。果てしなく。かつて西国の大内家が都に上ったように、今川家も都に上れると安易に考える家臣に、私は危うさを感じずにはいられませんでした」
特に返答を求めているわけではありません。朝比奈殿もそれを理解して、静かに聞いてくれています。
尾張の斯波家の先代を打ち負かして遠江を得た。その頃から今川家は驕っていたように思えます。三河を制して尾張に侵攻し、いずれは都に上る。そんな与太話を、酒を飲みながら語る家臣がかつては大勢いたのです。おそらく今も大勢いるでしょう。仏門に帰依した私の耳目が届かぬだけのこと。
それ故に、私は自ら尾張に行って見極めねばなりません。
「愚痴を言ってしまいましたね。さあ、参りましょうか」
「はっ」
いかんとも言えない顔で聞いてくれている朝比奈殿は、一度尾張に行ったことで理解しているのかもしれません。私は尾張の方角を向き、止めていた輿を進めることにします。
今川家がそう容易く戦に敗れて滅ぶとは思いません。されど遠江を得たことで、斯波家とは家が続く限り争うことになるでしょう。
それがこの先の憂いになると思えてなりません。
どちらかが滅ぶまで因縁が続く。武家というものは厳しいものです。されど私は今川の家を残さねばなりません。たとえ斯波の者に頭を下げることになっても、滅んでしまうよりはいいはず。
そう考えるしかありません。
Side:朝倉延景
まさか旧主の治める尾張に行くことになるとはな。宗滴の進言でなくば家臣たちも許さなかったであろう。
正直なところ、わしは斯波家に思うところはない。奪った側と奪われた側の違いはあるのであろうがな。
「殿、あれが関ケ原城でございます。しばし見ぬうちにまた堅固になっております」
美濃に入り、しばらく進むと宗滴の養子である
あれが噂の関ケ原城か。
「浅井は上手く使われたということか」
戦はわからん。とはいえわしが見ても堅固なのはわかる。関ケ原城は山ひとつを堅固な城にするために今も普請がされておるようだ。周囲を見渡せば支城らしきものも見える。
ふと思うのはあれを我が朝倉家が築くとして、幾人の民を集めて銭がいくら掛かるか、また幾年で築けるかだ。
「孫九郎。織田は他にも普請をしておると言うておったな?」
「はっ、大小様々あるようでございますが」
宗滴なら戦は勝てるとしよう。されど宗滴とて美濃を制するには早くても五年や十年はかかろう。僅かの
戦でかかる銭と兵糧に失う兵を揃えること。いずれも容易いことではない。
織田との商いにしてもそうだ。大きな儲けになっておるが、それは向こうも同じ。あの白い茶器や硝子の盃を思うと、むしろこちらが不利とすら思える。やはり宗滴の申す通りということか。
「そなたの養父は偉大だな。誰よりも敵を知り朝倉家を知る」
尾張がいかがなっておるのか、わしにはまだわからん。とはいえ敵に回す愚かさはわかる。戦以外でこちらが不利なのだ。
厄介なのはそれを理解しておる者が朝倉家に多くないことであろうか。人も銭も米も限りがある。それすら理解しておらぬ者が、わしや宗滴に『斯波は元より織田など、何する者ぞ』と大言を吐いておるくらいだ。
「はっ、某も精進いたします」
「すまぬ、そういうつもりではない。ただ、宗滴が尾張で如何なるを見たのか。知りとうなっただけだ」
わしの言葉に孫九郎が頭を下げたことに少し驚く。あの偉大な養父を持ちながら、大きく劣ると言われることもない孫九郎もまた替えの利かぬ男。
真意が伝わったようで、僅かに恥じるように笑う孫九郎にわしも笑っておった。
「殿はお喜びになるやもしれません」
「ほう、そうか」
孫九郎の喜びとも懸念とも思える言葉にわしは思案を巡らす。
誰にも話したことはないが、実は幾度か思うたことがある。朝倉家当主という立場でなければ、一度尾張に行ってみたいと。
明ばかりか遥か南蛮から船がくると聞く尾張の町に行ってみたかった。
商人や公家の話を聞くたびにそう思うた。
楽しみであるな。斯波家当主と会うということがあっても。
Side:久遠一馬
「そうか。岡崎は片付いたか」
春から連絡が届いた。松平広忠さん暗殺阻止。その報告に清洲城に来たが、信秀さんにあまり大きな反応はない。
「三郎五郎が言うておったわ。あれと己は大きな違いはないとな。松平広忠も無能ではないが立場があまりに恵まれておらん」
お市ちゃんを膝の上に乗せて信秀さんは語りだした。安祥の信広さんがそんなことを言っていたのか。
「まあ、三河は苦労をしましたからね。より多くの国人を従える。それがいかに難しいか、私も三河で学びました」
信広さんと広忠さん。どちらがどう違うか、本当のところ議論が分かれることだろう。
織田と松平の差は圧倒的だ。斯波家の権威に三河守の官位、経済力、軍事力。どれをとっても対抗出来るレベルじゃない。
その上での現状なんだ。史実のように本證寺が絶大な力を持っていたら? それだけで結果はまったく違ったものになるだろう。
まあ地域の違いによる対抗意識や争いが根深いのは理解する。元の世界ですらこの時代からあった地域の対立が、住民の意識から選挙にいたるまで影響があった地域はある。
費用対効果は最悪だが、見方を変えると史実との差をここまで抑えて時間を節約するにはそれだけ必要だったということだろう。
「後始末は三郎五郎に任せるか。あれには今後のためにもっと頑張ってもらわねばならん」
安祥城の信広さん。当初は東への押さえであったが、現在は西三河の統治をしている。急激に拡大する織田家においても、かなり重要な役目になる。
信秀さんは人を育てるということを最近特に意識するようになった。すでに織田家はそういう体制になっているということや、学校やウチの働きから学んだんだろうけど。
「ちちうえ、みんなでうみにいきとうございます」
「海か。そういえば今年はまだ行っておらんな」
時には史実よりも効率的に。時には回り道でもいいと思う。松平宗家の臣従は織田家が次のステージに進む重要なステップのひとつにも思えるからね。
そんなことを考えていると、お市ちゃんが信秀さんにお願いをしていた。
そうか。例年なら既に一度は海水浴に行っている頃だもんな。今年は忙しくて行けていないが。
「公家衆が来る前に行くか」
「では支度をいたします」
しばし考えた信秀さんだが、公家衆が来ると海水浴どころじゃないしね。支度をして近日中に行くことになった。
お市ちゃんの顔がパッと花が咲いたように笑顔に変わる。ウチのみんなも楽しみにしているんだよね。海水浴。
さっそく海水浴の準備をするか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます