天文21年(1552年)
第759話・新年を迎える者と終わりを迎える者
Side:久遠一馬
あけましておめでとうございます。天文二十一年です。
年末年始は例年通りにアンドロイドのみんなが尾張に来て一緒に過ごした。もちろん千代女さんとお清ちゃんも一緒だ。
織田家の新年の宴もあったし、ウチでも家臣のみんなと宴をして楽しい正月を過ごした。
戦国時代も慣れるといいもんだなと実感しながら、みんなでゆっくりとした時を過ごせた。
ウチが始めた初詣は、すっかり定着しているらしい。津島神社と熱田神社には今年も初詣に行ったが、商人ばかりか武士も大勢いた。家の繁栄や立身出世を祈る。そんな人が多いらしい。
「寒いね」
冬の寒空の下、今日は凧揚げ大会こと烏賊のぼり大会だ。パチパチと燃える焚き火に当たりながら会場の様子をみる。
ああ、あそこにいるのは、去年この大会でひと騒動あった元武田の渡り巫女さんと旦那さんだ。彼女は今も病院で看護師として働いている。
狙われるかもと一応警戒していたが、そんなこともなく穏やかな一年を過ごしたらしい。
「今年は子供たちが多いね」
「学校の授業で、みんなで作ったの。いい勉強になったわ。何故烏賊のぼりは空に上がり飛べるのか。みんなで考えたのよ」
武芸大会と比較して相変わらず商人や寺社の僧が多いが、今年は武士も多く、また子供たちも多い。
アーシャが今年も学校で凧作りを教えていたのか。疑問に思うこと。そして疑問をみんなで考えること。とても大切なことだ。
それにこうしてみんなで行事を楽しむことが、どれだけ尾張の人と織田領の人々を一体化させているかわからない。みんなそれを知ったことが今後の大きな財産になるだろう。
「ああ、安藤殿。楽しんでおられますか?」
妻であるみんなも屋台を楽しみに行ったり、凧揚げに参加したりとそれぞれに楽しんでいる。そんな中、息子さんだろう。二十代の若者と一緒の安藤さんと出くわした。
「久遠殿か」
この人、相変わらず表情が硬い。素直なんだけどね。割り切れないものがあり、どう振る舞っていいかわからないものがあるんだろう。
「ウルザがお節介をしました」
ついでだ。公式にはなっていないことだが、ウルザがお節介をしたことを謝っておこう。
「いや、それは気にしておらん。わしと弟のために危険を承知で姿をみせてくれたこと、感謝しておる」
安藤さんの答えは少し意外なものだった。抱えている悩みはそことは関係ないのか。
「まさか、本気で世を変えようなどと考える者がおるとは思わなんだ。こんな身近にな。愚か者など始末してしまえばいいものを」
じっとオレを見て、安藤さんは胸のうちにある思いを語り始めた。いいことだと思う。もう味方なんだ。節度は必要だけど、きちんと意思疎通は必要だ。
「安藤殿、日ノ本の外は広いのですよ。日ノ本など島としか思えないくらいに。日ノ本の民の敵は数多おります。安藤殿には是非、新しい世でそんな日ノ本の外を相手に生きてほしいと私もウルザも思っています」
「ふふふ、何故、皆がそなたを信じておるか少しわかった気がする。怖い男だ」
素直に世界のことを教えて期待していると話したのに。少し誤解しているような?
オレはウルザが信じたことを信じる。一緒に頑張っていきたい。
世の中は決して優しくはない。それでも、オレの手の届く範囲くらいは、変えていけるはずだ。
Side:六角定頼
「……わしは寝ておったのか?」
目が覚めると天井が見える。体が信じられぬほど重く苦しい。顔をなんとか動かして横を見ると薬師と近習が驚いた顔をしておるわ。
「御屋形様!」
慌てるでない。愚か者が。騒ぐ近習にそう声を掛けようとして、言葉が出てこなかった。
ああ……、わしは死ぬのだな。
「父上!」
そんなことを考えておると、倅の四郎と重臣たちがすぐに参った。
「……今日は……何日だ?」
「一月五日でございます」
年が明けたか。年も越せぬ。そう思うたのだが、これも御仏のおかげか。
公方様は今頃いずこで新年を迎えておるのであろうな? 鹿島に旅立ったと尾張から知らせが来た。鹿島か関東のいずこかであろう。
公方様は将軍として戻られるのだろうか? 未だかつて身分を偽り、旅に出た公方様などおらぬ。戻られればよき将軍となろう。
「……四郎よ。わしのこと、過ぎたることに、いたずらにこだわってはならん」
ああ、言うておかねばならん。この命あるうちに。
「父上、話してはなりません。お休みください」
「……信義を忘れてはならん。仏の弾正忠殿は信義さえ通せば、……必ずそなたの力になってくれる。家臣と話をしても困り果てた時は、……内匠頭殿を頼れ。よいな」
気が遠くなる。だが言わねばならん。今、目を閉じれば、恐らく二度と起きられまい。驚く四郎に僅かに笑みを見せてやりたい。過ぎたことやわしのことにこだわりさえしなければ四郎ならばやれる。
「父上!」
「……見たかった」
「なにをご覧になりたかったのでございますか!」
「……尾張だ。尾張の国を見て、……久遠殿の船に乗りたかった」
四郎が泣いておる。まるで幼き日に戻ったようだ。
ああ、ついに言ってしまった。羨ましかったのだ。旅に出た公方様が。わしは素破や商人たちが驚き目を輝かせて話す尾張が見たかったのだ。
武衛殿と内匠頭殿と一緒に南蛮船で海を走ってみたかった。
「……新たな世がくる。皆が……皆が……笑って生きられる世だ。四郎……、そなたもまた……新たな世を創るひとりとなるのだ。よいな」
久遠殿……。次生まれた時は、……わしも…………。
「父上!!!」
「御屋形様!!!」
◆◆
天文二十一年、一月五日。六角定頼死去。その知らせは瞬く間に日本中に広がった。
彼に関しては、室町幕府の力が未だある中、荒れている世をなんとか治めようとしたのだと、『織田統一記』に記されている。
信秀や一馬ですら彼の死により今後に不安を感じたという記録があり、定頼の影響力を表していると言える。
死の間際に定頼は尾張が見たい、久遠家の南蛮船に乗りたいと遺したと伝えられ、息子の承禎には困ったら信秀を頼れと言い遺している。
ただ、斯波と織田はそれほど六角と親交が深かったという記録はなく、承禎も家臣もその遺言には驚いたという逸話が残っている。
この前年に亡くなった大内義隆とこの六角定頼の死により、日本は完全に戦国の世となったという者も歴史学者には多い。
また、尾張が世を動かしていくきっかけとなったとも言われている。
滝川資清の『資清日記』には、旧主の死に対して『冥福を祈る』と一言だけ記されている。
久遠家家老として内外に名が知れた資清であるが、義理堅い彼は六角家の行く末も案じていたという記載がこの前後に僅かにある。
歴史の創作物では、定頼が室町時代最後の大物として書かれることも多い。
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