第761話・周防の現状
Side:久遠一馬
冬の日常は寒さとの戦いになる。暖炉という名称でウチが使っているだるまストーブは、那古野城や清洲城にはあるが市販されるほど普及させていない。
庶民は囲炉裏があるしね。それに暖房器具の前に就寝時に暖まるための稲わらや冬場の薪の手配でも大変だった。あとは家屋敷の気密性ももう少し上げないと駄目だろう。
燃料は竹炭と炭団が使えることは判明している。あまり無闇に竹ばかりを増やしても問題だが、計画的に竹を植えることは知多半島や山の村で実験済みで一部は尾張や美濃でも実行している。
「願証寺は相変わらず協力的だね」
そうそう、冷泉さんの家族と大内領の職人や商人を尾張に招く件は、昨年中に願証寺の協力を取り付けて動いている。この件は冷泉さんと願証寺が中心となっていて、ウチからは望月さんが加わっている。
やはり土地鑑があるということは大きい。
「彼らも織田の治世で生きる方法を模索をしていますからね。こちらから頼むというのは渡りに船でしょう」
そう、エルの言う通りだ。自分たちの既得権とかを守りたいという思いは、願証寺にも当然のことながらある。とはいえ一方的に主張をするばかりで対立をしたいわけでもない。
共存するための模索は織田でも願証寺でも双方でしている。願証寺からも頼み事や相談事は来る。こちらからも頼み事をすることはバランスもいい。
「都への荷物の輸送も快諾してくれたしね。あと、寺領の資料もかなり寄越した。来年の作付けの助言をまとめるようにお願いね」
「はい。綿花の割合と植える場所の選定をしておきます」
ああ、上洛の際に思い付いた一向宗を輸送に使う件は、正月に願証寺の高僧が清洲に挨拶に来た際に相談していて、後日快諾する返事が来ている。
また願証寺から相談を受けていた綿花の植える割合についても、向こうの冷害や塩害の情報をある程度ではあるが、送ってきている。必要ならば現地に入り見てもいいとのお墨付きもある。
輸送はとりあえず京の都への行程をお願いすることで決まった。礼金も安くはないが、途中で税が取られないメリットのほうが大きい。またこの時代では各地にネットワークのある一向宗なだけに安全性も高まる。
もともと彼らはウチの荷物を買うと、自分たちで石山本願寺まで運搬していたからね。そこまで目新しいことをやらせるわけではない。
逆にそこまで信頼されているんだと喜んでいるそうだ。
「本当は既得権を取り上げて、祈るだけにさせたいんだけどね」
「流れる血と費やす時を考えると、彼らにも生きる場所を用意するべきですよ。既得権はそれと引き換えとして徐々に取り上げるべきです。一向宗はもともと為政者へ従い協力するというのが教えですので」
織田家にとって鬼門である長島の願証寺。史実だと彼らとの戦で多くの織田一族が亡くなり、一向衆との戦で膨大な年月を浪費した。
そんな願証寺と一向宗が味方である違和感は未だにある。とはいえ彼らはこちらが奪った商業や物流を奪い返そうとかしないんだよね。相応に利益は与えて飢えないようにはしたが。
この時代だと特権を奪われると飢えるのが問題なのかもしれない。少なくとも穏健派は食えるなら一揆など起こしたくないと考えている。
「かずま、える、入っていい?」
「いいですよ。姫様」
エルとふたりで相談していると、部屋の外からお市ちゃんが声をかけてきた。以前は自由に入ってきていたが、最近は入る前に声をかけるようになった。
礼儀作法を勉強しているからだろうな。個人的には自由なままでいいと思うんだが。この時代の姫君だし当然のことなんだろう。
「おちゃをいれたの」
にこにこといつもと変わらぬ笑顔で部屋に入ってきたお市ちゃんは、お盆を持っていて紅茶を持ってきていた。
自分でお茶を淹れたのかぁ。
「美味しいですね」
「うん、美味しい。姫様お上手ですね」
こちらがどんな反応するか楽しみなんだろう。じっと見つめているお市ちゃんにエルが美味しいと笑みを見せると、嬉しそうに笑った。オレも飲んでみるが、確かに普通に美味しい。誰かが淹れ方を教えてくれたんだろう。
なんか奉公人みたいなことをしているが、この時代だと茶の湯は身分の高い人の嗜みであり、紅茶も尾張では同じ扱いなんだよね。
お市ちゃんが覚えてもおかしいことではない。
「ワン!」
「ワンワン!」
「いくよ、ろぼ、ぶらんか!」
オレたちがお茶でひと息吐く姿を見たお市ちゃんは、後から追うようにやってきたロボとブランカを連れて部屋を出ていった。
色んなことに興味を持ち学んでいるんだ。メルティには絵を習い、ジュリアやセレスには武芸も習っている。あとケティやパメラには衛生管理や薬の飲み方などを習っているからね。
現状では遊びながら学ぶという段階だが、それでいいと思う。
風邪などひかないように気を付けてあげないと駄目だけどね。
Side:陶家家臣
御屋形様を討って我が世の春となるとお考えだった殿を待ち受けておったのは、以前よりも厳しき立場であった。
大内家の富を公家や寺社に費やすことを嫌い、それを用いて尼子と戦をする。殿のお考えが間違っておったとは思わん。とはいえ終わってみれば、山口は略奪と焼き討ちで富と言えるモノはほとんどが奪われて失った。
「勘合符はまだか! 探せ!」
とりわけ御屋形様が持っておられた勘合符。明との交易をする際に必要な割符が行方知れずであることに殿は昨年からお怒りだ。
そもそも御屋形様が逃げた山口を焼く必要などなかった。それを私怨ですべて焼き尽くせとその場の勢いで焼いてしまい、兵たちにも金品を奪わせたのは殿なのだ。
今更勘合符が見つかるはずもあるまい。雑兵には勘合符などわかるはずがないのだ。焼かれてしまったと見るべきであろうな。
まあ、御屋形様がどこかに逃げ延びて、援軍を連れて戻ることも考えられた。そうなった場合を考えると、あながち間違いとも言えんのだが。
「それと冷泉の妻子はまだか!!」
「そちらは難しゅうございます。保護しておる平賀弘保が、冷泉の一族を一向宗に出家させてしまいました。連中はそのまま一向宗の寺院に入り、石山本願寺に送られるとのこと。毛利殿も門徒には手が出せませぬ」
「おのれ!!」
更に殿がお怒りの訳は、冷泉が尾張に辿り着き、御屋形様の葬儀を大々的に挙げたことだろう。村上水軍と博多の商人が先の黒船との海戦の弁明に参った際に、その話を聞いてきたということで大騒動になった。
御屋形様の遺言がこれで正しきことだと知れ渡ってしまったからな。大内家の後継は尾張にあり。今や民ですら知っておることだ。
そのせいだろう。このところ周防では亡き御屋形様を慕っておった商人や職人が出家してしまうことが続出しておる。殿はあまり興味がないようで報告しても聞き流しておられるがな。
寺社は相変わらず山口を焼いたことを怒っていて、これ以上の暴挙をするならば一揆も辞さずと強固な態度になっておる。
それを知ってのことであろう。平賀は冷泉の一族を守るために出家させてしまった。見事な判断だ。毛利は今のところ殿に従っておるが、そこまで力があるわけでもない。
また周防すらまとめておらん殿が安芸に出兵など出来ることではない。
都の公家を怒らせたこともいかがなるかわからん。下手をすると朝敵になってしまう。そちらの対処も必要なのだが、殿はそのようなことは後回しでよいととりあってくれぬ。
宮川殿と深野殿は、いい時に亡くなったのかもしれぬな。
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