第624話・それぞれの反応

Side:浅井久政


「なんだと!!」


 兵を集めるべく領内に檄を飛ばしておると、関ケ原にて商人が追い返されたとの知らせが届いた。


 織田はかつて不破の地にあった関所を再建したようだ。近江の者は美濃を荒らすので入ることは許さぬと言われたようだ。


「はっ、ほかにも北近江は賊が多いので、東山道での商いは当面見合わせると申しております」


「なんたる無礼な! 尾張の田舎者の分際で!!」


 ちっ、こちらの謀が露見したか。おのれ。尾張の田舎侍め。大人しく畿内に従っておればいいものを。


 そっちがそう出るのならば、こちらにも考えがあるぞ。


「領内に伝えよ。織田は嘘偽りで荷留をして銭儲けしようとする下賤の輩だとな!」


 ほかにも六角、朝倉、比叡山、堅田の湖賊など、声を掛けられるところにはすべて同じことを伝えてやる。


 織田は近江を、いや、畿内を軽んじておるのだとな。不当に品物の値を吊り上げようとしておると言えば、仏などという異名も消え失せるであろう。


 そのうえで美濃は賊がのさばる無法の地だとでも言えば、誰もが織田の力がたいしたことはないと思うはずだ。


「殿、兵の集まりがあまり芳しくなく、また幾ばくかの者は大義のない戦は従えぬと申しております」


 生意気な織田を叩く好機だと考えを巡らせておったが、また人を不快にさせる知らせが入った。


「誰だ! そのようなことを言っておる者は! 織田より先に討ち取ってくれるぞ!!」


「……井口殿を筆頭にそれなりの者がおります」


 ええい、何故理解せぬ。ここで戦をせねば、いつまでたっても北近江は六角と朝倉の属国扱いのままになるのだぞ。


 それにしても井口め。まだ妹である阿古を、わしが人質にと六角に出したことを恨んでおるのか? たかが女のひとりやふたり、戦となれば捨てて当然だというのに。そのようなこともわからぬから駄目なのだ。


「兵を出さねば、織田に内通したと見なすと言え!」


 織田はここ数年で調子に乗っておるだけなのだ。ここでわしの力を見せれば恐れて退くはずだ。現に六角を恐れてコソコソと密談しておることを知らぬとでも思ってか。


 そもそも尾張と美濃は長年対立しておった土地ぞ。そう簡単にまとまるか!


 少し珍しいものがあって、戦に勝ったからといって畿内まで攻め込めると思うのは大きな間違いだ。田舎者に世の中を教えてやるわ。




Side:六角定頼


「やはり、そう動いたか」


「はっ、当面は荷を見合わせると」


 織田は容赦がないな。むやみに戦をせぬ代わりに兵糧攻めは好むらしい。


「浅井は、荷留の意味を理解しておらぬのであろうな」


「恐らくは……」


 蒲生藤十郎の呆れたような顔が見える。いかにも浅井は美濃に僅かばかりの兵を送って、後方で兵糧を襲わせておるようだからな。その報復であろう。


 兵法で言えば間違いとは言い切れん。とはいえ自ら商いまでする織田がそのような浅はかな策を見抜けぬと思ったのか?


「織田にとっては必ずしも国人や土豪が要らぬとわかれば、あのような手は打たぬものだがな」


 織田を調べてみると面白いことがたくさんある。


 現状では六角家でさえ家臣が土地を治めることを認めることで臣従させるが、織田はむしろそれを嫌うようだ。自ら臣従を申し出れば認めてはおるようだがな。


 だが失態を演じれば容赦なく土地を取り上げてしまい、手柄への褒美は銭や貴重な品々で済ませておる。結果として土地は織田家でまとめて治めておるのだ。ここ数年で随分と直轄領が増えたのはそのためであろう。


 考えてみれば羨ましいほどだ。わしでさえ家臣の領地には軽々しく手を付けられんのだぞ。今はいいが、六角家が苦境に立たされれば離反する者も少なくあるまい。


 ほかにも見習うべきことが多い。土地や人の数も世帯や年齢など詳細を織田家で直接調べておると聞く。人別帳ならば六角家にもあるが、そこまで詳細なことまでは知ることが出来ぬ。


 飢饉に備えるとの名目で行なったようだが、実際に食べ物が足りぬところに与えるだけの利は、きちんと得ておるところが恐ろしい。


 よく知らぬ者は、織田は無駄なことをしておると笑っておる。だが国人や土豪や惣村の内情まで知ることが出来るのならば、食わせてやることも悪くはあるまい。もっとも豊かな土地である尾張だから出来たことだとも思うがな。


「無知とは恐ろしいものよの」


「まことに。浅井は織田が自家とそこまで違うとは知らぬのでございましょう」


 代々続く武家の統治という意味では、浅井もそこまで劣るわけではない。むしろ戦ばかりしていた先代よりは世の中が見えておるとも思ったのだが。


 とはいえ近隣の尾張がまったく違う統治を始めたことに気付けぬのが、愚かというか哀れに思える。わしとて甲賀衆が尾張に続々と移住せねば、調べることすらせんかったかもしれんのだ。久政を心底笑えんな。


 少し傲慢なところはあるが、それなりの手を打っておる。むしろ先代の頃の狼藉乱取り三昧の時ばかりを思い出にしておる北近江の国人衆よりは断然優れておる男だ。


 とはいえ、相手が悪かったな。


「問題は荷留か。やめさせるには相応の手土産が要るな」


 まあ浅井はいい。問題は織田の荷留だ。あれは畿内から西国に至るまで、皆がほしがる品が多いのだ。長引けばわしにまで火の粉が及ぶ。


 朝倉も荷留は困ろう。これ以上、織田が機嫌を損ねぬようにせねばならんか。




Side:朝倉宗滴


「それで、織田は荷留をいつまでやる気なのだ?」


「少なくとも、浅井との戦が終わるまででございましょう」


 北近江の者たちが織田の荷を襲うので、しばらく北近江への荷を止めると織田から知らせが届いた。殿はあからさまに不満そうな顔をされておるが、こればかりは仕方あるまい。


 なにやら浅井は美濃にて、織田の荷駄を襲うつもりのようだ。当然織田は対抗策に出る。先の奇襲で織田が反撃に出ないことで少し図に乗った浅井が愚かなのだ。


「余計なことばかりするな。浅井は」


 我が朝倉家もまた明や蝦夷地からの船が来る故にわかる。織田は必ずしも畿内に品物を売りたいと思ってはおるまい。その品を各地に直接売るだけで誼を通じて共通の利が得られる。それがいかに大きいか、殿もおわかりなのだろう。


 わしは何度も畿内に出兵して今の朝倉家の地位を築いてきたが、同時にそれ以外の利はない。いくら畿内に出兵したとて土地を得られるわけではないのだ。


「殿、この際でございます。織田に味方致しますか? さすれば関ケ原まで取りに行けば、恐らくは品物を売るはず」


「……浅井は一矢報いることが出来るのか?」


「浅井久政が己の命を懸けて戦をすれば、あるいは……」


「そのような男ではあるまい。もうよい。六角に伝えよ。わしは織田に味方する」


「はっ」


「貴重な品は限りあるものだ。ここで浅井に味方して、二度と朝倉には売らぬと言われても、わしは驚かん。あの白磁の茶器と硝子の盃の価値は浅井より高いものぞ」


 もともと六角と織田とは、浅井家と織田が戦をした後は争わぬことで話がついておる。斯波もその件は了解済みというほどよ。


 北近江をどうするか。そこは実際に戦をする織田次第であるが、織田はあまり北近江に野心がないようで商いでの優遇を求めておった。


 何処までやるかは別だが、ここで浅井との国境に兵でも出せば織田の援護は出来よう。織田が動かず六角が動くならば、示し合わせて北近江に出兵すればいい。


 加賀と若狭が少し気になるが、六角と織田と示し合わせておればそう悪さも出来まい。


 それはそうと殿は温厚なお方だが、戦場をほとんど知らぬ分だけ、戦への理解が足らぬのが気になる。


 朝倉家も一枚岩とは言い切れん。わしが死ねばいかがなることやら。


 浅井などより朝倉家の今後を考えねばならんのかもしれんな。



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