第741話・第四回武芸大会・その三

Side:太原雪斎


 皆はわかったのであろうか? 織田の恐ろしさを。朝比奈殿は理解したようにも見えるが、他はわかっておらぬようにも見える。


「いや、美濃守護とはめでたいな」


「あまり言いふらさんでくれ。それはまだわからぬこと。正式に命じられておらんからの。やはりなしだと言われると恥をかくわ」


「決まりだろう。誰が止めるというのだ?」


 斯波武衛殿と楽しげに話しているあの男、今、なんと言った? あれは北畠家の嫡男、北畠具教か? 美濃守護だと?


「和尚、今のは……」


「わしも聞いた」


 朝比奈殿の顔色も変わった。北畠具教は公卿家でありながら織田と親しいと評判の男だ。塚原卜伝の弟子のひとりであり、その伝手で久遠一馬と今巴と昵懇であることは駿河でも知らぬ者はおるまい。


 その男が言うたのだ。まさか謀ではあるまい?


「吾も聞いておる。直に使者が参るはずじゃ。主上も殊の外、喜ばれた」


 ああ、山科卿も知っておるとなるとまことか。主上も喜ばれたとは……。


 これは一大事ぞ。朝廷も公方様も、斯波と織田の美濃統治をお認めになったということ。土岐家の再起はこれで潰えたと言えよう。さらに態度を曖昧にしておる国人もこれで従わざるを得なくなる。


 土岐家から美濃を半ば略奪した織田はこれ以上ないほどの大義名分を得た。


 上洛したとは聞いておったが、そのようなことの根回しまでしておったのか? 美濃が纏まれば織田はいかがする? 大義名分のある三河にくるか? それとも信濃か飛騨か? 西はあるまい。六角とは矛を収めたばかりだ。朝倉もこの場に人を出したところを見るとやる気はあるまい。


「尾張勢は相変わらず動きが早いの」


 ぽつりと呟いた朝比奈殿だけはこの事態の深刻さを理解しておる。そう早すぎるのだ。こちらがやっとひとつ動いたと思えば、尾張はふたつもみっつも動いておる。


「朝比奈殿、いかがなると思われる?」


「さて、困るのは我らか武田か。このことが知れたら三河と信濃は揺れることになろうが」


 信濃の小笠原家とは斯波家がかつて援軍を送られた縁がある。小笠原家は居城の林城を武田に奪われ窮地だ。援軍の名目で信濃にゆけば武田が窮地となる。だが三河にくれば東三河が揺れる。


 信秀の三河守の官位は相変わらず変わらぬまま。大義名分で言えば我らは弱いのだ。


「和歌の件もある」


「和尚の懸念はわしもわかる。故にここまで参ったのであろう? わしも出来る限りの力を尽くそう」


「かたじけない」


 朝比奈殿が共に参ってよかった。大変なことになる。昨日には主上がわざわざこの武芸大会に和歌を下賜したと大騒ぎになっておったというのに。


 六角と朝倉から参った者らは、むしろ納得したような安堵したような様子であったな。北近江の件でもっと拗れるかと期待しておったが、織田も六角も朝倉もあっさりと退いてしまった。両家ともに織田の力を知っておるということか。


 北条長綱もまたご機嫌だな。織田も斯波も北条を大層もてなしておる。同盟とまではいっておらぬが、織田が安泰になれば北条は交易で大きな利が得られて西を気にしなくて済む。


 問題は今川家か。




Side:リリー


「おいしいよ~」


「ならんでください!」


 屋台も増えたわね。初めは私たちと一部の商人たちで始めた屋台も、今では領民が参加するほどになっているわ。


 ひとつのきっかけを与えるとみんなが考えて試行錯誤する。手軽に歩きながら食べられるものから、蕎麦や雑炊のようなものまでたくさん屋台が並ぶ。見た感じは露店市かしらね。屋根になるものなどは用意していない露店屋台。


 手伝う子供たちも変わった。飢えていて、なんでもいいから食べたいと見ている子はだいぶ減ったわ。それでも家族が多いと食べるだけで精いっぱいの家がまだまだ多い。


 最初の時に私がそんな子供たちを働かせる代わりに、お駄賃として食べさせてあげた仕組みが、すっかり根付いているのが感慨深い。


 今では不満や待遇で問題にならないようにと、子供たちは織田家で雇うことになっているわ。各店のお手伝いから道案内など仕事を与えて。報酬はこの期間に子供だけが使える商品の引換券。


 好きな屋台で好きなものと引き換えられる。高価な物を売っている人もいるので、さすがに交換出来る金額の上限は決めたけど。


 孤児院の子供たちやウチの家臣や関係者の子供たちは、そんな引換券がなくてもよく働いてくれる。今では子供たちを指導したりする側になっている子もいるほどよ。


「おう、坊主。気を付けなよ。土岐様のような人がいたら斬られちまうぞ?」


「はい、ごめんなさい」


「あはは、いいってことよ。尾張者は慈悲深いんだ」


「お前がいつ慈悲深くなったんだよ。そりゃ、清洲の殿様のことだろうが」


 ちょっとしたトラブルは絶えない。それはこの時代と関係なく、人が集まるとよくあること。


 ただ、今では私が出ていくほどのトラブルはほとんどない。皮肉にも思えるわね。土岐家の家臣が騒ぎを起こしたことが前例として残ったおかげ。


 とはいえ土岐家がすっかりネタにされているのは笑ってしまうわね。あと尾張者は慈悲深い。それはいつからか言われるようになったこと。


 仏の弾正忠の治める尾張の者は慈悲深い。そう囁く人が時々いる。冗談半分のネタかもしれない。でもそれでいい。強く奪う者が支持されるのではなく、慈悲深い者が支持されて模範となっている。


 ひとつひとつの積み重ねが定着しているのがなにより嬉しい。


「リリー、見回りなのでござる。異常はないでござるか?」


「悪人はとっ捕まえるのです!」


 そんな目の前の光景が嬉しくて、ふと見入っていると、警備兵を連れたすずとチェリーが見回りに来たわ。


「大丈夫みたい。尾張者は慈悲深いそうよ」


 ふたりも今年はそこまで忙しくないみたい。つい目の前で聞いた言葉を口にするとふたりはキョトンとしてしまったけど、それを言っていた男たちが少し恥ずかしそうにこちらに頭を下げた。


 賑やかな人ごみで、まさか自分たちの話が聞かれていたなんて思ってもいなかったんでしょうね。


 私は子供たちの味方よ。子供たちを大切にする大人も当然味方。恥ずかしそうに頭を下げた男たちについ笑ってしまうと男たちも笑っている。


 人が変わるのは歴史以上に早いわ。私たちも負けられない。


「すずとチェリー。殿たちに差し入れを持っていってあげて。子供たちが殿のためにと頑張ったの」


「お任せでござる!」


「承知なのです!」


 楽しげなすずとチェリーに、私は何故かあの日を思い出していた。


 運命の日、ギャラクシー・オブ・プラネット最後の日。いつも元気なふたりが展望デッキで静かに宇宙そらを眺めていたことを。


 人と変わらぬ高度な人工知能を得ていた私たちは、自分たちが仮想空間の住人であるということも知っていた。プレイヤーの設定次第ではそこを気づかせないことも可能だったけど、司令は私たちに与えられる限りの自由を与えてくれた。


 お別れは寂しいけど、それ以上に寂しいのはひとりになってしまう司令だとふたりは心配していたわ。


 多分、私たちアンドロイドの全員が同じ気持ちだったのかもしれない。


「ふたりとも気を付けるのよ」


 だからこそ、こうしてみんなで生きられることがなにより嬉しい。


 多くの人と共に助け合って、これからも生きていきたいわね。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る