第650話・朝倉宗滴、関ケ原に入る

Side:朝倉宗滴


「これは攻めるのに難儀しそうですな」


 殿の許可を得て尾張へと向かうべく関ケ原にやってきた。越前から尾張に行くにはいくつかの道があるが、関ケ原は是非見ておかねばならん場所だ。


 そんな関ケ原に着いて思わず漏らした家臣の一言が、すべてと言っても過言ではない。戦が織田の大勝で終わったにもかかわらず、未だに普請が続いておる様子に織田は油断ならぬと改めて感じる。


「某、不破太郎左衛門光治でござる」


 関ケ原の関所で早々に姿を見せたのはこの地の国人の不破殿だ。わしが美濃に入ったことはすでに掴まれておったか。さすがに浅井の勝てる相手ではないな。


「不破殿、よしなにお頼み申す」


 案内役として尾張まで同行するという。まあ見張りであろうな。朝倉家と織田家は、元は同じ斯波家家臣であった。因縁とまでは言えぬが、現在も斯波家家臣として振舞う織田としては扱いが難しいのであろう。


「不破殿、あれはなんでござるか?」


「ああ、あれはゲルと申す野営に用いる住居ですな。なんでも大陸にある国が使っておるものだとか」


 今回わしは朝倉家の若い家臣を多く連れてきた。近頃の若い者には先人がいかに苦労したか理解しておらぬ者が多い。朝倉家の繁栄と地位が当たり前のものと驕る者すらおる。嘆かわしいことだがな。


 若い者には、広い世の中を見せてやらねばならん。そんな若い家臣が気にかけたのは噂の布の家だ。


「ほう。大陸の……」


 あんなもの役に立つのかと言いたげな家臣もおるが、あれは織田が冬場から使っておる代物。実際に寝泊まりした者の話では雨漏りもせずに心地よいほどだったとか。


 大陸という言葉にわしは思わず唸ってしまった。本当にあれが使えるのならば、戦においても戦い方が変わる。戦で雨が降れば兵など、濡れるに任せ震えるのみ、槍一つ持てぬ。それにだ。織田が大陸や南蛮から得ておるものが貴重な品や目先の儲けだけではないと、改めて見せつけられた。


「ずいぶんと活気がある町ですな」


「左様、ここが昨年にはなにもない場所だったとは思えぬ」


 関所の周りには町がある。ゲルと申す家ばかりではなく新しく建てた家などがあり、今もあちこちで建てておるのが見える。


 関所は思った以上に厳重で得体の知れぬ者は通さぬようだ。先ほど美濃入国を認められなかった者が関所で騒いでおるところに出くわしたが、近江の商人などは関所を抜けずにここで美濃や尾張の商人相手に商いをいたす者すらおる。


 ここの商人から得る利は相当なものになろうな。




 そのままわしらは尾張へ向けて旅を続けるが、気になったのは街道が随分と整備されておることだ。道は平らにならされており、川には舟橋がかかっておる。


 宿場町はいずこも活気があり、また兵が守っておるので不埒な者が騒ぐことも難しかろう。


 そもそも街道や宿場町はその土地の武士や有力な寺社が治めておるので、それぞれに違った様子なのだが。如何なるわけか美濃は何処に行ってもそれほど大差ない。


 気になって不破殿に訊ねてみたが、いかにも織田から細かな指示が出ておるとのこと。


「美濃の国人や寺社がそれほど織田の命を聞いておるのか……」


「信じられぬ。織田は美濃では余所者であろう?」


「ここらは大垣が織田の手に渡って以降、変わりましたからな。従わねば織田からの助けが来ませぬ。周りは賦役で飯が食えるのに従わぬ者の領地ではそれもないのです」


 若い家臣たちは理解出来ぬと不破殿に直接問うておるが、その答えを聞いても半信半疑といった感じだ。いかんな。そのようなものの見方をしておれば、なにも見えてこぬぞ。


 朝倉家とて簒奪者と言われれば否定できぬのだ。余所者であろうとなかろうと強い者に人は従う。忠義や義理では飯も食えんし家も残せぬからな。


 公方様に頼られ畿内の有力な者に一目置かれる朝倉家というものが、当たり前だと思うてはならん。尾張でこの者たちの性根を叩き直してやらねばならんな。




Side:久遠一馬


 戦が終わると、その反省と今後の課題をみんなで考えるのがオレのやり方だ。それはギャラクシー・オブ・プラネット時代から変わらない。


「エル、これってさ」


「目の付けどころがいいですね」


 今まではエルたちと資清さんでなんとかしていたが、家臣も増えたし今回はウチの家中、忍び衆を含めたみんなに戦の反省と課題があれば書面で提出するようにと指示を出した。


 みんないろんな反省と課題をそれぞれに提出してくれたが、面白い反省と課題を提出してきたのは藤吉郎君だった。


 藤吉郎君が目を付けたのは、兵たちの荷物と運搬方法についてだ。


 現在織田家の兵糧は一括して織田家が用意して運搬している。一般的には三日分ほどは各自で用意していくものだが、織田家では効率の面から変えたんだよね。


 乱取りや刈田狼藉など、この時代では当たり前になっている兵たちの権利というか行為を基本的に禁止している。その分、賦役と同じく食事と報酬は動員された兵たちにも支給している。


 織田家の負担も決して軽くはない。とはいえ日ノ本の経済の中心となりつつある現状では、関ケ原程度の短期間なら逆に経済的な利益のほうが大きいだろう。


 少し話は逸れたが藤吉郎君の反省と課題は、兵たちに背負子でも持たせて荷物を運ばせてはどうかというものだった。兵糧を一括運搬する結果、兵たちの荷物が減って楽になったので、その分必要なものを運ばせるようにしてはどうかという意見になる。


 背負子というと時代劇や絵本なんかで、薪なんかをまとめて背負っているあれだね。


「オレたちも考えていたけどね」


「無理なく効率的にと考えたのは凄いですよ。まだ若いのに」


 今日は千代女さんも一緒に仕事をしているので迂闊なことは言えないが、さすがは史実の偉人だ。元の世界でも兵がリュックを背負うのはあることだ。武器弾薬に食糧を持って移動することはある。


 オレたちが戦の効率化をしていることを理解して、そのうえで自分の案を考えて進言してくるなんて凄い。


 藤吉郎君まだ子供なんだけどね。エルもびっくりしているよ。


「背負子だとかさばるから布で作って試してみるか?」


「そうですね。場合によっては忍び衆なども使えるでしょう」


 現在、武器や防具は可能な限り織田家で用意して貸し与えるように移行している。直轄領が増えるということはそれだけ武器や防具が必要だからね。今後はリュックも用意して、戦に応じて必要なものを個々に運ばせるようにすることも必要になってくるだろう。


 当分ないだろうが、山越えで進軍する場合は荷車とか使えないしね。海や川での物資輸送は可能でも、その先が尾張のように道がいいわけではない。海や川から戦場までは人が運ばねばならない。


 藤吉郎君には反省と課題でいい進言をしたから褒美でもあげようか。遊女屋に出入りしているみたいで、遊女に貢がないかちょっと心配だけど。工業村の中の遊女屋は良心的だから大丈夫だろう。


 やっぱり史実の偉人は違うのかな。今から教育してみたい気もするが、自由に育ってほしい気もする。


 将来が楽しみなのは変わらないけどね。




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