第466話・お花見の総括と久遠家の領地

Side:久遠一馬


 三日間に渡るお花見が終わった。三日目には能楽とかこの時代ならではのイベントもあった。しかも信秀さんはそれらを誰でも自由に見物できるようにしたんだ。


 応仁の乱の前には足利幕府も同じようにやったとも聞くが、今回も立ち見がたくさん出るほど多くの見物人が来ていた。


 人々が娯楽を求めているのは確かだろう。殺伐とした世を終わらせるには、そんな要素も必要なのかもしれない。


 織田分国法に関しては個別相談をする機会を作ったことで、具体的な相談がたくさん来たそうだ。特に美濃衆と三河衆は驚きを隠せないというのが本音だろう。


 夜には清洲城で国人衆を招いての宴が開かれて、お酒も入ったことで本音もいろいろ聞けたらしい。


 税に関しては反発というより、具体的にどうすればいいのだ? という意見が多かったようだ。そもそもこの時代では村単位で交渉して税を納めさせないといけないし、必ずしも武士が一方的に強いわけではない。


 関所にしたって立派な建物を建てて通る人を調べているというよりは、道を塞いで通りたければ銭を出せと脅して勝手に銭を奪っているようなところも多い。


 そう簡単に今までのやり方を変えることが出来ない国人衆も多い。そこには相応に配慮がいるだろう。


 もっとも織田家による貸し付けは概ね好意的だ。ただ、こっちは寺社を刺激する可能性がある。


 織田は尾張の寺社に対しては統制がほぼ出来ているが、一方で美濃の寺社とはさほど付き合いがない。動くなら美濃の寺社かな。まあ、三河の一向衆を叩き潰した織田家に対し、そうそう迂闊な行動はしないだろうと思うけど。




 さて、この日はお花見の反省会というか総括の評定になる。織田家の改革として評定の常設化をしたが、その一環だ。


 細々とした問題はあった。便乗してあくどい儲けを企む者や、暴れる者、スリや窃盗など挙げればきりがないだろう。


「捕らえた者は百八十七名。そのうち酒に酔った暴行などは、身元引受人がしっかりしていれば後日詮議するということで収めております。現状では領外の者や身元引受人のいない者、四十四名を牢に入れております」


 警備兵の責任者であるセレスの報告に誰かがため息を漏らしていた。


 三日で二百人未満を少ないとみるか多いとみるかは判断できない。元の世界でも祭りなんかでは逮捕者が出ることも普通にある。この時代のモラルを考えるとこんなものだろうか。


「それは他国の間者ではないのか?」


「間者として確認が取れたのは数名です。各地の国人衆に混じって城に潜入しようとした者やこの隙に工業村に忍び込もうとした者などは確実に間者でしょう」


 一族の信康さんが気にしたのは、身元引受人のいない者たちだった。


 実際、最近は各地から人が集まるからね。先日なんか九州の博多の商人が来ていたらしいし。


 ただまあ、セレスでさえも現状では確認が取れたスパイは多くない。お花見の賑わいに合わせて留守の家に泥棒に入った奴なんかもいる。


 どこまでがスパイで、どこからが犯罪者かを見極めるのは難しいだろう。


「まあ、大きな被害がないのだ。よかろう。未然に防げたのだ。だが、今後は遠方からも人がやってくることになろう。引き続き警備兵の手を大きく厚くして、領内にあまねく織田の秩序をくことが必要だな」


 罪人の扱いは概ね決まっている。この時代の罰則は少し厳しいが、犯罪者の人権なんか気にする余裕はない。


 一部では強制労働でもさせてはという意見もあるが、労働は賦役でやるので十分なんだよね。織田には危険な鉱山とかないし。大垣の石灰石採掘には使えそうな気もするが、現状だと試掘の段階だからね。


 この件は警備兵の有効性を示すことになった。信秀さんもその結果に満足そうだ。




「……これが久遠家の領地か」


 評定が終わるとオレとエルは、人払いをしたうえで信秀さん、信長さん、政秀さんと五人だけで話すことになった。


 要件は現状での久遠家の勢力図と領地を織田家に伝えることだ。織田の統治体制は、朝廷が定めた律令制と、元の世界の近代的な統治体制、史実の江戸時代の幕府の体制を参考にエルを中心に草案を作っているが、それまでにはっきりさせておかなければならないのは久遠家のことだ。


 久遠家の領地も織田家にある程度知らせておく必要がある。


「日ノ本より広いのではないのか?」


 信秀さんと信長さんは唖然としている。大半は海だが、面積で言えば日ノ本より広い地域だ。当然の反応か。むろん地図はこの時代のヨーロッパの地図を基にしているので多少正確性に欠けるが。


「大半は無人の島です。場所によっては原住民がいる島や僻地もありますが、脅威になるほどの文明を持つ者はいませんね」


 活動範囲が北はシベリアから南はオーストラリアまで広がり、アメリカ大陸は交易相手という段階にしておいた。


 ただ、シベリアとオーストラリアは領有というよりはほんの一部に入植していることにした。そこはしっかり伝えておいている。


 正式に領有しているのは史実の小笠原諸島と、最近なりゆきで支配下に置いたミクロネシア地域だけだ。


「これだけ広ければ治めるのも大変であろう」


「ほとんどは放置していますね。一応当家の領地だと石碑は置いていますが」


 信秀さんたちは、にわかには信じられないというか実感がないのかもしれない。


 誰でもそうだが、普通は豊かなところを攻めていくからね。誰もおらず住めないような無人島や僻地を領有してどうするんだと思っているのかも。


「かず、お前はこれをいかにする気だ?」


「ゆくゆくは日ノ本の地として、併合にしてしまうのがいいかと思っていますよ。人の数も少なく明の力も及ばないところばかりです。ですが日ノ本が明や南蛮に対抗するには、東の海を制するしかありません。さらに、日ノ本は人の数に対して農地が狭すぎます。現状のままでは日ノ本だけでは領民の食い扶持を全て賄えなくなります。このため、他の地域に日ノ本の民を移住させる必要もあるでしょう」


 相変わらず単刀直入なのは信長さんだ。でもそのほうが話も早くていい。


 明が大国なのは、ちょっと学を得た人なら誰でも知っているし、日本がそこに振り回されるのを阻止するには東の太平洋を制するしかない。


 長い歴史で異民族と戦ってきた大陸に関与するのは自殺行為でしかない。


「言いたいことはわかるが、これは当分明らかには出来んな。騒ぎにしかならん。罪人を送ったように、これからも日ノ本から人を移して治めてしまえ。いずれ天下が織田の下で纏まるまでは秘することとする」


「久遠家の領地は、ここくらいにしておくべきですな」


 信秀さんと政秀さんの額には一筋の汗が流れていた。


 人のいない地域。明のような文明のない未開の地域を制していくという、ウチの方針を概ねは理解しているようだ。


 この時代でも人のいない地域を治めるという考えがまったくないわけではない。とはいえ実行して財産という形にまで出来る力と技術があるのはウチだけだ。

 

 信秀さんは結局、事実の公表は当面見送ることにしたみたい。政秀さんの提案で久遠家の領地は史実の小笠原諸島ということになる。ここは、関東へ行った際に既にウチの本領として開示しているところだしね。


 これは評定衆に公表するのに必要なんだ。ウチだけいつまでも秘密主義でどこが領地か教えないのはフェアーじゃないからね。


「しかし、東にはこれほど大きな大陸があるのか……」


「そこは南蛮人がすでに入っていて現地を領有しようとしています。それを阻止したいんですけどねぇ」


 今回の世界地図にはアメリカ大陸とオーストラリアもある。


 信長さんはそれらに興味を持ち、アメリカ大陸はすでに南蛮人が入っていると知ると表情を険しくした。


 とりあえずこれで史実の秀吉がやった明との戦は阻止できるかな。朝鮮と中華はなるべく放置したいところだ。


 東にはフロンティアがあるんだということを理解してくれたかな?




◆◆◆◆◆◆◆◆


 久遠南海域。


 久遠諸島から南にある広大な海域のことである。大小様々な島が点在していて、瑞穂大陸の北側の海域になる。


 命名の由来はこの地域を統一したのが、久遠一馬だったことからとされている。


 正確な入植時期や統一の経緯は一切不明である。久遠家の行動範囲に関しては、織田家中でも長らく秘密にされていた形跡があり、資料が残ってないことが原因である。

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