戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。

第338話・一馬の成長

side：久遠一馬

「申し上げます！　久遠家の奥方様と斎藤飛騨守様が果し合いをすると騒ぎになっております！」

　斎藤家のみなさんとの話し合いは順調に進んでいたが、それが中断したのは血相を変えて駆け込んできた伝令の報告だった。

　果し合いって……。決闘のことか？　ジュリアはオレの護衛でここにいるし、ケティの護衛のすずとチェリーか？

　というか斎藤飛騨守って、どっかで聞き覚えのある人だけど。誰だっけ？

「たわけ！　何故、止めぬのだ！！」

　報告に激怒したのは義龍さんだ。気持ちはわかる。客人の女性と決闘なんてありえない。

　だが行動も早かった。詳しい報告を聞く前に現場に向かったんで、オレたちも同行する。まあケティもいるし大事にはならんと思うが。

「双方動くな！　斎藤新九郎じゃ！　いったい何事だ！」

　どうやらまだ決闘が始まってなかったらしい。斎藤家の家臣が必死に両者を止めている。こっちはチェリーか。

　珍しいな。てっきり侍っ子のすずだとばっかり。

　事情を聞く義龍さんの顔が怒りで真っ赤になっている気がする。なんだ。重大な問題かと思ったら、ただのお馬鹿さんか。

　順番を守りたくないというお馬鹿な武士に静かにするように言ったチェリーを、お馬鹿さんが侮辱したらしい。

　ん？　思い出した。斎藤飛騨守って、竹中半兵衛を侮辱しておしっこかけたとか逸話がある人だ。年齢は二十くらいだし本人か親かわからないけど。

「飛騨守！　己（おのれ）は、いったいなんのつもりだ！！」

「斎藤家の某が軽く扱われたのですぞ！」

　うわぁ。お馬鹿さんは義龍さんにも反抗的なんだけど。何考えてるんだ？

「チェリー？」

「侮辱されたのです！　許せないのです！！」

　一応チェリーの話も聞くが、周りの領民を追い出そうとしていたので止めようとしたら髪の色を馬鹿にされたとは。

　チェリーに限らずアンドロイドのみんなの容姿はオレが決めて創った。ここに不満とかコンプレックスはあるが、他人に馬鹿にされれば当然怒る。

　チェリーの性格だと、オレが悩んで決めた髪の色を馬鹿にされたことが許せなかったのかもしれない。

「己は……」

　多分斎藤飛騨守は織田との同盟や臣従に反対なんだろう。この手の人って長井道利と一緒に消えたと思ったけど。なんというか上手く逃げたのか口先だけで毒にも薬にもならなかったのか。

　義龍さんは今にも斬り殺すと言いたげに睨んでいる。

　外交問題になるよな。織田のメンツがあるからこちらも安易に許せない。それに……。

「新九郎殿。チェリーに果し合いをさせてやってもらえませんか？」

「なっ、久遠殿！？」

　オレ自身もあんまり許す気にならない。周囲がざわつくが知ったことか。チェリーが馬鹿にされたんだ。こんなクズに。このまま済ませるわけにはいかない。

「ふん。女に戦わせて己は高みの見物か？　さすがは南蛮崩れだな」

　義龍さんはオレの提案に困惑しているが、斎藤飛騨守はなんと今度はオレを挑発するようにニヤニヤと暴言を吐く。

　こいつは……。そうか。オレを引っ張り出したいのか。

　女のチェリーを斬っては問題になるのは承知だが、オレなら決闘で斬っても問題はないと考えたかな？　そのまま織田と斎藤の和睦をぶち壊すとか安易なこと考えていそうだ。

　オレって弱そうに見えるんだろなぁ。

「飛騨守。己、それ以上は……」

「ご迷惑かけますね。新九郎殿。ですがここまで来るとこちらも引けませんよ」

　義龍さんが迷ってる。無理もないね。当主でもない以上は斎藤一族をここで斬る決断までは出来ないか。義龍さんもまだ若いしね。

「やれやれ。これほどのうつけが同じ一族だとはな」

　決闘かと周りが騒がしくなる中、均衡を破ったのは信長さんと共に遅れてやってきた道三だった。

　いや、一緒に報告を聞いてたんだけどね。立場上慌てることもなく静観していたんだが。一応見に来たらしい。

「なんだと！？」

「飛騨守、己は打ち首だ」

　道三の決断はあっさりとしたものだった。

「さて、婿殿。いかがする？　飛騨守は打ち首とするが、斎藤家が織田家を侮辱した事実は変わらん」

　ただ、道三は打ち首を宣告した飛騨守など相手にせず、まるで信長さんを試すかのようにこの問題をそのまま投げかけてしまった。

「いずれでも構わん。敵対するならそれまでだ。戦ならばいつでもやれるからな」

　道三と信長さんの会話に周囲が静まり返った。特に領民は信じられないような顔で固まっている。まあ、こんな場面を目撃するなんてないんだろうし当然だろうが。

　馬鹿者ひとりのためにせっかくの平和が壊れるなんて。

「おまえなんか死んじまえ！！」

　しかし、その時だ。

　野次馬の最前列にいたひとりの子供が、怒った表情で斎藤飛騨守に石を投げたかと思うと死んじまえと大声で叫んだ。

「そうだ！　死んじまえ！」

　子供の怒りと勇気が野次馬の人々に伝染したのか、次々と斎藤飛騨守に対して怒りの言葉をぶつけていく。

　その突然の光景に驚く斎藤家の面々だが、飛騨守はそれを甘んじて受けて大人しくなるタイプではなかった。

「無礼者がぁぁぁ！！！」

　なんとなく予想がついた。

　この男は弱い者に刃を向けると。

　怒りに任せて刀を抜き最前列の子供にその視線が向けられた時、体が自然と動いていた。

　オレを挑発しようと目の前にいたこともその一因だろう。

　自分が斬らないと子供が危ない。そう思ったら体が動いてしまった。

「おのれ……卑怯……者めが……」

「チェリーを侮辱したうえ、子供を斬るなんて許すわけねえだろ」

　不意打ちではあったが、オレは初めて刀で人を斬ってしまった。

　手に残る感触に震えなかったのは、まだ飛騨守の家臣が周りにいたからだろう。というか乱暴な言葉使っちゃったな。

「殿ーっ！」

「おのれ卑怯者め！」

　人権なんてない時代だ。『無礼な子供を斬ってなにが悪い』とか『主を傷つけられて引き下がれない』とか、後になれば色々な言（げん）が出ただろうが。今は唯（ただ）、主と同類らしい家臣が、怒りのままに刀を抜きオレに斬りかかってくる。

「甘いのです！」

「成敗でござる！」

　だが連中よりもウチの人達が早く動いていて、護衛がオレの前に出ると守るように刀を抜いたし、すずとチェリーは一気に攻めに転じてふたりで五人を瞬く間に斬り捨てている。

　ひとつ予想外だったのは、近くにいた義龍さんも抜刀して飛騨守の家臣を斬り捨てていたことか。

　ジュリアとセレスは念のためか信長さんと道三の護衛をする位置にいて動かなかったね。

「怪我はなかった？」

「はい！　ありがとうございます！」

　目の前で人が斬り捨てられたのに周りの人たちは特にショックを受けた様子もなく、息絶えた飛騨守を罵ったり石を投げてる。みんなタフだな。

　でも子供に怪我がなくてよかった。

「義父殿。愚か者は成敗された。織田としてはこの件は『大事（だいじ）に至（いた）らず、落着（らくちゃく）に至り』としたいが、いかがか？」

「お心遣い感謝する。謝罪は改めて致そう」

　問題の後始末だが、信長さんがすでに動いていた。

　この手のお馬鹿さんは珍しくないからなぁ。これで斎藤家と戦をしても織田家に名分はあっても利はない。

　まあ斎藤家にとっては外交的には失点だし詫びは必要だが、道三がどう詫びるか見てからでも遅くはないだろう。

「対応が遅れてすまなかった。しかし貴殿も奥方もたいした腕だな」

「ありがとうございます。ですが、領民に怪我人が出なかったことが何よりです」

　報われないのは義龍さんか。なんとか止めようとしたのに……。結局自分で斬ることでけじめをつけた。

　これで協力して狼藉者を処分したと言える。この時代、親族と言うだけで、ある日突然、顔を見たことも、文（ふみ）を交（か）わしたこともない馬鹿者の罪や失敗の責任が及ぶ。だから、対処方法も幾（いく）つかは確立（かくりつ）している。今回はその典型（てんけい）だ。

　すずとチェリー？　一緒に戦った義龍さんにＶサインしてるよ。

　しかしまあ、よく騒動に巻き込まれるね。オレたち。

　そんだけこの時代では目立つのは自覚してるけど。