第387話・一馬、叱られる
Side:堺の会合衆
三好長慶が勝った。これでいい。
細川晴元には天下は治められぬ。あの男のせいでいったいどれだけ無駄な血が流れたかわからん。
力を持ったり気に入らぬ者がおれば、武家や国人、寺社もお構いなしに巻き込んで戦火を広げてでも潰すという奴のやり方のせいで、畿内は一向に戦がなくならぬ。
此度も自ら兵を率いてさっさと援軍に行けばよかったものを。六角が来るまで勝てんのはわかるが、奴だけでも動いておれば顛末は変わったはず。
奴は三好政長を見捨てたのだ。
「おい、あの不味い金色もどきを止めさせなくてええんか? 朝廷からも文句が来ておるのだぞ!」
この日の会合衆の集まりでの議題はそんな三好に織田との問題を頼むかということと、偽金色酒の件だ。
三好は堺の
仲介くらいはしてくれると考えておるが、厄介なのが偽金色酒だ。
本願寺では、露骨に不快の意を露にして商いに支障が出ておる。偽物を売るような者とは安易に取り引きは出来ぬと、織田から買えるものは織田から買うと言うておるほどだ。
しかも朝廷からも勅使ではないが、織田の金色酒の名を汚すようなことは止めよと言うてきた。
朝廷には織田が季節に一度は金色酒などを贈っておるからな。ここで見て見ぬ振りをして織田からの贈り物が途絶えるのを危惧しておるのだろうが。
今やたいしたことが出来ぬとはいえ、朝廷から
特に今の主上は朝廷の衰退を憂いておると聞く。伊勢の神宮と朝廷に人一倍配慮する織田は主上の覚えもいいとか。
「止めろと言うて止める男ではあるまい」
「なんやと!? 朝廷に逆らうのか!?」
「銭でも贈って黙らせろ!」
ただ会合衆の者たちは賛否両論だ。朝廷が出てきたことで一気に態度を変える者もおるが、朝廷がその時々で言うことが変わるのはようあること。
織田に負けたとみられるのを嫌い、偽金色酒を止めさせることに反対する者もおる。
だが朝廷を味方にするにはかなりの銭がいるぞ。誰が出すのだ?
織田のほうは
商いを頼む文を送ってみたが
近頃では西国の商人の中にも堺を素通りして大湊に行く者すら出てきておるのだぞ。
南蛮人や明の密貿易商人は高値で買って繋ぎとめておるが、おかげで利が少なくなるばかりだ。奴ら何かと言えば『堺に買えぬなら……』と、
職人の中には、そんな堺に見切りをつけて尾張に行く者までおるというのに。会合衆はまた決められんのか。
偽金色酒は、造っておる者が儲かっておる以上は簡単には止めぬのであろうな。ここで、織田が和睦の条件でも出せば話は変わるが、織田は堺など不要だとその気配すらない。
止めさせたところで堺の状況が変わらぬのならば、やりたいようにやればいいと考える者が少なからずおるのだ。
この問題は当分解決せぬだろうな。三好もまだ忙しいようだしな。困ったもんだ。
Side:久遠一馬
気持ちのいい秋晴れのこの日、オレとエルは信秀さんに呼ばれて清洲城に来ていた。
同席しているのは信長さんだけになる。ふたりともウチにもよく来るけど、近習などを完全に下がらせるのはよほど重要な話の時ぐらいだ。
「一馬、お前はお清と千代女のこと、いかがする気だ?」
話を先に切り出したのは信秀さんだった。てっきり今川か三好の対策かと思ったのに、滝川家のお清ちゃんと望月家の千代女さんのことか随分と唐突だなぁ。
政略結婚に使いたいのかな? さすがにそれは駄目だよ。
「本人の望む相手と婚姻させてやるつもりです」
「ふたりは、お前に嫁ぎたいのではないのか? もろうてやればよかろう。それが無理なら誰か紹介するなりせんと、周りは皆、お前の側室だと思って近寄ってこんのだぞ。このままでは可哀想ではないか」
えーと。どういうこと? 政略結婚のことじゃないのか?
確かに対外的にふたりはオレの側室のような扱いだけどさ。それは縁談を断るポーズなんだよね。当然信秀さんと信長さんは知ってることだ。
「エル。そなたはいかがなのだ? 滝川家と望月家から嫁いでも、そなたたちに大きな障りはあるまい? このままでは両家が不安になるぞ? 娘をよそに嫁に出せというのではないのだ。受け入れてやれぬか?」
ちょっと返答に困ったオレを見て信秀さんは続けてエルに語りかける。その表情は柔らかく武士というより子を案じる親のようだ。
問題はあるんだ。オレたちには、信秀さんと信長さんにすら語れない秘密がある。
「わしは久遠家の婚姻には、今後も口を出す気はない。お前たちが血縁を使うのが嫌なのは知っておる。だがあれだけ尽くしておる家臣だぞ。
オレとしては現状のまま、ふたりには伴侶を見つけてほしいんだけどな。二人はまだ十代だよ? 焦る年齢じゃないんだけどなぁ。
「かず。下手なところに嫁に出せんなら、オレが嫁にもろうてやるぞ」
どうしようかと悩んでいると信長さんまで、自分が嫁にもらうなんていうし。どうしよう。
「少しお待ちください。決断はふたりと話してから下したいと思います」
こればっかりは、エルも無言で困った表情をしている。重要な決断は、オレが自分でしなくてはならないんだ。
価値観の違いだろうな。今年に入ってからは、織田家の女性陣だけでお茶会をしたりする機会が増えている。
エルたちも参加してるし、千代女さんたちも侍女として参加したことがある。
周りから見ると、このままでは駄目だと見えるんだろうな。この時代で二十代まで独身だと行き遅れって言われるレベルだし。
「エル。どうしようか?」
信秀さんたちの話はそれだけだった。帰りの馬車でエルとふたりになったことで、少しため息交じりにエルの意見が聞きたくなり声を掛ける。
「本人たちが望むならば、受け入れるべきだと思います」
「でもさ……」
「秘密は、外部にはバレませんよ。そもそも外部に理解出来る秘密ではありませんから。ただし、ふたりが久遠家に嫁いでくるならば、頃合いを見計らって秘密を明かす必要はあるでしょうね」
エルもなんとも言えない表情だな。個人としてお清ちゃんと千代女さんは嫌いじゃないが、どうしてもね。複雑な心境になるんだろう。
オレとしては、この問題は時間が解決するかと先送りしていたんだけどさ。信秀さんたちにまで言われるってことは、資清さんと望月さんはもっと心配しているんだろうなぁ。
「というか政略結婚とか来ても困るんだけど」
「織田家からは断れませんが、大殿が口を出さないと言われたのです。あとは断っても問題はないかと。今でも断っているようなものですし」
信秀さんが人払いをしたのは、この話を自分がしたと外部に漏れないようにするためか。他の者が聞いていたら、完全な命令になってしまうからね。
あくまでも個人的に駄目だしされた感じか。心配されたとも言えるが。
「ふたりの禄はどれくらいになってるの?」
「五十貫ですね。他家に嫁げば生活水準が一気に落ちます。滝川家と望月家で互いに嫁げばいいのですが、それも本人たちはあまり望んでいませんので」
「先にみんなに相談するか。その結果次第では悪いけどエルからふたりに話を聞いてみて」
お清ちゃんと千代女さんの禄は、身分と女性にしてははっきり言って高い。それだけ働いているんだけどさ。
それにふたりは侍女として食事とかもよく一緒に食べてるし、今更貧しいところの嫁に行きたくないよね。ウチと同じ水準なのは本当に信長さんくらいか。
とりあえずアンドロイドのみんなと本人はエルに頼んで、オレは資清さんと望月さんと話をしよう。
この時代で生きていくんだ。受け入れるところは受け入れないと。
ただ子供とか出来たら将来悩むなぁ。息子はいいけど娘は……。
ウチの家中から選ぶのがいいんだよね。そう考えたらやっぱり滝川家と望月家は大切にしないと。
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