第520話・信長さんの改革

Side:久遠一馬


 意外と人望がなかった林さんのことは一旦棚上げとなった。一度評定に呼んでみるということになったんだ。


 そして次の議題としてあがった内容には少し衝撃が走った。


 新しい改革、それも既存の武士による統治を真っ向から否定するような内容に判断ができないらしい。


 それは信長さんの直轄領内において領地制の廃止になる。


「それは……、いったい如何なる趣旨のことなので?」


 困惑気味の人たちに対して説明するのは信長さんの役目だ。自分の領地だからね。


 この時代では武士と農民の役割が曖昧で国人や土豪の境界もまた曖昧だ。守護や幕府や朝廷から正式に『どこそこを自領とせよ』と与えられた土地を一族単位で継承しているところもあれば、戦や乗っ取りで得た領地を実効支配しているところもある。


 結局そんな領地制は限界というか、今後の障害にしかならないからね。信長さんの直轄領内で、国人や土豪などが支配する領地を全て召し上げることにした。


 直轄領にいる武士は幾つかの選択肢がある。禄雇用の専業武士となるか帰農して農民となるか。商人などに転職するかなどになる。


 他には専業武士となる場合、一家から当主一人を召し抱える従来のやり方ではなく、ウチのように仕事する人は全て織田家で召し抱えることにする。これで文官と武官の不足も補えるだろう。


 家単位で生きる仕組みを変えることになる。当主や嫡男はともかくその他各人は反対はしないだろう。逆に喜んでくれるかもしれない。兄弟でも当主や嫡男とその他各人は扱いから立場までまったく違うからね。各人を直接召し抱えれば、能力次第では当主や嫡男よりも上位の地位に就ける可能性があるんだ。


 さっきの関所の話にも一部通じるが、今後信長さんの直轄領では徴税権は信長さんが一手に握る。国人や土豪などが税を徴収し、統治費用や自らの生活費や贅沢に利用する仕組みを廃止することになるんだ。


 役職の名目として文官長とでもすればいいかな。徴税と行政を信長さんが完全に掌握するための改革だ。


 ただし、常備軍となる兵の指揮命令権は信秀さんに移譲する。これは警備兵と同じく軍も信秀さんの直轄にするための布石だ。


 治安維持のための警備兵を指揮する権利は信長さんに残すが、戦に関する体制は別途改革が必要だからね。信秀さんに指揮権を集めないと。


 ちなみに土地の保有までは禁止してない。一旦召し上げるとするが、そのうえで土地を買うなり借りるなりして、自分とか人を雇い田畑を耕すのは構わない。ただし徴税権はないし兵を集めることもできず、当然ながらちゃんと税も納めなくてはならない。


「土地を与えるから勝手をするのだ。土地と政と兵を分けることにした」


 相変わらず単刀直入な信長さん。うん。説明不足です。皆さんの頭の上にはてなマークが幾つも見えるようだ。


 困ったようにオレとエルを見ないで。どうせお前らの入れ知恵なんだろうという感じで説明しろと言いたげな皆さんに苦笑いが出てくる。


「これはいくつかの課題を試すためです。ひとつは統治における責任者を明確にするためのもの。かざらず有体ありていに言えば、民を飢えさせない責任は誰にあるのかということを明確にすることです。税と兵に関しては国人や土豪に権限があるので好き勝手にできるのです。しかのちには織田家で一括して管理するべきです。申し上げにくいのですが、狭い土地をがものだから口を出すなという現状を変えなければ、日ノ本に先はありません」


 仕方ないのでオレで補足するか。エルに頼んでもいいが、このくらいはオレがしないと。


「土地を持つなということではありません。土地を持ち、収入を得たのであれば、相応の税を払う必要が出るだけです。その代わり武士は銭で禄を貰い、文官か武官として働いていただくことになります。無論のこと利点もあります。禄が銭になるので収穫に影響されず家禄が定まることと、領地の諸問題を個々で解決しなくても良くなりますので、その分だけ暮らしも楽にもなるでしょう」


 説明していくが、沈黙が続く。損得勘定や自分たちへの影響などいろいろ考えているんだろう。


 エルの試算では禄はそう極端に変わらない。額面上は大きく減ることになるが、統治費用や軍役は無くなるし、禄は全て自分の個人財産になる。ただし、自分の領地だと思っている人たちに、それを召し上げるというのは謀叛を起こせと受け取られる可能性もある。


 元の世界でもあったが、土地への執着はこの時代では元の世界と比較にならないほど相当なものだ。ただ、現状の制度でも今後織田家の領地が増えれば、手柄に応じて加増転封されるから、他の土地に移動することにはなるんだけどね。


 史実でも織田信長は家臣の加増の際に領地を動かして人と土地を少しずつ切り離していった。史実の場合はその後の豊臣秀吉が、苦労して領地整理や刀狩りなどで領地を安定させていったんだよね。


 ただまあ困ったことに土着の自称武士や地侍なんかは、自分の土地はなにをしてもいいと思っている人が割と多い。織田領だと度重なる処罰なんかで大人しいが、それも信秀さんが生きている間だけだろう。このままの制度ならね。


「理屈はわかり申すが……」


 説明すると理解はしてくれるが、抵抗感は当然ながらあるようだ。まあ評定に出ている者たちはそれなりに領地があるからね。自分たちの利権でもあることだからな。


 はい、そうですかとはいかないか。とはいえ鎌倉時代から続く現行の仕組みがもう限界なのも、おおよそでは理解しているんだろう。


 それと信長さんの直轄地なんで、極論を言えばなにをしてもほかの人にそこまで口出しする権利がないと言えばそれまでだが。


 升とか度量も、この前来てたお公家の山科さんにそれとなく相談したので統一する準備はできている。


 上には絶対服従しろとまでは言わない。とはいえそれぞれが勝手なことをしている状況は止めないと、中世からの脱却は難しいからね。


 近代化には権力と資本の集中は必要だろう。どれだけウチが力を貸しても、弱肉強食の世界は変わらないだろう。世界が弱肉強食であることは元の世界でも変わらなかった。それは人類が続く限り変わらないだろう。


 史実の徳川幕府が完全に悪いとはいわないけどね。それなりに長所や利点もあった。とはいえこの先は世界を相手に生きていかねばならないと考えると、徳川幕府の体制が最善とは言い難い。


「なにごとも試してみるのが必要ですよ」


 渋い表情の重臣や織田一族の皆さんだが、ここは押し切るしかない。地方分権なんてのは民度と制度が整った時代になったら再度必要かどうかを考えればいい。




「かじゅま!」


 評定が終わるとそれぞれが仕事に戻るなり帰るなりしていく。時間はもうすぐ夕方だ。結局一日がかりの評定だったね。


 疲れたし清洲城にあるオレの部屋に戻ると、お市ちゃんがすずとチェリーとロボとブランカと遊んでいた。


 いいなぁ。自由で。オレも大人しく宇宙要塞にいればよかったか?


 今までロボとブランカと遊んでいたらしい。ロボとブランカは仰向けに寝転び、お市ちゃんたちに撫でられて満足げだ。野生の本能はどっかに旅立ったようだ。


「夏が終わる前に、もう一度海に行きたいでござる」


「海が呼んでいるのです!」


 評定に参加していたオレとエル・ケティ・ジュリア・セレスの四人が一息つくと、すずとチェリーが海に行きたいと騒ぎだした。


 花火の時の川遊び以外にも海水浴には五回も行ったよね? まだ足りないか。君たちは。



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