第454話・戦国バレンタイン?

Side:エル


 今日は旧暦の二月十四日です。せっかくなのでチョコレートでもと思い立ち、私は朝から作っております。


 チョコレート自体は、すでに若様の結婚式でケーキの材料に使ったので、ごく一部の人に向けてながら世に出たものになります。


 原料のカカオもすでにヨーロッパには伝わったものであり、私たちも遠慮なく使えます。もっともカカオは亜熱帯の植物です。尾張近郊では育ちません。


 砂糖と共に南方の島で栽培テストをしてみますが、当面は宇宙要塞で作ったものを輸入する形になるでしょう。


「チェリー様、これが好物の菓子なのですか?」


「そうなのです。とっても美味しいのです! ところでお清。私たちに敬称は駄目なのです。もう一度やり直しなのです!!」


「ですが、チェリー様。私には立場が……」


「家族に立場なんかないのです! それが久遠家の掟なのです!!」


 この日はすずとチェリーとお清殿と千代女殿と一緒に賑やかに作っております。


 久々のチョコレートに、はしゃぐすずとチェリーと対照的に、お清殿と千代女殿は不思議そうに思いながらも、見よう見まねで手伝ってくれていますね。


 ただ、すずとチェリーは結婚後も態度が以前と変わらないお清殿と千代女殿に不満があるようです。ふたりからすると後輩が出来たようで嬉しいのもあるのでしょうが。


 しかし妻子どころか兄弟ですら序列があるこの時代の武家とウチは、まったく違いますからね。お清殿と千代女殿は戸惑って当然です。


「そうでござる。家族に他人行儀な呼び方をする者は、おやつ抜きなのでござる!」


「ああ、すず様。それはあまりにご無体むたいでございます」


「さあ、千代女も私たちのことは親しみを込めて呼び捨てで呼ぶのです! さもなくば、この甘い菓子が食べられなくなるのですよ!!」


「えっ、チェリー様。私もですか!?」


 きっかけはお清殿とチェリーの会話でしたが、そこにすずが介入すると千代女殿も巻き込んで四人は賑やかですね。


 ところですず、チェリー。アナタたちは以前のおやつ抜きがよほど嫌だったのですね。


「エル様……」


「ふふふ。すずとチェリーの言うことも一理ありますね。公式の場ではない限りは敬称などは不要ですよ」


 今日はいつになく押しが強いすずとチェリーに、お清殿は困ったように私に助けを求めてきました。本音を言えば、そのほうが楽だということもあるのでしょう。


 それに彼女たちは私たちと違って実家を背負っています。私たちの不興を買わないようにと頑張っていることは認めますが、そろそろ慣れてもいい頃。ここはすずとチェリーの話に乗ってみましょうか。


「そうなのです!」


「そうなのでござる!」


 ああチェリーもすずも、だからといってドヤ顔で更に迫るのはやり過ぎです。


「家族に序列や垣根を作らない。私たちはそれで生きてきたわ。ふたりにもゆっくりでいいから慣れてほしい。みんなで寄り添い生きてゆくから、困った時も力を合わせて何事なにごとも乗り越えられると思うのよ」


 この時代の価値観とは違うのでしょう。形ばかりの権威や血筋など私たちには価値はありません。共に生き、共に過ごした時間こそが私たちの絆です。


 一緒の思い出もなにもない者が、心から信頼して助け合えるでしょうか?


 地位や家を守るためには仕方なかったのでしょう。ですが親戚縁者どころか親兄弟で争うのは、地位や序列ばかり気にして家族としてなにかが足りなかったのも理由のひとつではと私は思います。


「これは皆さま賑やかですな」


「ちょうどいいところに来たのです。義父殿からも言ってほしいのです」


 あらあら、タイミングが良いのか悪いのか八郎殿がやってきました。チェリーは八郎殿も巻き込む気ですね。


 すずとチェリーは八郎殿と出雲守殿を義父殿と呼ぶようになりました。嬉しかったのでしょうね。親戚という存在が今までいなかったので。


 無論、八郎殿と出雲守殿は困っていましたが、司令が笑って特に止めなかったことで、今では『致し方なし』と受け入れた様子。慣れるにも今しばらく時が必要でしょう。


 ただ、さすがの八郎殿もこの件はやはり困った顔をしておりますね。家族内や奥向きの序列やしきたりは、なかなか外部から口出しをするものではありませんから。


 さて、チョコレートにはアーモンドを入れて固めますか。


 この世界の日本で史実のようなバレンタインは生まれるのですかね? 仮にバレンタインが生まれなくても、なにか形を変えてチョコレートと共に女子から告白出来る日は作りたいものです。


 司令は私たちの思いの籠ったチョコレート、喜んでくれるでしょうか?




Side:久遠一馬


「みんなよく出来たなぁ」


 今日は休日だ。この時代は放っておくと休日なんてないが、エルは週に二日ほど、なにも予定を入れない日を設けてくれる。


 ロボとブランカとのんびりしたり、突然やってきた信秀さんや信長さんの相手をしたりといろいろあるが、この日は屋敷に集まった子供たちに字を教えている。


 家臣と忍び衆の子供でもまだ字が書けないような幼子たちを集めて、遊びながら『覚える・気付く』を基本に、勉強を教えてお昼ごはんとおやつを御馳走するんだ。


 いつの間にか学校が初等教育から高等教育までなんでもありな状況になっている。元々は高等教育用にする予定だったんだけどね。将来を見越していずれは初等教育を分けたい。


 各地に建設予定の公民館は、警備兵の拠点や診療所であると共に初等教育の場としても期待している。


 ウチで子供たちを集めるのは今に始まったことじゃないが、教えるのも結構楽しい。この時代にはモンスターペアレントなんていないしね。


 さすがに最近では家中の子供の数が増えたのと、一度に集めるのも大変なので、尾張の各屋敷に代官所も含め、それぞれを中心点に近場で集まれる子供たちだけを年齢を限って集めることが増えているが、各所で差や違いが出ないようにするのも大変だね。


「殿様! できました!」


「おっ、上手くかけたな。この調子で読む人が読みやすいように書くんだぞ」


 みんな勉強も楽しそうにしているな。オレは上手くかけない子供にも褒めて伸ばすようにしている。


 型に嵌めるんじゃなくて個性を伸ばしてやりたい。所詮は素人の勝手な理想だけどね。


「みなさん。どきの菓子ですよ」


「お菓子だ!!」


 お昼を食べて、食休みも子供達の為にしっかり取ってから、午後の勉強を始めてしばらくした頃、エルが八つ時の菓子、『おつ』を持ってきてくれた。


「なにこれ?」


「黒い飴玉?」


 ああ、今日はチョコレートか。そういえば今日はバレンタインだったな。旧暦だけど。


 子供たちは一口サイズのチョコレートに、ウチではよく配る飴玉かと思ったらしい。


「殿もどうぞ」


 僅かに意味ありげに笑み浮かべるエルは、ハート型にした一口サイズのチョコをオレにも持ってきてくれた。


 義理チョコ以外のバレンタインチョコって、いつ以来だろうか。


 素直に嬉しいもんだね。


「すーげー! よくわからないけど、飴玉じゃない!」


「美味しい!!」


 この時代では貴重なカカオから作ったことは秘密にしておこう。この子供たちが大きくなったら価値を知って驚くんだろうな。そんな日が楽しみだ。


「エル。ありがとう」


 そしてわざわざ今日チョコを作ってくれたエルにも、きちんとお礼を言おう。お返しにはホワイトデーか? でもクッキーなんてこの時代売ってないしなぁ。


 どうしようか。




◆◆◆◆◆◆◆◆


 二月十四日はエターナルデーと呼ばれ、女性がチョコレートを男性に贈り告白する日である。


 近年では日本圏のみならずヨーロッパやその他の世界に広まった風習であるが、歴史は意外に古い。


 戦国武将久遠一馬の妻である大智の方こと久遠エルが、夫である一馬に日頃の感謝と愛を込めて当時は大変貴重なカカオを使ったチョコレートを贈ったのが由来と言われていて、エターナルデーの語源も久遠エルから久遠の意味とエルの響きの二つを取ったとされるのが有力である。


 当時の女性としてはとても行動的であり仕事も家庭も完璧だったと言われ、多数の妻を娶っていた一馬を常に支えていた彼女に憧れる女性は未だに多い。


 そんな久遠エルに憧れ、彼女のように幸せになりたいとの願いから生まれた習慣と伝わるが、世界に広まったのは近代以降になる。


 もっとも一説には久遠系の製菓会社の販売戦略で広まっただけだという説もあり、有力説から無根拠な法螺話、果ては都市伝説紛いの類いまで、諸説あるが、春を待つ季節の心温まる風物詩となっている。


 異説ではヨーロッパ地域のバレンタインデーと繋がるのではとも言われるが、例によって日本圏では否定されている。




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