第671話・一馬と宗滴・その二

Side:久遠一馬


 オレが宗滴さんを屋敷に招待したのは、偏に俺自身の好奇心からだった。


 歴史として残るものは真実でありながらも真実ではない。戦の結果や大筋の流れは歴史通りと言ってもほぼ間違いがないだろう。


 しかし具体的な話は後世で推測した部分や創作した部分が入り混じっており、歴史学者でも議論が分かれる部分がある。


 そもそも人の心までは歴史には残らない。朝倉宗滴という人物が、歴史に名が残る偉人であることに変わりはないだろう。


 言葉として適切かわからないが、史実の彼の寿命に鑑みると、宗滴さんと話せるのは今回が最後かもしれないからね。


「尾張はよき国ですな。畿内とはまるで違う。同じ日ノ本にあってこれほど違う国があるとは某も思いませんでしたな」


 那古野の屋敷を訪れた宗滴さんは、開口一番そう口にした。


「越前も大いに栄えておいでだと聞き及びましたよ」


「いかにも。越前も栄えておりまする。北は蝦夷、南は明や南蛮からの荷が届く故にな。それと畿内が争い荒れておることで逃げて参った者たちが多いのでござる」


 お世辞かなと少し感じたので越前のことを振ると、謙遜することなく実情を教えてくれた。ということは先ほどの尾張の評価も本心ということか。真っ直ぐな性格の人なのかもしれない。


「尾張では朝倉家は謀叛人として言われておるのかもしれぬが、少なくとも某は信義を重んじて必死に生きて参った。時の公方様や管領殿の要請で軍を出したことも幾度とある。それらは必ずしも朝倉家の利になった戦ばかりではなかったがな」


 この場にいるのはオレとエル、ジュリア、セレス、メルティに資清さんと太田さんたちだ。太田さんには数人の家臣と共に宗滴さんの言葉を記録してもらっている。


 朝倉家側は宗滴さんとお供の人が数人だけだ。他の朝倉家家臣たちは何故か来ていない。そんなこの場で宗滴さんは昔話を語るように自身のことを教えてくれた。


「出来ることはしたつもりだ。その成果もあり、朝倉家は認められた。もっとも公方様が変わり管領殿が変わると、いつすべてが無に帰するかわからぬ成果だがな」


 決して弁明している様子ではない。ただ朝倉のことを知ってほしいという思いは感じる。苦労はしたんだろうね。それはわかる。


「某が尾張に参ろうと思ったのは一向衆のことでござる。三河一向衆を壊滅させた織田をこの目で見てみたかった」


 まるで引き込まれるように話を聞いていたが、さすがに驚いたのは尾張に来た理由を語ったからだろう。


「あれは凄かった。恐ろしいとすら思えるほどに。武士は戦に勝ってこそ武士なのだ。手段は問わぬ。仮令たとえ卑怯と言われようが畜生と言われようが、負けたらそれまでだ。某もこの年まで戦に勝つことを誰よりも考えておったつもりだった。それが、織田は某がまったく思いつかぬ策で一向衆を殲滅した」


 遠くでロボとブランカの吠える声が聞こえた。それが聞こえるほど、この場は静まり返っている。


 なんというか、化かし合いとは無縁な様子だ。オレが心配になるほど、なにもかも話しているように見える。無論、言っていいことと悪いことは分けているんだろうが。


「戦は政の先にある。当家ではそう考えておりますよ。三河の一件は統治を本領と変わらぬようにきちんとした成果でもあります」


「ほう、そうでしたか」


 本證寺の件は、確かに本證寺対策としていろいろやったことは確かだ。とはいえ根本はそんなに独創的な奇策でもなんでもない。ちょっとした考え方の違いとチートで解決したに過ぎない。


 この時代は食べ物が足りないからね。奪い合うのが一般的な現状になる。その点で言えば元から米の収量が多い尾張や美濃は恵まれた土地だ。加えてウチの商いや技術による利益を還元しているので、他国が真似をするのは正直難しいだろう。


 だが考え方の違いもまた大きい。本領とその他では当然のように待遇に差があるし、平等とか人権なんて思想もない。人の数も極論を言えば食糧の分だけ増えるが、それ以上は一定の人口以上には増えないのが現状になる。


 宗滴さんには悪いが、越前ですぐに使える策は多くはないだろう。考え方を多少変えるくらいは出来るかもしれないが、朝倉家の役に立つかは未知数だね。




 その後、鷹の飼育について話を聞いて宗滴さんを学校と病院に連れてきた。


「ここが噂の……」


 当初は学校と病院しかなかったこの辺りも周囲に建物が増えている。活気があり宗滴さんは興味深げに周囲を見ている。


 学校と病院の増築も現在進行形で進んでおり、警備兵の屯所や学校の寮や学校や病院で働く人の家なども出来ている。ここは伝染病などが発生した時は隔離する地域だと事前に説明しているので、他に比べると周囲の変化は少ないが。


「身分に問わず子供たちを教育しているのですよ」


 校庭では子供たちが蹴鞠けまり用のまりを蹴って遊んでいた。なんというかサッカーのように蹴鞠を足で蹴って、奪い合う遊びらしい。サッカーを教えているなんて聞いてないけどな。まさか子供たちが自力で見つけた遊びか?


 そのまま学校内を見学していくと、職人を育成している教室もあった。絵師が大人たちに絵の描き方を教えていたり、大工道具で木材を加工している教室もあるね。


「このようなやり方で職人を育てておるのでござるか」


「人こそ国の基礎だと考えているのですよ。一芸に秀でた人も必要ですが、国を支えるには多くの職人が必要ですからね」


 宗滴さんの驚きは職人の育成にあるようだ。子供たちがちょうど休み時間だったからだろうね。


 この時代の職人も決して未熟というわけではない。分野によっては元の世界では途絶えたような伝統技術で優秀な人もいる。とはいっても全体として技術者の数が少ない。


 一子相伝、門外不出が当然だという時代だからだろう。中には多くの弟子を取り後進の育成に励んでいる人もいるが、産業や文化全体を見て基礎教育として職人を育てているところはここだけになる。


 宗滴さんは鷹の飼育を試した人だ。育てるという意味ではその価値を理解しているんだろう。言葉が途切れるほど衝撃だったらしい。


 同じ職人でも工業村の中の職人など一部しか理解していないことなんだけど。さすがは朝倉宗滴さんというところか。


「あっちはすでに働いている職人ですね。近頃は職人たちも率先して読み書きを学んでいるんですよ」


 衝撃ついでに尾張の職人たちが読み書きを教わっている教室も覗いてみる。これもおかしな話でウチが勉強を勧めたからというよりは、美人の遊女が恋文で結婚を決めたことが原因で爆発的に勉強する職人が増えたんだよね。


 まるでエロゲーのためにパソコンが普及したと言われた、元の世界の昭和の時代のようだよ。男がスケベなのは時代に問わず変わらないということか。


 さすがのエルもこの件はなんとも言えない表情でその報告を聞いていた。無論宗滴さんにはそんな裏話は言わないけどね。


「誰かと思えば一馬ではないか。また客か?」


 一通り学校を見て回った頃になると校庭で遊んでいた子供たちが校舎に戻ってきた。


「こちらは朝倉殿です。若武衛様」


「斯波岩竜丸である」


「朝倉太郎左衛門尉宗滴でございまする」


 子供たちの中心にいた岩竜丸君に声を掛けられた。一緒にいる宗滴さんを誰だと見ていたので紹介したら、双方共に少し引き締まった表情で挨拶をした。


 まだ元服前の岩竜丸君と宗滴さんは清洲城で対面してなかったんだよね。


「朝倉家に宗滴ありと言うならば、斯波家には弾正忠に一馬がおるな。わしは良き時に生まれたと思う」


 なんというか微妙な空気だったが、岩竜丸君なかなか面白いことを言う。褒めるのも変だし仲良くするには斯波家と朝倉家の因縁が邪魔をする。


 しかし歴史上の偉人と比較されると申し訳なく感じるね。


 ただまあ斯波家と朝倉が対立していることは現状でも変わりない。朝倉なんかいなくても問題ないというくらいは言いたいんだろうね。


 

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