第740話・第四回武芸大会・その二
Side:柴田勝家
見物人がどっと沸いた。別の場所で森三左衛門殿が勝ったからだろう。相変わらず強いな。
武芸大会か。かつては、まるで見世物ではないかと陰口を叩いておった者もおったが、そんな声も今は聞こえなくなった。織田も変わったということか。
一昔前まで、いかに戦で武功を立てて領地を増やすかということを皆が考えていたが、それも今は昔のこと。織田家では領地を与えることはしておらず、今後も領地を与えることはないだろう。武功は俸禄によって報いるというのが織田の新しきやり方だ。
誰も口にせぬが、不満もないわけではないだろう。されど、これならば裏切る者は確実に減る。懸念は久遠殿があまりにも力を持ちすぎることだが、殿と若殿は久遠殿を信じると決めたらしい。
正直、よくわからぬ男だと思う。立身出世にあまり興味がないようでありながら、功は人一倍重ねておる。
とはいえわしには返しても返しきれぬほどの恩がある。
労咳にて明日を知れぬ身であった我が妻が、先頃往診に参った薬師の方に完治したとお墨付きを頂いた。今後は子も産めるということで、未だに信じられぬ思いだ。
浅井との戦のあと、わしは清洲城下に屋敷を構えて、家中で武官と呼ばれる、俸禄により戦に参る者たちの鍛錬に加わっておる。
あの戦では同じく槍働きを得意とする者らと共に、敵を分断するために突撃して武功を上げた。あの時にわかったのは、各々が勝手に戦うのではなく味方と力を合わせた戦いをするということだ。
無論、今までもなかったわけではない。とはいえ戦の主役は雑兵による槍でのたたき合いになっておる、今のやり方から変わりつつあるのも確かなのだ。
いずれ生まれてくるかもしれん我が子のためにも、わしは生きていかねばならん。たとえどんな世になろうともな。
「両者、前へ!」
さあ、わしの出番だ。諸国から見物人の集まるこの場で、わしは名を上げる。
「柴田権六勝家。参る!」
初戦の相手は三河の吉良家の家臣か。あまりいい噂を聞かぬな。足利家ゆかりの家柄で手加減してもらえるなど思うなよ!
「きぇぇぇぇ!!」
それなりに鍛錬を積んでおるということか。気合を入れて突いた槍は悪くない。されど……。
「勝者、柴田権六!」
手ぬるいわ。その程度の腕前、尾張では掃いて捨てるほどおる。苦々しく睨む相手にこちらも睨み返す。判定を不服として暴れる者も以前はおったな。
そのような者に限ってろくな腕前もなく、容易く取り押さえられてしまったがな。
今年こそわしが一番となるのだ。こんな輩に構っておる暇はないわ。
Side:蒲生藤十郎
たまには外に出てみるものだな。これほど面白きものが見られようとは。
斯波武衛様よりの招待が参った際に、御屋形様がわしに行ってみぬかと仰せになったのは、最早ご自身に残された時が多くないと悟っておられるからであろう。隠しておられるが、明らかにやつれ顔色も悪うなっておる。
密かに医者に診せてはと進言したが、聞き入れていただけなかった。御屋形様の体調が思わしくないと知られると、北近江や細川や三好がどう動くかわからん。
かといって診せた医者を留め置くことも消すことも望まぬお人だ。生ある限り最後までご自身で動きたいと願うのだ。ならばわしもその一翼を担うしかあるまい。
西の三好と東の織田。六角はその両者に挟まれておるが、どちらがいかになるかは御屋形様にもわからぬと仰せだ。されど御屋形様は東の織田が気になる様子。
来てみて実感したわ。最早、格下にあらず。これは一歩間違えると、北伊勢から一気に織田に寝返ってもおかしゅうない。
驚いたのは駿河の今川から太原雪斎と朝比奈泰能が参っておることか。あのふたりはわしでも知る今川義元の忠臣ぞ。敵国とも言える尾張に参った度胸に皆が感心しておるが、わしには戦を避けようとしておるようにしか見えぬ。
まあわからんではない。噂の蟹江はわしもまだ見ておらぬが、これだけの人を軽々と集めて、祭りのごとく騒ぐことを年に幾度も行うなど気が知れぬ。
駿河は東にしては栄えておるとは聞くが、所詮は東国。これだけの力がある相手を易々と敵になど回せぬのであろう。
「これは……」
「椎茸と鯨肉の焼き物でございます」
今川が哀れだとは思えん。六角とて明日は我が身だ。ふと見ると新たに料理が運ばれて参った。みたこともない白磁の皿に肉厚の椎茸と鯨肉を焼いたものだ。
昨夜の宴も驚くほど豪華な膳が出されたばかりだというのに。
「美味い」
しかもこれは生の椎茸ではないのか? わしも椎茸は食べたことがあるが、このような肉厚の椎茸を焼いて食べるなど初めてだ。塩を振ってあるようで、そのままでも美味い。
酒が進むな。されど武芸大会は夕刻まである。飲み過ぎるわけにはいかぬことが残念だ。控えめに金色酒を飲み、目の前で武芸を競う者らに目を向けた。
皆、必死であり楽しげだ。この場で己が力量を示せば立身出世となる。互いに顔見知った者たちなのであろう。
切磋琢磨して武芸を競う。武士としてこういう場は確かにあってもよいと思える。
もっとも、言うは易く行うは難しというのが実情か。家柄や権威で勝る者に勝てば角が立つ。恨みを買い、あとでなにをされるかわからん。それをさせぬ力がいるのだ。
ここ数年で一気に領地が拡大したが、織田は周りから見るよりも付け入る隙などないと見たほうがよいのであろうな。
肝心の武衛様と内匠頭殿の様子も悪くない。これは御屋形様になにかあれば、六角が窮地に陥ることすらあり得るな。
Side:久遠一馬
白熱した試合が続く。今年は三河や美濃からの出場者が増えた。ただ、やはり経験者が有利な状況が続いている。
ルールに従った武芸を競う。なんでもありな実戦とは違ったコツがいるんだろう。同じく織田家中となった吉良家からも数人が出場していたが、残念ながら全員勝ち残れなかった。
今年からまた出場者が増えたんで、事前に予選会をやる種目が増えた。ある意味、今日の本選に出場出来た人は、それだけ力があるという証だ。
「ああ、彦右衛門殿。あっちはどう?」
ちょうどよく今回も裏方に回った一益さんが来た。一益さんは和歌や書画などの文化の展示会のほうを担当している。
「はっ、警備兵が足りませぬ。やはり主上の和歌があると違いまするな」
「そうか。セレス、応援に出せる?」
「はい、三十名ばかりすぐに向かわせます」
混雑の原因は主上、天皇陛下か。実は昨日、都から山科さんが急遽やってきたんだ。前触れも直前だったのでびっくりしたんだけどね。
周防での公家たちの救出と、そのあとすぐに大内さんと二条さんが亡くなったことで都は大騒ぎになったらしい。
その報告と、何処からか尾張では武芸を競う場で和歌を領民にも披露しているとの噂が主上に届いたらしく、わざわざ和歌を詠んで届けてくれた。
おかげで熱田神社の大宮司である千秋さんが、直々に主上の和歌の警護と説明に出ている。あと今年も伊勢神宮からも神職が来ているが、彼らもびっくりしていたね。
和歌は尾張の平和を喜ぶような歌だった。昨日の招待客の歓迎の宴にはオレも参加したが、山科さんが荒れた世に一筋の光明のようだと語っていたのが印象的だ。
昨日エルとも話していたが、この件は美濃の現状にも影響を与えかねないんだよね。それと六角家の蒲生さんからは、義統さんを美濃守護に任じることになるという知らせも届いた。
正式な使者は後日らしいけどね。
どうもこれは義輝さんが都にいた頃に近衛さんと話していたことらしい。ほかにも細川晴元が素直に帰京しないので、三好と六角としても足場を固めたいんだろうけど。
本当にいろいろと情勢が動く。エルはもう仕方ないと言っていたね。勘合貿易が今後どうなるか怪しいのは貿易に関わっていた人なら察しているというし、最早斯波も織田も無視できない勢力なんだ。
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