第653話・宗滴、清洲を見る
Side:朝倉宗滴
これが清洲か。なんと活気のある町であろうか。
町の入り口から見た町並は壮観なほどだ。道が街道の倍はあるほど広く真っ直ぐ伸びておる。そこで物売りをいたす者もおれば、忙しそうに働く者もおる。
素破や商人からある程度の話は聞いておった。わずか数年で町が倍以上になったのだと。ここに来るまでは、
無論、朝倉家が治める越前の一乗谷も北ノ京と謳われるところ。清洲に負けてなどおらぬ。ざっと見た限りだが、寺社は一乗谷のほうが多く勝っておる様子。
そういえば町に入る前に関所があったな。如何なるわけか織田の領地は関所が少ない。関ケ原の次にあったのは、ここ清洲に入る関所のみだとはさすがに驚いた。しかもここは銭を取るというよりは、荷物と人の素性を改めるための関所のようだ。
「蕎麦? 拉麺? うどん? あの紙やのぼり旗はなんでござるか?」
同行した朝倉家の若い者も清洲に着いてホッとしておるようだが、ひとりの者がよく見かける紙やのぼり旗について案内役の不破殿に問うておった。
物売りのようだが、確かに多いな。わしはむしろ、民が紙やのぼり旗をこれほど使うておることのほうが気になるが。京の都や一乗谷ならいざ知らず、畿内を出ると安くはなく貴重なはずなのだが。
「ああ、あれは尾張名物の飯屋台ですな。近頃は関ケ原にもあるほど。蕎麦や麦を粉にして細い麺にしたものになりまする。値も手頃なので近頃では昼時によく食べておるものですな」
なるほど麺か。それならば考えられなくもないか。一乗谷にも素麺はある。とはいえそれほど安いとは思えんが。
しかも蕎麦を麺にするとは聞いたことがないな。蕎麦は雑炊にして食べるものであろう。明や南蛮の知恵であろうか?
「おおっ!」
若い家臣がどよめいたのは町の外からも見えておった、ひと際高き楼閣が清洲城だと言われたからであろう。白い漆喰の壁に五層の楼閣だ。なんと美しい城だ。
町と周囲を見渡せる物見櫓としても使えるであろうし、尾張の主が誰か一目でわかる城か。説明されるまではあれがどこぞの寺社だとばかり思うておった。
武家の城をあのような派手な形にするなど聞いたこともない。確かに素破からは清洲城は変わった城だと報告はあったし、無駄に贅を凝らした城だという報告も聞いておったが。
あれを無駄だと言っておった者の報告は、あてにせぬほうがよいということか。所詮は素破ということだな。物事の本質など見えぬということであろう。
今や京の都は争いの地となっており平穏とは程遠い。我が朝倉家はそんな京の都から逃れてきた者を受け入れることで繁栄しておる。尾張もまた繁栄するのではないか?
見極めねばならん。朝倉家のためにもなんとしてもわしのこの目でな。それが朝倉家への最後の御奉公になろう。
Side:久遠一馬
田んぼの二毛作の麦が出回り始めた。ウチでも小麦は粉にして使うし、大麦はエールや水飴を作るので大量に買い付けている。
米を原料にした濁酒よりも安いので尾張の領民の定番のお酒となっている。
穀物に関しては今川や武田が戦の支度をしていることで多少価格が高めだ。まあ織田は大湊と組んで各地から穀物を集めているのでほぼ例年と変わりない。
苦労をしているのは今川と武田だろう。兵糧の準備に費用がかかるからね。しかも両家に対して織田は穀物の販売は許可しているが、鉄や武具などの物資は売っていない。
穀物も領内向けの安価ではなく流通価格だから安くないんだよね。鉄や武具は近隣の敵国に売るということ自体があり得ないし。こういうところは商いを完全に支配下に置いた織田の強みだろう。
武田には北条が多少売っているらしい。同盟相手だしね。北条は数年前の地震で大変だから少しでも銭が欲しいんだろう。
今川は伊勢の宇治や山田に堺などから、武具やその材料を買っている。宇治と山田にはその気になれば売るなと圧力を掛けられるが、現状ではそこまではしていないし、大湊は自主的に今川には売っていない。
大湊の場合は関ケ原への物資で儲けているからね。それもあるんだろう。
宇治と山田に関してはさすがにウチが売っている硝石や尾張産の鉄なんかを売るならこっちも動くが、刀剣に鎧兜くらいなら伊勢が売らなくてもどっかが売るからね。黙認というところだ。
鉄砲は三河の戦でウチが使って効果を上げたので求めているらしいが、いまのところ売ってくれるのは遠方の堺か国友くらいだ。硝石をほぼ輸入に頼っている現状では値段がさがることはまずないし。今川が鉄砲を戦力化するのは当分無理だろう。
今川繋がりで言えば、東三河が少し微妙だ。表立って大きな混乱などないが、東三河の国人衆からすると西三河と切り離されてしまうのは想定外だったらしい。
しかも縁も所縁もない甲斐を攻めるから兵を出せという段階になって、不満が出始めている。
松平宗家も吉良家も正式には臣従していないが、大人しいので西三河が飢えない程度のテコ入れはすでにしているんだよね。その程度でも尾張の好景気と食糧が入ってくる西三河と、戦をするから兵を出せと言われる東三河ではまったく違う。
関ケ原の観戦武官も西三河の独立領主は大きいところは招待したが、ほとんどが素直に来たし。中には代理を寄越したところもあるが、あからさまに拒否したのは西美濃の安藤とか竹中とか一部の国人くらいだ。
松平広忠さんのところには東三河から三河の統一をとかそそのかす話が来ているらしいが、そんな馬鹿な話に乗る人じゃないだろう。
関ケ原に滞在していた時に少し話をしたんだ。世間話程度だったが、その時に東三河の動きについて相談された。中には松平一族と繋がる者や松平宗家に近い者もいるらしいからね。
関ケ原で西三河の国人と話して分かったのは、広忠さんに限らず西三河の人たちからすると織田の動きと考えていることは未知の世界だということだ。
織田家からするとこれ以上領地が広がるのは冗談じゃないと割と本気で思っているが、三河とか東美濃からすると臣従するんだから領地を任せてくれればそれでいいとしか考えていない。
さすがに要所には新しい人が来るだろうと考えているが、統治方法まで変わるとは誰も思っていないんだ。
まあ元の世界でも新しい法律が施行される時なんかは、入念に告知して準備期間を設けることもある。織田家でもそういう機会をもっと増やす必要があるだろう。
今川と武田はどうなるんだろうね。オレにもわからないや。
「姫様、ロボとブランカも。どうしました?」
書類を片付けながら少しそんなことを考えていると、いつの間にか部屋の入り口でお市ちゃんとロボとブランカが隠れるようにしてこっちを覗いていた。
「おしごとのじゃまをしないようにしてるの」
ああ、誰かに教育されたんだろうなぁ。しかもロボとブランカまで遊んでと言いたげなウルウルした視線を向けつつこっちを見ている。
「いいですよ。ちょうど休憩にするところです。お相手していただけませんか?」
「いいよ! おにわのおさんぽしよう!!」
そんな態度と視線を向けられると嫌と言えないじゃないか。そんなに仕事も溜まってないし、少し遊んであげよう。
子供は遊ぶのが仕事だからね。
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