第344話・思わぬ再会

Side:久遠一馬


 この日はエルと一緒に信秀さんと信長さんのお供として、清洲郊外にある野外競技場に来ている。


 ここは昨年の武芸大会のメイン会場だったところだ。大会が終わったあとも、ここは警備兵の訓練に使ったりして活用しているが、冬季間に賦役で更に施設を拡張している。今日はその視察だね。


 馬術の訓練を行う馬場や屋内武道場や屋内弓道場や鉄砲の射撃場なんかがある。すべてにおいて観客スペースが設けられていて、広さも広めにしてある。それと能や演芸など芸能を公演出来る多目的ホールも現在建設中だ。


「思うておった以上にいいな」


「そうだな。こういう場所は今までなかった」


 信長さんも信秀さんも今までにも何度か視察に来ているが、完成した施設を見学していくと新鮮なのか驚きと満足げな表情をしている。


 先に挙げた施設以外にも敷地は広く取っていて、公園として整備する予定だ。ここには桜も植える予定だから何年かしたら綺麗な光景になるだろう。


「武士から領民までみんなが集まり、寛いだり騒げる場所として考えてますからね」


「寺社対策か。そなたたちの怖いところだな。気前よく寄進しておるかと思えば」


 信秀さんも怖いとか言わなくてもいいのに。人聞きが悪い。


 この時代、人が集まるのは主に寺社になる。広大な敷地と立派な施設があるしね。領民と直接向き合うことはもともと寺社がしていたことだからね。


 信秀さんたちには計画段階で説明してるが、ここは寺社対策も兼ねている。武芸を競い、人々が気楽に集まれる場所を提供するのも目的のひとつだ。


 市も寺社だし人が集まるのも寺社である現状は変えていかねばならない。そのために必要なのはなによりも人が集まることが出来る場所になる。


 元の世界では当たり前に存在する施設なんだが、この時代だとそういう場所はまったくと言っていいほど存在しない。寺社がそれだけ身近な存在で当たり前なんだろう。


 政教分離の第一歩と言ってもいいかもしれない。元の世界の日本人は宗教が一番身近になるのが、誰かの葬儀で、日常的な存在でないのが普通だが、世界で見ると宗教が政治に深く関与しているところなんか珍しくない。


 史実の明治維新みたいな革命がこの世界では起きない可能性もあるからね。近代化や宗教対策はこの時代から道筋をつけていかないとさ。


「寺社に銭が集まり過ぎるのは具合がよくないので。そもそも神仏に祈るだけなら立派な寺も銭も本来は不要でしょう?」


 この時代の人だって馬鹿じゃない。それなりに教養があれば腐敗した破戒僧なんかには疑問を抱いている。


 無論、いいお坊さんもいる。だけど悲しいかな、権力があるのは血筋や家柄のある俗物的な人だ。現実問題として社会の仕組みがそうだからね。


 そもそもこの時代は一般の領民も正直モラルなんて、『なにそれ美味しいの?』ってレベルなのも珍しくないし、一概に宗教批判しても仕方ないんだけど。


 曲がりなりにも倫理やモラルを教えてるのも寺社だからなぁ。


「戦のない世にするのはまだまだ先が長そうだな」


 この清洲運動公園とでもいうべき場所の可能性に信秀さんは、期待しつつも先が長いと感じたようで苦笑いを浮かべてもいる。


 まあ正直なところ宗教への警戒心は信秀さんたちでさえ理解してない部分がある。オレたちのやることだからと、とりあえずやらせてみるという感じで許可はくれるが。


 この世界に来てからのオレって、一般的には寺社との関係は悪くないし、寄進とかもしてるから宗教関係者には評判はいいんだけどね。


「さて、ちょうど空いてる時間ですし、八屋にでもいきましょうか?」


「うむ。それはいいな」


 一通り視察が終わると小腹が空く時間になっていた。


 八屋に行こうかと声を掛けると信長さんが笑顔で賛成してくれた。甘いものでも食べたくなったんだろなぁ。




「……」


 八屋はちょうど午後の空いている時間だった。朝晩の食事時やお昼頃は行列が出来ることもあるが。


 信秀さんたちと八屋に来たら、意外な人にばったりと出くわしちゃった。


 それは先日まで美濃で会っていた人たちだ。商人風の格好をした道三と牢人風の格好をした義龍さんだ。護衛も三人しかおらず、道三と義龍さんと護衛の合わせて五人で仲良くラーメンを食べている。


 信秀さんは仕込みかと疑ったようでオレとエルを見たが、オレたちも驚き首を横に振ると困惑しているよ。


 しかも、ちょうど座敷席で、オレたちが隣に案内されると義龍さんはバツが悪そうにするも、道三は気にせずラーメンを食べている。


 まるでコントみたいな展開だが、ガチだ。戦国時代は危険だし、大名とその嫡男がおいそれと他国に来るなんてありえないはずなんだけどなぁ。


「ちち……ではなく旦那様。その……」


「美味いの。美濃では食えん味だ」


 隣の座敷とはいえ、仕切りは衝立一枚だ。義龍さんは身長が高く、オレと目が合うと困った表情で道三に声を掛けるが道三は気にせずラーメンをすする。


 まあ、いいか。オレたちも気にせずお団子とお茶にしよう。


 あっ、忍び衆の一人が駆け込んできた。店の中を見て一瞬にして肩を落とし、それでも何気ない振りで近くの席に座った。入れ違いになったか? 八屋の仲間に肩を叩かれてる。あとで資清さんと出雲守さんに怒られるかな。


 なんとも微妙な感じだが、ほかのお客さんは気付いてないらしい。ただ八屋の従業員と主の八五郎さんは気付いてるみたい。


 彼らはウチの関係者だからな。道三と義龍さんの似顔絵とか情報くらいは知ってるはずだ。忍び衆には最低限の人物情報は知らせてあるからね。


 困惑といえばそうなんだろう。ただ誰が来ても気付かないフリをするのがここのやり方だ。


 というか、この親子はなにをしに来たの? 本当に飯を食べに来ただけ?


 結局、道三たちは食後に甘いおまんじゅうを食べて、お土産に大量のおまんじゅうを買って帰っていった。


 帰り際に道三が軽くこちらに会釈した以外は一切接触はない。肝が据わっているのだろう。


「不用心ですね」


「お前が言うか?」


 僅か三人の護衛で清洲まで来た道三に少し呆れてしまい不用心だとこぼしてしまうが、信長さんに突っ込まれちゃった。最近はオレもちゃんと護衛を付けて歩いてるのに。


「食べ物で美濃が盗れるかもしれんな。料理番でも行かせるか」


 一方の信秀さんは本当にガチで食事に来ただけらしい道三たちに、なんとも言えない表情をしていた。


 普通はあり得ないが、八屋の料理はそれだけこの時代では魔性の料理にも感じるんだろうか。


 まあ臣従する気なんだしね。料理人くらい送って友好を深めるのは悪くないだろう。


「調理法を教えてほしいという話は、願証寺や大湊からも来ております。当家の秘伝ということで返答を避けておりますが」


「これは使えるかもしれんな。誰にいずこまで教えるか考えるのも面白いかもしれん」


 ただのんびりとお茶を飲んでいたエルが、最近増えていて、対応を考えていた料理がらみの要請に関して報告すると、信秀さんは面白そうに笑みを浮かべた。


 なんかあちこちから料理の作り方を教えてほしいという話が来てるんだよね。料理全般というよりは個別にケーキとか煮物とか明の料理とか。


 信長さんの結婚式の影響だろう。


「当家としては教えると食材を始め諸々もろもろを売れるので悪くはないのですが、対価もなく教えるというのはさすがに……」


 オレとしては料理くらい教えてもいい気もするが、エルが意外に出し渋ってるんだよね。この時代は技術を得るには命がけで盗み見て覚えるのが当然だからなぁ。


 現状では織田家と北条家に八屋と工業村の飯屋には教えてるが。料理が一種のステータスになっているから、政治的に利用する方針らしい。


 ああ、八屋でも弟子入り志願が後を絶たないが、断ってるらしい。最近ではここがウチの関係する店だと知らない人はいないから、事情に詳しくない他国の人がたまに来る以外は無理強いする人はいないらしいが。




◆◆◆◆◆◆◆◆


 天文十八年春、斎藤道三が嫡男義龍を連れて清洲の八屋を訪れたという話が八屋に伝わっている。


 その際に久遠一馬が織田信秀、信長親子と妻のエルと共に八屋を訪れ、道三、義龍親子とばったりと出会ったとの話であるが、この件は信憑性が長らく疑問視されていた。


 あまりに荒唐無稽の話であり、なにかしらの作り話ではないかとの疑惑があったが、近年になり発見された信秀から道三にあてた書状にこの逸話を示唆するものがあり、料理番の派遣を検討するとの内容に真実の可能性が強くなっている。


 当時の情勢や常識では考えられないが、道三がこの先年に武芸大会に招待されて尾張を訪れた後に、織田家で食べた料理を再現しようとして断念したとの逸話もあり、創作ではなく事実である可能性も示唆されている。


 ただ、この逸話が事実だとすると、当時の織田家と斎藤家の関係を再検証する必要さえあると言われている。



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