第737話・竹中の沙汰くだる

Side:久遠一馬


 武芸大会前日になった。今年も領内を筆頭に近隣からも多くの人がやってきた。


 招待客は伊勢からは北畠家、大湊の会合衆、願証寺、桑名の商人、美濃からは遠山家などの東部や北部の独立領主、一部の寺社、三河からは松平宗家、関東の北条家からは幻庵さんなど多くの招待客がやってきた。


 ただね……。


「大物が集まったなぁ。今川なんて太原雪斎が来たし」


 驚いたのは今川の太原雪斎と、朝比奈あさひな泰能やすよしが来たことか。これには義統さんも信秀さんもビックリしていた。


「うふふ、武芸大会自体が権威ある外交の場として機能しているのよ。来ない手はないわ。今川家としては西を敵に回したくないんですもの」


 いや、言い出したのは例によってメルティなんだよね。今川家にも正式に招待状を送ったらどうかと。今川自体は少し前まで甲斐で戦をしていたし、誰か代理が来ても太原雪斎は来ないと思っていたんだけど。


 しかも一緒に来た朝比奈って、忠臣中の忠臣だろうに。


 ああ、朝倉からも宗滴さんの養子である景紀さんが来たし、六角からは六宿老のひとりとも言われる蒲生定秀さんが来ている。とりあえずそれなりに交流のあるところには招待状を出したんだよね。


 景紀さんなんて、浅井との戦の前にも関ヶ原まで来ていたんだが。


 エルは今朝から招待客に出す料理を作りに清洲城に行っている。武芸大会の前に歓迎の宴が今日あるんだよ。


「あと、竹中殿も来たんだね。今まで一切来なかったのに」


 そうそう、ちょっと騒ぎになりそうな竹中さんも今回来ている。今までも儀礼的に招待状は出していたんだけどね。代理の家臣が来るか誰も来ないかで終わっていたのに。


「まさか、許すのか?」


 今日の宴に参加する途中でウチに寄った信光さんは、オレとメルティと一緒にお茶をしていたが、オレの表情からなにかを察したのか驚いた。


「さあ、それは守護様と殿次第かと。ただ腹を切らせても特にウチに利はないんですよねぇ。しかも土岐家に忠義を尽くしたと周りに思われても面白くないですし」


「生かしてこき使えばいいということか」


 信光さん、そこまで言ってないです。ただ殺したところでウチが得るものなんてない。竹中さん相手に強く出ても、世間的には反抗的な国人を始末したと思われて終わりだ。


「領地、千貫ないんですよ。本音を言えば、竹中殿より安藤殿のほうがねぇ」


「あれは駄目であろう。己の思い通りにならぬことが気に入らぬのだ。戦はそこそこ強いのであろうが、使えまい?」


 信光さんは見切りが早いのか切って捨てたが、安藤さんのことは、道三さんと氏家さん、稲葉さん、不破さんと既に話をしている。


 近隣と揉め事を起こしたら織田が介入するとの警告と、そろそろ態度をはっきりさせたらどうだということを彼らから伝えてもらった。


 竹中さんはまだ領地に飛び地がないからいいが、安藤さん結構領地が広いので飛び地の領地もあるんだよね。安藤さんも本領はきちんと押さえているが、飛び地はかなり怪しい。


 安藤さん自身が離反したら兵でも上げそうな気性なので今のところ大人しいが、飛び地の土豪なんかは織田に従いたい人が結構いる。しかも飛び地に兵を出すには途中の織田領を通過する必要がある。


 織田が認めないと来られないだろうと思う人もいて、水面下で織田の意向を確かめようと動いている人や村もあるんだよね。


「まあ、安藤家も揺れていますね。弟の安東太郎左衛門殿が伊勢守家の山内殿に助けを求めていて、殿が今は動くなと抑えていますよ」


 安藤一族も実はすでに崩壊が始まっているんだよね。弟の安東郷氏さん。史実だと兄の守就さんに従っていたが、彼の奥さんが山内さんの娘であることから浅井との騒動の頃に奥さんを介して接触があったらしい。


 どうも安藤さん自身は織田に臣従をするのが嫌なようだが、家臣や親戚縁者はどうするんだろうとハラハラしているのが現状らしい。




Side:竹中重元


 久々に来た清洲は別の町に来たかと思うほど変わっておった。諸国から集まる者たちで歩くのも大変なほどだ。


 清洲城も驚くほど高い五層の館があって、信じられんと見上げるしかなかった。面白くない。そう苛立ちそうになる己を抑えて城に行き、目通りを願い出る。


 数日は難しいかと思うたが、意外に早くその日のうちに会うことになった。


「面を上げよ」


 ああ、一面に敷かれた畳が斯波と織田の力を見せつけているようだ。そんな中、会うことになったのは守護である斯波様と織田殿だ。


 まさか揃って会うとは思わなんだ。


「何用じゃ?」


 冷たく突き放すような斯波様の一言が、わしの置かれた立場なのであろうな。


「某の一命をもって、倅と家臣をお許しいただきたく参上いたしました」


 世辞など不要であろう。どうせ腹を切るのだ。所領もまとめられず時勢も読めぬ愚か者など相手にするのも嫌なことはわしにもわかるわ。単刀直入に申し出るのみ。


「一馬にはなんと言うた?」


「久遠殿にはこのあと謝罪に出向くつもりでございます」


 ああ、用件がすぐにわかるということは、やはりこちらでは怒り心頭ということか。久遠殿は一度嫌うと二度と許さぬとも聞く。今でも怒っておるということか。


「その方は勘違いをしておる。一馬はな、日ノ本の民ではない。日ノ本の外に所領があるのだ。その一馬が許すと言わぬ以上、この件はわしにはどうも言えぬ。弾正忠、父でもあるそちに任せる」


 斯波様は憐れみのような目でわしを見ておった。意味が分からん。たかが南蛮人如きに何故そこまで気を使う。


「困りましたな。守護様の恩情に泥を塗った竹中を一馬が許すとは言えぬでしょう。そもそも一馬はこの件は内々に致しました。さっさと謝罪をしておれば済んだ話、いまさら一馬に任せても困りましょう」


 守護様はやはり傀儡か? そのまま織田殿に任せてしまったが、今度は織田殿が久遠殿の心情を語り斯波様に戻してしまった。どういうつもりだ。腹を切れの一言で済むのではないのか?


「竹中、その方はわしが兵糧攻めでもしておると勘違いしておるのではないか?」


「……」


 織田殿はわしを見てなんとも言えぬ様子で話し始めた。


「文は出したはずだが? 関所は領内で減らしておるのだ。その分、他国の者からはまとめて取っておる。商人が売る物の値は、領地の中では安くしておるはずだが? 今川へはその方らよりさらに高い値で売っておるぞ。だいたいあれは一馬が領民のためにと利を少なくしておるのだ。一馬の施しだと思えばいい。その方にそれがないのは当然であろう?」


 言われておることの意味がわからぬ。なぜそんなことをする。我らが近隣の市に行くのも、得体の知れぬ他国の流れ者と同じだというのか? さらに施しだと? その話は聞いておらぬぞ。何故誰も教えてくれぬのだ。


「一馬は堺には品物をまったく売っておらんのだ。その方に売っておるということはまだ配慮しておるのだがな。一馬の情けもわからぬとは愚かな」


 なんだと……。わしは恨まれておるのではないのか?


「領地は召し上げとする。隠居の上で家督を倅が継ぐことは許そう。その方は久遠家預かりとする。久遠家の船で日ノ本の外を自ら見て一馬の苦労を学び、一から出直せ。勤め次第ではいずれ戻ることも許す」


 言葉も出ぬわしに斯波様は憐れみの様子で沙汰をくだされた。


 これは恩情か? それともわしには腹を切ることすら許されぬということか?


 わからぬ。わしにはなにが如何なっておるのかわからぬ。



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