第801話・公家ショック・その三

Side:斯波義統


「ほう、皆、上手いではないか。のう、弾正忠よ」


 倅の岩竜丸が連れてきた子らの蹴鞠を見ておるが、思うた以上に巧くて驚く。学校では蹴鞠まで教えておったとはな。先日まで知らなんだ。


 蹴鞠などしたことがないと岩竜丸にこぼしたところ、教えてくれることになった。いつの間にか頼もしくなったものよ。


「はっ、若武衛様は安泰でございますな。某も以前に山科卿に習うたこともありまするが、正直、さほどやっておらぬ身。羨ましくありまする」


 共に習うのは弾正忠じゃ。わしと違いまったく知らぬわけではないようであるが、蹴鞠などやっておるところは見たこともない。珍しく困っておるようで、共に習いたいと申して参った。


「やれやれ、この歳で一から習うことになるとはのう。わしは傀儡故に出来ぬと言えればいかによいか」


 人は己の都合の良きものしか目にしておらんと見える。斯波家の再興といつか京の都に上り斯波家の名を天下に知らしめる。わしもそんな夢を抱いたことがある。


 されど実際に天下に名が知れ渡るほどになると、己の物足りなさを感じずにはおられん。


 斯波家の立場では公家と付き合いなど当たり前にあること。それすらわしには満足に出来ぬとはな。


「誰も守護様が傀儡などと信じませぬぞ」


「弾正忠、そなたがわしを傀儡にして構わんぞ」


「守護様が愚か者ならば、傀儡と致しておりましたな。されど傀儡に出来ませなんだ」


「それは困った。もう少し愚か者のふりをせねばならんかったな」


 弾正忠と戯言を口にして笑い合う。こんなことも珍しくなくなった。以前は近習が驚き顔色を変えておったが、今では慣れたもので平然としておるわ。


「一馬は先を見て子らに蹴鞠を教えておったのか?」


「それもありましょう。されど一馬もまた慌てて蹴鞠を習うておるとか。あやつは己が同じ立場になるとは思うておらなんだ様子」


「学校か。知れば知るほど興味深いの。久遠の知恵の根源が見えるわ」


 恐ろしきは知恵と技を蓄え磨く、久遠の伝統か。新しきものは誰よりも貪欲に学び、己で更に上を目指す。南蛮船ではないのだ。久遠の力の源はな。


 それ故に此度のように思うてもおらぬことがあっても、恥をかかぬように支度が出来るのだ。


「父上も弾正忠殿も共にやりましょう。我らがお教え致します」


 しばし子らの蹴鞠を見ておると、岩竜丸に促されるようにわしと弾正忠もその輪に加わる。


 岩竜丸は特に蹴鞠が巧い者を連れて参ったとのこと。中には久遠家の孤児もおるとか。孤児に蹴鞠を習うとはな。なんとも面白きことよ。


「そなたらの蹴鞠は見事よの。公卿らも見れば驚くのではないか? 優雅に蹴鞠をするという様子でもなかったからの。都は」


 尾張の田舎者と軽んじておる者も多かろう。尾張では斯様かような子らが蹴鞠を習い学んでおると見せるのも面白いかもしれぬ。


 弾正忠もまた同じことを思うたのであろう。ニヤリと笑みを浮かべたわ。


 花火は驚かせることになろう。それ故に公卿らにも理解出来ることが尾張では盛んだと示すのも悪うないのかもしれん。




Side:朝倉延景(義景)


「さすがであるな。そなたの目は千里を見抜くのやもしれん」


 尾張にて大内義隆の法要があるという話は昨年から聞いておる。されど、それに京の都より殿上人が幾人も行くとはな。ここ越前の公家もそれに合わせて尾張に行くという。


 わしなど思いもしなかったが、宗滴は法要でなにか起きるのではと以前から言うておった。


「買い被りでございます。さすがにこのような事態までは考えておりませぬ。殿上人のひとりくらいはと考えておりましたが……」


 京の都と越前と駿河の公卿に公家が尾張で揃うかもしれん。まるで天下が動くようであるな。さすがに宗滴も驚くか。もっとも宗滴は昨年尾張に行ってから少し変わった。織田には勝てぬと内々にではあるが口にしたのだ。


 今までいかな相手でも、そのような弱音とも言えることを口にしたことがなかったにもかかわらず。


「驚いたことに斯波武衛殿からわしを法要へ招くという書状が届いた。これはいかなることだ?」


 斯波武衛家。かつての主家であり、向こうからすると謀叛を起こした相手ぞ。我が朝倉家は。それが尾張への法要の誘いの書状がくるとは。わしには理解出来ん。


「朝倉家が行っても行かずとも向こうに損はありませぬ。招いた事実だけで、武衛様は己の器の大きさを公卿衆に示せまする」


 なるほど。今年に入り美濃守護にも任じられたと聞く。今ならば己の器量を世に示せるか。三管領も今は昔、越前を失ったのは今の武衛殿の失態ではない。ならば己の名を上げるために使うか。


「そなたがわしの名代として行くか?」


「殿がそう命じるのならば、喜んで参りましょう。されど、殿ご自身が行くこともお考えいただきたく」


「わしに尾張までいけと?」


「殿、幾度も申しますが、某はもう歳でございます。されど今ならばまだ、留守を守ってご覧にいれましょう。殿には是非、尾張と花火をご自身の目で見ておかれるべきかと思いまする」


 無視するのもよくあるまい。尾張との商いは盛況だ。せっかく宗滴がまとめたものを壊す必要などないのだからな。


 そう思うたのだがな。まさかわしに尾張に行けと言うとは思わなんだ。


「興味はある。この白磁の茶器と紅茶を見ればな。されど……」


「武衛様が殿の御身に手を出すことは致されぬかと。上げた名を落とすは、斯波にとっても織田にとっても損でしかありませぬ故」


 迷う。これが京の都に行けというならば行ったのであろうが。


「殿、この先、東は尾張より動くのかもしれませぬ。尾張を見聞することは、必ずや殿のお役に立ちましょう」


「……宗滴」


 正直、恐ろしいところがある。まさか斯波家の招きで会うことになるとは、亡き父上も思わなんだろう。


 真摯にわしを見る宗滴の本音は、わしが行くべきというところか。朝倉家はこの男が守り繁栄させてきたのだ。無下には出来ん。


「思えば、そなたに隠居させてやれぬのはわしの不徳。そこまで言うのならば考えてみよう」


 家中の誰もが宗滴さえおれば安泰だと言うが、そんな宗滴もさすがに歳だ。


 京の都の公卿がわざわざ尾張まで行くというのだ。わしが尾張に行ってもおかしくはないか。それに、周囲の有力な者が集まれば行かぬわしが笑われるかもしれん。


 信じようか。ほかでもない。宗滴を。



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