第800話・公家ショック・その二
Side:久遠一馬
新緑の季節となり、一足先に屋敷の敷地内に硝子の温室が完成した。硝子をはめる直前で止めてはいるけど。中に植える植物はバナナとか南国フルーツを中心に考えていて、公家衆が帰ったらある程度成長したものを島から運んでくる予定だ。
温室は季節に関係なく育つと織田家の皆さんに教えることが出来る。地道な研究と試験で新しい技術が生まれると理解してくれるだろう。信長さん辺りは南国のフルーツが楽しみらしいけど。
新しい屋敷に関してはウチの好きに建てていいと信長さんに言われている。敷地も数倍の広さになるので新しい屋敷は広がった敷地に新たに建てている。今住んでいる屋敷は新しい屋敷が完成するまではこのまま使用する。
島の屋敷のように完全な西洋風の屋敷よりは、この時代の日本の屋敷を基本にする予定だ。オレたちは比較的身長が高いので扉などのサイズを大きめにすることや、衛生の観点からあれこれと変えるところはある。
部屋数もグッと増えるけどね。正月には島や宇宙にいる妻のみんながくることが恒例となっているので、みんなで余裕をもって寝泊まり出来るようにする。
オレよりもエルたちが、嬉しそうにあれこれと大工さんに要望を話している感じだね。
「いや、困りましたね。公卿の皆様となにを話せばいいのやら。若武衛様ご存知でしょうか?」
「確かに礼儀作法や和歌は習っておるが、わしもそこまで知らんぞ」
今日は学校に来ている。蹴鞠とか和歌を少し習うためだ。睡眠学習で軽く覚えているんだけどね。実際にやったことはない。
若武衛様こと岩竜丸君が子供たちと一緒に教わっていて、休憩中に少し愚痴ると反応に困るように笑われた。
こちらに来て分かったことだが、なんというか決まった形はある程度あってもこの時代にも流行などもある。礼儀作法をしっかりとしつつ、ウイットに富んだギャグとか言えるようになるには相当な苦労が必要だろう。
「守護様と殿にお任せするつもりですけどね。オレもまったく会わないわけには……」
まあ苦労しているのはオレばかりではない。信長さんも信康さんたちも苦労しているし、道三さんも同じらしい。
殿上人との付き合い方なんてそこまで詳しくは知らない。頭を下げて最低限聞かれたことを答えていればいいとはいかないからね。今回は。
「父上も困っておったぞ。蹴鞠などやらんからな。ここの者たちのほうが巧いくらいだ。明日には皆を連れて清洲に行く。父上の相手をしてやらねばならんからな」
尾張で蹴鞠が巧いのって、学校の子供たちなんだよね。授業で取り入れているからさ。しかし義統さん、本当に困っていたのか。確かに蹴鞠なんてやっているのは見たことないけど。
「家柄がよく官位が高いのも大変ですねぇ」
「そなたも他人事ではないぞ。内匠頭の猶子であろう」
公家衆相手だと当然相手の文化でもてなす必要があるからなぁ。花火見物や紅茶とかガーデンパーティーならこちらのやり方でいいんだろうが。
法要と花火を見たらすぐに帰ってくれるといいんだが、そうもいかないだろうしね。
ああ、指南役には山科さんが直接来るそうだ。先日前触れが到着した。それもあるので、義統さんや織田一族や重臣の皆さんが慌てて蹴鞠や和歌を始めているのが現状になる。もちろん織田家中向けの礼法教室・初級を領内各地で急遽開講して、信安さん・信友さん・吉良義安さんたちがこれまた急遽書き上げた礼法指南書・簡易版で勉強中だ。
「奥方殿を出すのか?」
一休みして蹴鞠を再開しようという時、岩竜丸君が最後にこちらを見ながら確認してきた。
「出来れば出したくありませんね。紅茶は守護様が直接淹れていただけるようですし……」
「それが良かろう。人とは欲深いものだからな」
岩竜丸君はアーシャと親しい。子供たちのまとめ役としてアーシャや教師陣と話す機会が多いんだ。それ故にアーシャたちの優秀さはよく理解していて心配してくれているみたい。
実はその件は既に信秀さんと義統さんとも話してある。基本的にエルたちは公式な場には出さないことになっている。土田御前とかほかの女性陣も同じだしね。
本当、こういうのをやるなら一年は準備期間がほしいね。
Side:足利義藤
「では、公卿の皆様が観音寺城をお立ちになられたら、上様も旅に出られると……」
「ああ、殿下の許しも得た。三好が如何に動くか少し気になっておったが、勝手をする様子もない。後は左京大夫、そなたに任せる」
管領代の葬儀が終わった後に落ち着いたら旅に出るつもりであったが、春を過ぎてしまったな。致し方ないことだ。六角とて不安もあったようだしな。
しかしあの公卿が花火見たさに尾張まで出向くとは。都で花火を上げよと命じぬだけいいということか?
それだけではあるまいな。尾張が如何になっておるのか知りたいのであろう。
「武衛と内匠頭も困っていよう。来るなとは思うても口にせぬのであろうが、畿内に関わることを良しとはせぬからな」
「しかし、管領職も要らぬとは……」
「そなた、このまま都に上り天下を治めたいか? 近江の広大な領地を治めながら敵に囲まれて戦と謀で気が休まらぬぞ。三好筑前守とて楽ではあるまい。武衛と内匠頭も同じということ」
左京大夫がちらりと漏らした本音に、左京大夫の父であった管領代との違いを感じた。都に上り天下を治める。ひとつの夢なのであろうな。
尾張の斯波と織田が都を治めるには近江が邪魔になる。それを懸念しておるのかもしれぬが。
「某には難しゅうございます」
「管領代も同じく考えておったのであろうな。武衛と内匠頭もまた同じであろう。それ故に天下はいつまでも荒れたままということだ」
西の三好と東の織田。六角も大変ということか。
「そうだ。左京大夫。そなた公卿と同行して尾張に行くか? その気があるのならば余の名代とするが。一度尾張を見てみるといい。管領代の遺言もあったであろう」
管領代は頼りになる男だった。それ故に一抹の不安が残る。そんな左京大夫を見てふと思った。この男こそ尾張を見るべきではとな。
余計に織田を恐れるかもしれぬが、そこは武衛と内匠頭がうまくやるであろう。公卿と共にオレの名代として行けば、左京大夫に良からぬ手出しをする者もおるまい。
「……名代でございますか?」
「余はな。管領代の遺言の意味がわかるのだ。そなたは管領代が見た新たな世に必要な男。近江は良き地で観音寺城は堅固な城だ。だがな、それ故にそなたは尾張を見るべきかもしれぬ」
少し唐突であったか? 左京大夫は戸惑い返答に窮しておるわ。とはいえ左京大夫が近江を離れ尾張に行く機会は滅多にあるまい。
まことに尾張から新たな世が訪れるのかはオレにもわからん。されど名代となり、管領代の遺言を理由にすれば此度ならば行くことも出来るはずだ。
「都に上るよりも面白きものが見られよう。久遠の船も見ておくといい」
ふふふ、戸惑うておるわ。しばし考えるといい。
それにしても殿下も面白きことをなさる。殿上人が大勢尾張に行くなど。斯波を担いで天下をまとめさせたいのか?
だが、今はその時ではあるまい。
一馬には先に文を出しておくか。六角との争いなどあの男はまことに望んでおらぬからな。
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