第463話・お花見前日
Side:久遠一馬
明日は清洲のお花見。観桜会の日だ。
招待したのは正式に織田に臣従している国人衆たちと、来賓として招待したいつものメンバーがいる。
そろそろ清洲に集まるのも慣れてきたのだろう。大きな混乱もなく集まったみたい。
ただし臣従した国人衆たちには、前日であるこの日に清洲にくるようにと連絡した。これも評定で決まったことだが、現在天守と時計塔が建設中の清洲城にて大評定をするためである。
「びっくりするくらい、なにも知らない人もいるからなぁ」
「そんなものでございますよ」
清洲に来ることが多いオレは城内にいつも使う部屋があったんだが、信秀さんの猶子となったことで正式に俺の部屋になったようだ。そこにはエル・ジュリア・ケティ・メルティ・セレスの五人と資清さんと望月さんと太田さんがいる。
今日の大評定に参加するメンバーだ。
世の中とは面白い。そんな人いないよと笑われるような行動をする人が世の中にはいる。
織田では紙芝居で情報を領民に広く伝えているので他家よりはみんな知っているが、三河とか今川ではそうでもない。
未だにウチに対して上から目線で病人がいるからすぐに来るようにと、一方的な手紙を寄越す人もいる。馬鹿じゃないかって思う。尾張はともかく他国には、俺が織田の猶子になったことを未だに知らない人も普通にいるんだ。
ウチでは無視してブラックリストに入れて終わりだけど。最初はなにかの暗号か罠かと疑ったんだけどね。資清さんいわくそんなものらしい。
確かに、元の世界でも大臣が誰かなんて興味のある人しか知らないことだし、下手すると総理大臣の名前すら知らない人がいるくらいだからな。
大評定では上座に斯波義統さんが座る。次席に信秀さんが座り、以下織田親族衆と重臣が続き古参の者や新参の者が続く。
オレは信長さんと信広さんに続く席だ。エルたちは今回出席する土田御前と帰蝶さんの隣になった。
そっちはオレたちが提案したわけではない。信秀さんの意向だ。女性を役職に就けることが始まったので、そのトップである土田御前と次期当主の正妻となる帰蝶さんが出席することになった。
さすがにお市ちゃんはダメらしく、さっきまで一緒だったが乳母さんに連れられて出ていった。新しい絵本を持ってきたからね。それを読み聞かせてあげるんだそうだ。
「人の顔と名前、覚えられるかなぁ」
次々と清洲城で一番の広間に人が集まってきている。知らない人ばっかりだ。
「無理に覚えなくても構わん。目通りが叶う奴は、そう幾人もおらぬのだ」
正直オレは人の顔と名前覚えるのがあんまり得意じゃない。ただ、信長さんが少し笑いながら全員の顔と名前は必要ないと言ってくれた。
実際この時代だと会う前に資清さんやエルが、どこの誰だと
というか人が入りきらないから廊下と外にまで座るが、話が聞こえるんだろうか?
評定は義統さんのお言葉から始まった。
司会進行は政秀さんだ。まずは織田分国法を改めて説明していく。これを守れということだ。
それと石山本願寺や今川家との交渉についても報告があった。
実は正月の新年会でも三河の本證寺との戦について、きっかけや経緯について説明があった。
ほかにも警備兵のことや武芸大会のことなど、新規事業やイベントの説明も正月に一度したんだけどね。
ただ正月は一堂に会したわけではない。そもそもこの時代は本当にめんどくさいんだよね。誰がどこの一族だとか家臣だとか。与力だとか。
立場上は織田家の直臣でも、本家は別にあって本家では家臣として扱っているなんてこともよくあることだ。森可成さんもそんな感じだ。信長さんの重臣の一人だが、森家では単なる嫡男でしかない。森家の古参の重臣のほうが森家中では発言権があるだろう。
正月も主立った者は呼んだが、あとは挨拶に来た者に説明した程度だ。今回の大評定では、正月に説明しなかったものも含め、全員に説明をするのが目的だ。
それにしても話が長いな。
議題と内容は事前に評定で調整して最低限にしている。勝手に税を取るな。争いごとに武力を用いるな。借金は織田家に事前に申告しろ。
勝手に関所を作るな。領民が村を出るのを邪魔するな。他国と連絡を勝手に取るなとか様々だ。
それらのことで織田分国法に違反している者がいて、今後は順次罰していくことも説明された。いわば、今回の警告が最後通告だ。今後も続けるなら処罰するということだ。
もちろん警備兵と学校と病院の説明も行われた。新規事業に関しては担当する責任者を決めたのでそれも発表した。今後はその人を中心に行うので、苦情や意見があればその人に言ってほしいということだ。
あと懸案であった、街道や治水などの事業は織田直轄事業とし協力義務も新たに分国法で決めることを発表した。これは金や人を無償で出せというのではなく、正当な理由なく反対するなということだ。ここは俺の領地だと言って意味もなく反対する人がいるんだよね。その対策だ。
事業への要望や意見は広く聞くし当事者なら事業専門の評定への参加も認めたが、決まった以上は従うこと。また土地の提供を正当な理由もなく拒否するのは認めないという内容になった。
関所も進展した。今後は関所の新設は原則として認めない。領内の関所も状況を見ながら減らしていく方針であることが明言された。こちらは経済状況に鑑みて織田家で調査することが同時に伝えられた。
さすがに食べていけなくなるのは困るし、その税をあてにしている人も大勢いるので、調査して代わりの収入を検討するということが決まった段階だが。
関所の件については、少し強引では?と事前の評定でオレが慎重意見を口にしたのだが、この時代ではこれでも甘いらしく一方的に命じてしまえばいいという意見すらあった。
その代わりというわけではないが、織田家による家臣に対する融資が行われることも正式に決まって発表された。利率は寺社や土蔵よりはかなり抑えたものになっている。
貸主が織田家なので徳政令自体が出されないことを前提にしているからね。これは織田家中の統制と正当な理由なく返済できない駄目な人にたいする領地召し上げの理由にするという思惑もある。
むろん、国人衆にも利点はある。利率が安くなれば生活が楽になるだろう。現在の利率は暴利もいいところだからね。春に借りて秋に返すと、返済額が借入額の倍になるなんて優しいほうだ。完全に徳政令の弊害だね。
「この場で改めて言うておく。織田は古き仕来りや慣例を
顔見知りに動揺はない。ただ美濃や三河の国人衆には動揺もあるようだ。
そんな空気を察したのだろう。自身はずっと黙って見ていた信秀さんが口を開いた。
誰も声を上げない。ここで声を上げる猛者がいれば気に入られそうな気もするが、そんな命を懸けた博打をする人はいないか。
一応意見を聞く時間も設けることにしたが、この空気ではおそらく新参者はなにも言えないだろうと重臣の人たちが言っていた。
ただ、なんというか統治者たちの会議ではなく、学生の全校集会レベルの内容なのは仕方ないんだろうな。まっ、最初だし。
無論、国人衆向けの対策はしてある。お花見期間中は清洲城で個別に相談を受け付けることになっている。
応対するのは信秀さん直轄の文官衆だが、ウチからも何人か助っ人で出す予定だ。
正直、美濃大垣や三河安祥など、織田家として計画的な事業をそろそろやりたいんだよね。尾張の時みたいに、また一から説得や反発をされていては面倒でしかたがない。
清洲・那古野・蟹江・津島・熱田以外の発展が中々進んでいないことも理由である。
中には織田家が直轄領だけで賦役をしているのは、ほかはやる気がないからだとか勝手な噂も流れている。
やる気はあるんだよ! ただ、お前らが意味もなく反対するから出来ないだけだ! って言ってやりたい。だから今後は必ず協力しろ! ってことだ。
ちなみに美濃の道三さんには、この大評定の内容は事前に知らせて説明してある。斎藤家は家臣ではないのでここに呼ぶのはおかしいが、説明しないほど疎遠でもない。
道三さんからは表立った反対や不快感はなかった。ただ、さすがは蝮と言われるだけのことはある。稲葉山城周辺の賦役はいつごろからやってくれるんだ? と使者に聞いたそうだ。ただ、斎藤家は正式には臣従していないから、織田家の賦役はできないんだよね。
従うからには利が早くほしいのか。それとも敵対する気がないと表明したかったのか。どちらにしてもいいポジションだよね。
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