第364話・熱田祭り

Side:久遠一馬


 旧暦で六月に入り暑い毎日が続く中、尾張には周辺諸国や果ては畿内や西国に関東からも大勢の人が集まってきている。


 今夜行われる熱田祭りの花火大会を見るためだろう。


 去年から宣伝をしていたし、第一回の武芸大会の時も最後に少し花火を打ち上げたからね。美濃の道三さんや国人衆に伊勢の大湊や願証寺は招待もしている。一応、三河の本證寺にも招待状は送った。来ないとは思うけど。


 ほかには商人も多いが、少数だが公家も来訪している。駿河や越前から来た人がいるらしい。地下家じげけと呼ばれる下級公家だけで、殿上人などの上級公家はいないみたいだけど。


 熱田ばかりか津島や那古野に清洲も、どこの旅籠もいっぱいで尾張各地の寺にも旅人が泊まっている。


 極楽浄土が見られるとか、南蛮の妖術が見られるとか、支離滅裂な噂もあるが、尾張に来さえすれば誰でも見られる花火を一目見たいと集ってきた人は想像以上に多い。


 織田家では文官衆の皆さんやウチの家臣が、諸国から来た人たちの対応に追われている。斯波義統さんも訪れた公家さんたちの相手で忙しいほどだ。まあ、官位だけを考えても、義統さん、信秀さんの方が上だから無理難題は言わないが、要求を口にするコストは一文も掛からないとばかりに、厚かましいお願いは山盛りらしい。


 もともとはオレが見たかっただけなんだけどね。花火は織田外交の有力な手段になっている。


 諸国から集まる人たちに織田の力を見せつける貴重な機会だし、いろいろな立場や他国の人と交流するいい機会になっている。


「みんな〜。今日は多くの人たちが来るから、無礼がないように気を付けるのよ~」


「はーい!」


 今年は例年以上に観光客が多く、熱田全域にて祭りの屋台を出したりと規模が大きく拡大している。


 差配しているのは当然熱田神社だがウチも屋台には参加しているし、昨年の武芸大会で好評だった子供たちのお手伝いも導入した。


 子供たちは日頃から牧場の孤児院で子供の扱いに慣れているリリーと、学校で指導しているアーシャが中心となり仕切っている。


 まあ子供たちがお祭りに参加し、奉仕をしてご褒美に屋台の料理が食べられるというのは教育的にもいいからだろう。ちゃんとした所で、ちゃんと働けば、ちゃんと食べていける。ということから教えないといけないのがこの時代の価値観だからな。


 リリーは近隣の農民の子供たちも集めて注意事項を教えて、アーシャが仕事を割り振っている。


 屋台は早いとこでは朝からやっているし、ウチの屋台も朝から賑わっている。


 今回も八屋が屋台を出しに来てくれたから、蕎麦やうどんやラーメンなどは八屋にお任せだ。


 ウチは甘味と鉄板焼きに飲み物として冷やし飴と紅茶を出している。お酒はほかの酒屋さんとかでも出すみたいだから出してないけど。


「さあさあ、昼は午の刻を過ぎてから神社の中で人形劇をやるぞ」


 ああ、ウチが関わっているのは人形劇もあったか。すずとチェリーと慶次が派手なガラの着物を着て人形劇の宣伝をしながら熱田の町を歩いている。


 人形劇はオレが指示したわけじゃないんだけどねぇ。すずとチェリーと慶次がやりたいって言うから。熱田神社にも許可を貰ったようで境内で人形劇をやるらしい。


「面白いでござるよ」


「みんな見に来るです!」


 特にすずとチェリーは子供たちを、慶次は女性を重点的に誘っている。あの三人だけにして大丈夫だろうか?




「おお、帰蝶。息災なようだな」


「父上も兄上もお元気そうで、なによりでございます」


 今日は帰蝶さんもエルたちと一緒に屋台で働いてるんだが、そこに道三さんと義龍さんがやってきた。


 帰蝶さんは信長さんが連れてきたんだ。エルたちも働いているんだし、一緒に働いてみないかと誘ったらしい。


 さすがに料理は出来ないので、侍女さんと子供たちと一緒に飲み物を売ってるんだが評判はいい。


 この時代は帰蝶さんクラスの女性が庶民に交じって働くなどありえないが、神仏を祭る催事で働くと神仏に奉仕するという見方でもされるのか評判はいいみたい。


 立ち居振る舞いで権威が落ちるとか考える人もいるが、尾張だと一般的な領民は信長さんが気さくでいい若様だと評判なんだよね。帰蝶さんもそんな感じだ。


 長年敵対していた斎藤家の娘も気さくでいい人だと評判になりつつあり、地味に織田と斎藤の関係強化に繋がっている。


「去年の津島の祭りと比べても、見たことのない屋台が増えたの」


 道三さんはそのまま屋台でたこ焼きと焼きそばを買っているが、祭りの様子もしっかりチェックしているのか。さすがだ。義龍さんは慣れないのか、どれにするかまだ迷っている。そうだよね、道三さんが慣れ過ぎているんだ。


 屋台は面白いよ。味噌味の焼きそばとか、塩味でイカやタコが入った海鮮焼きそばとかオレでも驚く屋台があった。


 麺類の作り方は広めていいってことにして、八屋でも頼まれたら教えているからね。細かい調理法はともかく麺類は早く普及してほしいし。


 鉄板で焼けるソースの匂いはなによりの宣伝なんだろう。道三さんたちが来たあともウチの屋台は人が途絶えることはない。


 昨年の熱田祭りから津島での祭りや武芸大会と屋台を出した結果、尾張ではそれまでとは変わって多様な屋台が生まれている。


 オレたちは慣れているが、他国から見たらこの光景も驚くべきものなのかも知れない。




Side:木下藤吉郎


 凄い人出だ。お寺さんやお宮さんの祭りは珍しくないが、こんなに賑やかなのは去年の武芸大会だったっけか。あれくらいしか見たことがない。


「そこのわっぱ。どこになんの屋台があるんだ?」


「案内します!」


 おいらはこの祭りの手伝いに来ている。久遠のお殿様の命で工業村からも手伝いに来てるんだ。


 ただ、もう童って歳じゃないんだけどなぁ。


 久遠のお殿様の指示で設けられた案内所で他国から来た商人なんかを案内するんだ。これがまた面白い。


 商人からはいろいろな他国の話が聞けるんだ。


 関東で地揺れがあったことや、織田様が千貫の銭と大量の米を北条様に贈り話題になっていること。それと今川様の領地では他国の行商人が、商いの為に出向いただけで捕まるので、商人たちがあまり寄り付かなくなったことなどいろいろ教えてくれた。


 実は案内しながら聞いた話を紙に書いて報告すると褒美が貰えるんだ。おいらのような小者や見習いの職人たちに内密に指示されたことだ。字の書けないもんでも、書き留めのお役目を任されたお人が助けてくれる。親方が言うには、久遠のお殿様はおいらたちの働きも、ちゃんと見てくださるって、そんなこと言われたら、鼻息が荒くなっちまう。


「あそこが久遠様の屋台です」


「おおっ、凄い人だな」


 人気なのは久遠のお殿様の屋台だ。みんな必ずここに来たがる。


 久遠のお殿様や織田の若様に奥方様たちが屋台で売る食べ物は安くて美味い。こんな機会でもないとお武家さまでもないおいらたちの様な者は食べられないほどのものだ。


「童。お前にも奢ってやるぞ」


「ありがとうございます!」


 今回の商人は気前がいいなぁ。案内しただけで奢ってくれた。なんでも伊勢の山田から来た商人らしい。


 行商人じゃない、結構大きな商いをしている商人みたいだ。花火が見たくて来てしまったと笑って教えてくれた。


「なにが美味い?」


「そうですね。久遠様の屋台はみんな美味いですよ。特にあの焼きそばとたこ焼きというのは美味いです。あとは、甘いものはここでしか食べられないものもありますので、おすすめです」


 おいらは時々親方たちから貰えるんで食べられるが、武士でも中々食べられないんだと誰かが言ってたなぁ。


 商人は悩んだ末に焼きそばを買っておいらにもご馳走してくれた。


 ああ、このたれが美味いんだ。久遠のお殿様の秘伝のたれが細い麺によく絡んで美味い。


「おおっ、本当に美味いぞ!」


 ずるずると麺をすすると、商人は驚きの声を上げた。


 秘伝のたれは売ってないからな。親方は頼めば貰えるみたいだから、おいらたちは時々食べさせてもらえるけど。


 親方は特に久遠のお殿様と親しいからな。工業村の職人でも親方は別格だ。久遠のお殿様の直臣であり、お屋敷に呼ばれて一緒に酒を飲むほどだ。


 それにしても久遠のお殿様の奥方様はみんな整った顔をされているな。


 周囲には奥方様を見に来た男たちがかなりいるみたいだ。背が大きいがすらりと伸びた手足と白い肌に憧れる男がここ尾張では一気に増えた。


 泥にまみれた田舎の娘とは別格だからな。


 おいらも早くあんな嫁さんが欲しい。




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