第584話・女性文官
Side:不破光治
浅井家の北近江にて不穏な様子が見られるようになって、僅か数日。早くも尾張から先遣隊が到着した。わしは元より家臣も驚いたというのが本音か。
国境での小競り合いなど、珍しくはない。己の領地は己で守るのが当然で、援軍を要請してもおらぬのに人を寄越すなど異例だ。
もっとも織田は領内のことにも口を出す。その分だけ守ることも本気だということなのだろう。
「鉄砲と弩を各百丁、持ってきました。使ったことのない者は実際に撃たせて訓練をお願いいたします」
将はウルザ殿か。三河本證寺との戦では、織田本隊が到着する前に、内々ではあるが
こちらも歓迎するべく出迎えたが、ウルザ殿が浅井如きに本気となっておる様子に驚かされた。
鉄砲と弩を各百丁も持参したとは。しかも高価な玉薬を使って撃たせろとは信じられぬ。費用はすべて織田が持つというのだ。従うしかない。
「清洲の殿は浅井領を切り取るおつもりか?」
「それはないでしょう。美濃すらまだはっきりしていないのです。今これ以上に手を広げては、織田のためになりません」
あまりの待遇に、そのまま浅井領を攻めるおつもりかと思いウルザ殿に問うたが、それもせぬとは。これが織田のやり方ということか。考えてみれば三河もそうだったな。
「私は診察をするわ」
「そう、なら私は国境を見てくるわ。あとをお願いね」
慣れておられるのであろう。同行されたヒルザ殿はさっそく領内で領民相手に病を患う者を診てくれるようであるし、ウルザ殿は息つく間もなく近江との国境へと行きたいようだ。
「不破殿、今後も兵糧などが届く故、よろしくお頼み申す」
そして
「しかと承りました。驚きですな。織田一族から三人も来られるとは」
「某はまだ若輩の身。戦を学ぶつもりで志願致したのです」
久遠家も織田一族だ。猶子ゆえに少し立場が下かと思うたが、清洲の殿の甥である十郎左衛門殿が下に付くほどの立場ということか。ウルザ殿とヒルザ殿には武功があるということもあるのであろうが。
「ここが関ケ原ですか」
「左様、この辺りの要所ですな」
そのままわしはウルザ殿と十郎左衛門殿と共に近江との国境に向かう。かつて不破の関があったところが見たいというので案内したが、ウルザ殿は供の者に絵図を描かせておるわ。
すでにここがいかに重要か理解しておるということか。
「農閑期です。近隣から集めて賦役を行なってもよろしいでしょうか? むろん費用は織田家で出します」
「某は構いませぬ。ここで迎え撃つのでございますか?」
清洲の殿からは、ウルザ殿に一切を任せたので従うようにと書状が届いておる。逆らえんし、逆らう理由もない。浅井相手にここまでする必要があるかは疑問だがな。
「それは浅井次第ですね。とはいえこの地は確実に守る必要があります。それと、不破の関を再建したいという話もあります」
「なるほど、浅井は口実でございますか」
ようやく織田家の意図が分かった。浅井を半ば口実にして、この地に美濃を守る砦か城でも建てる気か。
浅井は六角と朝倉に両属の如く通じておるはず。それらが敵に回ればこの地は守り切れぬかもしれぬからな。織田が見ておるのは浅井の背後か。
賦役はいい。あれで暮らしが楽になったと尾張では評判だからな。わしの領地は尾張から離れすぎておって、賦役に人が行けなかったからな。
「織田の領地は近隣への影響が大きいのですよ。隣が飢えても織田では働かせて食わせますので」
確かに三河はそうであったな。三河も落ち着き、織田は本腰を入れて美濃統治に乗り出す気か。これは好機だな。働き次第ではわしも立身出世の目がありそうだ。
そうと決まれば、さっそく人を集めねばならんな。
Side:久遠一馬
領内の商人に対する課税については、なかなか決まらない。
これには座や市の解体と新たな枠組みも考える必要もあるからね。織田でも税を取って、座や市からも税を取られるということにならないようにしないといけない。
大掛かりな改革になるので各方面から意見を聞いたり状況を調べたりと時間もかかる。
肝心の商人に対しては、いずれ課税することを関所の統廃合の際から説明してある。税はみんなで納めるものだというのが理想だからね。
清洲・那古野・津島・熱田・蟹江間の、関所の統廃合による減収は思ったほどではなかった。確かに実施直前よりは減収になっているが、ウチが尾張に来る前よりは当然ながら多い。
それと関所の統廃合を織田領全域に広げるべく、現在説明と調整が進んでいる。この時代は各自領地を治めているからね。ケースバイケースで事情も違う。それぞれの事情に合わせて考えてやる必要がある。
もっともこれは先にあげた座や市に商人の課税と並行して進める必要があるので、いつになるかわからないが。
「最近、女性の方も増えましたね」
「お前が言うか?」
この日、オレは清洲城で信長さんの仕事の手伝いをしていた。少し来なかった間に、気が付くと女性の文官が増えている。信長さんにそれを指摘したら、呆れられちゃった。
当然か。女性に働いてもらうのはウチがやっていることだからね。女性警備兵の評判もいい。織田家ではそれの成功から、今度は女性文官を試すことにしたんだ。
もともと身分のある女性は教育されているからね。それに男が戦でいない時は、女性たちが城を差配して守る。調べてみたら、意外に出来そうなんだよね、文官仕事。
各家に影響が出ないように、まずは子育てが終わった世代の女性を募集した。織田一族や重臣の奥さんやお母さん世代から志願者がいて働いてくれている。
夫が亡くなったり隠居したら出家してしまう時代だが、知識も教養もある人たちだからもったいないしね。
最近は織田一族や重臣は清洲にいることも多く、奥さんたちも一緒に住めばいいから新しく屋敷が必要とかもないしね。まあ夫婦で領地を空けると、家臣になにをされるかわからないと警戒する人もいる。
とはいえ今の織田家でそんなことをしたらすぐに捕まってしまうだろう。働けば女性にも禄を出すので喜んで働きに来ている人もいるくらいだ。
「でも皆さんよく働いてくれているじゃないですか」
「確かにな……」
すでに土田御前も働いていて、帳簿のチェックなんかをしているんだ。この手の仕事は複数で確認して当然だからね。ただ、この時代だとそれすらしてないことがあるが。
それなりに人生経験を積んだ女性の皆さんだからね。文官として役に立っている。三河や美濃ではまだ難しいだろうが、清洲なら女性文官もうまくいくはずだ。
信長さんは仕事の大変さにちょっと疲れていたからね。これで少しでも負担が軽くなればいいんだけど。
◆◆◆◆
天文二十年。『織田統一記』には信秀が女性を文官として使い始めたと記されている。
大智の方こと久遠エルを筆頭に、すでに久遠家の女性が重臣として働いていて、その活躍に信秀が女性文官の登用を決めたようである。
この前年には警備兵にも女性の部隊が創設されていて、織田家ではこの年以降、さらに女性の活躍が目立つことになる。
一般的にこの時代の女性も、武士の奥方は城の切り盛りなどをしていたが、正式に文官として主家が召し抱えたのは信秀が初である。
中には夫である武士より禄が多くなる女性もいたなどという話があって、後の創作では肩身の狭い武士を描いた時代劇などもあったが、実際の夫婦関係は詳細な記録がなく不明である。
ただ、元々この時代では女性が自身の領地や財産を持つことが普通にあったので、特に問題はなかったというのが定説になる。
◆◆
不破光治。美濃の国人衆。美濃と近江の国境の領主。
織田十郎左衛門。織田信清。犬山城城主織田信康の嫡男。史実の犬山鉄斎。
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