第651話・変わった茶会
Side:湊屋彦四郎
織田領では関ケ原の戦の話で盛り上がっておるが、ここ蟹江では日々売れては入ってくる荷のことでそれどころではない。
蟹江で一番売れるものは蔵だという与太話が商人の間で流行るほどに、ここではあまりに多くのものが入ってきては売れていく。大湊の会合衆を務めたわしをして、この活況の前には背筋に走るものがある。蟹江はまだまだ大きくなる途上なのだ。
「そうか」
「ああ、堺は三好様に臣従するそうだ」
近頃では西は博多から商人が来るし、東は奥州からの商人も来る。各地から集まる商人の話は、精査が必要だが貴重なものとなる。
この日、馴染みの大湊の商人が訪ねてきて知らせてくれたのは堺の動きだった。
大殿ばかりか守護様にまで絶縁された堺は追い詰められておった。直に誰ぞの首でも差し出して詫びを入れてくるかと思ったが、どうあっても詫びを入れる気はないらしい。
「堺の様子はどうなのだ?」
「芳しくないのは変わらんらしい。とはいえあそこは地の利がある。桑名のように廃れることもあるまい」
大殿の逆鱗に触れたと言われる桑名。その愚かさはかわら版もあって天下に知れ渡っておる。しかし桑名の件は、長島の願証寺や伊勢の商人など周囲の者たちへの警告という意味合いもあった。
桑名のおかげで伊勢の商人は大人しいが、さすがに天下の堺には通用しなかったということか。
「私見ではあるが、おそらく織田としてはどちらでも構わん。もう関わりがないからな」
「ほう、堺は三好様の力で和睦と考えておるようだが?」
「それはわしにはどうとも言えん。されど我らにも三好様にも、織田と堺が和睦する意味はあるとは思えんがな」
もともと織田と三好はさほど関わりがなく、三好が直接尾張に買い付けに来て以降に多少の付き合いがある程度だ。
織田としてはそこまで三好に配慮して堺と和睦してやる義理もないし、三好としてもせっかく握った堺の手綱を緩めることなどするまい。織田とは直接取引をすればいいのだ。堺は畿内と近隣を制するために使えれば十分であろう。
現状で三好は京の都を制しておるとはいえ、公方様は未だに許すつもりなどないようだからな。この先どうなるかはまだ見えぬところ。必要以上に配慮をして公方様に睨まれても困ると言い訳が出来る。
それと大湊の会合衆ですらも気付いておらぬようだが、織田は畿内を欲してもいなければ関わりすら儀礼挨拶の
大湊を含めて伊勢の者や畿内の者は皆が、いずれ織田は畿内を目指して、畿内との商いも求めておると思っておるが、我が殿は特に畿内に関心も興味もない。織田の大殿のお考えまではわからぬが、大殿もそこまで畿内を求めておられるようには見えん。いや、ちと違うか。畿内に邪魔されぬよう気を配り、
尾張・美濃・三河半国。その領国をいかに治め、繁栄させるかを考えておられるのだ。もっとも畿内を含めて周囲が放ってはおかぬのであろうがな。
「とすると堺は当分現状のままか」
「さあな」
織田が堺との和睦に動くのか、大湊も気にしておるようだな。わしにはなんとも言えん。わしが考える以上の条件でも加われば和睦もあり得る話ではある。
そもそもだ。これは決して口に出せぬが、我が殿は日ノ本の統一と新たな体制をすでに模索しておられるのだ。戦のない世をつくるためにな。
それに必要とあらば和睦もされるのであろうが、不要とあらばいかに利があっても和睦はなさらぬと見た方がいい。
正直、堺はここらで我が殿を始め守護様や大殿に全面降伏したほうがよいとわしとしては思うのだがな。わしにはわからぬ畿内の苦労もあるのであろう。素直に頭を下げれば違うと思うのだが。
それが出来ぬ故に戦がなくならぬということであろうな。難しきことだ。
Side:久遠一馬
この日の清洲城はちょっと異質な雰囲気となっている。守護様である義統さんを筆頭に信秀さんや信長さんもいつもと雰囲気が違う。
それもそうだろう。この日、皆さんが着ているのは洋服なんだ。この時代の欧州の貴族の服をエルたちが着やすさやデザインを多少アレンジした服になる。
そもそもの発端は昨年の夏に、お市ちゃんたち姉妹が洋服を着ていたことらしい。洋服に関してはお市ちゃんが島で着た経験があり、また着たいと言ったのでお市ちゃんと姉妹のみんなにプレゼントしたんだ。
それを見た義統さんと信秀さんが思い付き、洋服でお茶会をやろうと考えたみたい。
参加者は守護様夫妻と織田一族と評定衆の皆さんで、先に男性陣が着替えて城内の西洋庭園で女性陣が来るのを待っているが、義統さんとか信秀さんとか信長さん以外は、慣れない洋服にあまり落ち着かない様子だね。
ああ、信光さんはまるで着慣れているように着崩してリラックスしているが。チョイ悪親父感がハンパない!
「おお……」
誰からともなくどよめきが起きた。義統さんの正室さんと土田御前を筆頭に女性陣がドレス姿で現れたからだ。
露出はあまりないようにしたようだが、胸元は少し開いている。メイクも白塗りではあるがドレスに合わせて少し変えたみたいだね。胸元には豪華なネックレスがあり、髪型も真っすぐ伸ばしたままから髪飾りを着けるなどしている。
女性陣で一番着慣れているのは、やはりお市ちゃんか。島でも何度も着ていたからね。
「皆、よう似合うではないか。のう弾正忠よ」
「左様でございますな。某も少し驚いております」
中には恥ずかしそうにしている人もいるが、土田御前は逆に堂々としていて見惚れるほど美しい気品がある。人としての器がわかる感じだ。
「良きかな良きかな。我らはもっと日ノ本の外を知り学ばねばならんからの」
女性陣が椅子に座るのを待ち紅茶が運ばれてくると、義統さんはご機嫌な様子でこの茶会の意義を語った。
突然の思い付きか悪ふざけだと思っていた人もいたのだろう。義統さんの言葉に驚きの表情を浮かべた者もいる。
ただ、落ち着かない様子だった人や恥ずかしそうだった人の表情がそれで変わった。思い付きでも悪ふざけでもない。きちんとした理由を示せばみんな理解してくれる。
「一馬もご苦労であったな。今後もこうして日ノ本の外を知る機会を設けようぞ」
信秀さんからは労いの言葉をもらった。衣装はすべてウチが用意したからね。実際には宇宙要塞で製造して運んだだけなので苦労はしていないけど。
「帰蝶、いかがだ?」
「その、初めてですのでなんとも……。ただ、着心地はようございます」
信長さんも帰蝶さんのドレス姿が気に入り笑みを浮かべているが、ちなみに帰蝶さんのドレスはあまり圧迫感のないように配慮されたものになる。
肝心の帰蝶さんは戸惑っているというのが適切なんだろう。幼い頃から着物しか着たことがないんだ、当然だね。今後のためにマタニティの普及を考えるべきだろうか? ケティたちとの相談や根回しが必要だろう。
「市は慣れておる故、落ち着いておるな」
「はい!」
お市ちゃんは土田御前の隣に座り、両手でカップを持って紅茶を飲んでいるが、その慣れた様子に周りの注目が集まっていて信秀さんが感心している。
実はお市ちゃん、家中の評価が結構高い。船酔いや嵐などものともしなかったことが原因だ。大の男が船酔いに苦しみ嵐に怯える中、お市ちゃんは楽しそうだったことが家中では有名になっている。
肝が据わっていて、良き奥方、良き母堂になるとみんなが褒めているんだ。
しかしあれだね。こうしてドレスにするとスタイルの良し悪しが顕著になる。特にエルの胸の膨らみの大きさに女性陣が不思議そうに眺めている。
特に悪気はないんだろうが、改めて見ると不思議なんだろうね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます